〜 27 〜
馬車に揺られること、数十分。停車した馬車を降りて、ユリアは眼前に広がる光景に絶句した。アイリスは御者に手を振ってお礼をしている。仰々しいくらいの建物の手前には、何人たりとも侵入を許さない門扉が閉じられており、そこには何人もの警備兵が立たされていた。
「アイリスさん……まさかとは、思うけど……」
節々から鈍い音が出そうなくらいに、ガチガチに固まったユリアが、ようやく首を動かしてアイリスを見た。アイリスは飛び上がるように喜んで、それはそれは嬉しそうな笑顔を見せた。
「みんな大好き、女王陛下のお家だよー!」
英吉利国民の最高位に鎮座している、ヴィクトリア女王。その居住とされているのは、ここ《バッキンガム宮殿》。アイリスが言うには、今からここに入って、女王と“お茶会”をするというのだ。一体どんな手ほどきをしたら、女王陛下と茶が飲めるのか。ユリアはめまいがしそうになりながらも、なんとか己を支えた。
(と、とんでもない場所へ……来てしまったわ……)
アイリスは背負っていたバッグから“許可書”なるものを取り出して、警備兵へ身分証明書を掲示した。ユリアもあとに続いて、高等法院の身分証を掲示する。それを認めた警備兵は厳しい表情を突然崩して、とてもにこやかな笑顔になった。門が重々しい音を立てて開かれ、ユリアたちは中へと招待される。圧倒されるユリアの手を握って、アイリスが先導するように宮殿の内部へと入っていった。
建物の内装は、全て“黄金”で出来ているのではないかと錯覚させられるくらい、眩しく、きらびやかだ。バンジークス邸の比ではない、と、ユリアは失礼を承知でそう思った。アイリスの先導で辿り着いた先の扉に、使用人らしき人物が佇んでいる。使用人はアイリスを認めると、一礼して、その扉を開けた。女王陛下がこの先の庭にいるらしい。数多の薔薇に囲まれた庭園の中心。そのテーブルに座って何やら巨大な“映像”を見ている女王が、そこにいた。ユリアたちの気配に気付いた女王が、ユリアたちを振り返って、それから笑顔になった。
「お、お、お初にお目にかかります…、バンジークス邸のメイドであり、バロック様の…ひ、秘書をしております、ユリア・ミルトンと…申します」
ユリアはドレスの裾を掴みながら、腰を90度曲げるくらいの勢いで頭を下げた。アイリスも、ふわりと軽やかな動作で頭を下げている。女王は手に持っている扇子で口元を隠して、おほほ、と笑った。
「かわいらしいお客様たち。どうぞ、おかけになって」
ユリアとアイリスが交互に、失礼します、と言って、丸テーブル前の椅子に腰掛けた。さきほどから気になっていたこの巨大な“映像”。どうやら、中央刑事裁判所の様子が映し出されているようだ。“極秘裁判”にも度が過ぎているようで、女王陛下の許可なく、今回の裁判は開かれているらしい。その映像を映し出している機械を視線だけで探り、そして見つけたとき。花弁が4つの花が開花しているような、よく見る模様がその機械に施されているのを確認して、ユリアは無言でアイリスを振り返った。視線を受けたアイリスが言うには、《電影中継装置》というもので、長い時間をかけてホームズと作り上げたのだという。もはや”すごい”としか言葉が出てこない中で、女王が自ら、ユリアたちの前に、きらびやかな装飾の施されたティーカップを差し出した。
「この裁判、きっととても長丁場になるわ。アイリスさんの香茶をいただきながら、じっくり見ることにいたしましょう」
「はーい!」
「は…はい…では…お言葉に甘えて…」
中継装置の映像には、互いに向き合って、討論を繰り返している成歩堂と亜双義の姿が映し出されている。裁判所には何台も中継機があるのだろうか、あらゆる角度から法廷内を撮られ、一定間隔で映し出される映像が変わるおまけ付きだ。女王を目の前にして固まっていたユリアも、いつの間にか、ひとつずつ明らかになっていく“真相”に見入っていた。
時刻は昼過ぎ。用意された食事を食べながら法廷の様子を見守ったり、ときに3人で意見を出し合ったりしているうちに、時間はあっという間に過ぎ去っていった。衝撃の事実で審理は中断され、女王陛下も席を外している。ユリアのただならぬ様子を見た女王が、落ち着くまでここにいるといい、と気を遣って、アイリスに耳打ちしていた。
言葉も出ずに黙り込んでいるユリアに、アイリスが心配そうな目を向ける。亜双義の《使命》は、“暗殺”だったこと。そして今回、“刺客”として“暗殺”する予定だった人間が、ユリアも世話になったあの、グレグソンだということ。しかし、間一髪のところで、亜双義はその《使命》を全うせずに済んだと言っている。“真実”はまだわからない。が、ユリアは亜双義をも失ってしまいそうな事実に、ただ目が眩んでいた。
審理が終わっても、弁護側の席に残っている成歩堂たち。そして、成歩堂が手にしていた“ぬいぐるみ”。アイリスがそれを見て喜んだ。10歳の女の子に心配されてはいけない、と空元気を出して顔を上げたユリアが聞けば、あれは“音声送受信装置”で、あのぬいぐるみを使えば、どんなに遠く離れていても、互いの声を遅延なしに送受信しあえるそうだ。もはや言っている意味がわからなくなって、ユリアも脊髄反射で“すごい”とアイリスを褒め称えた。
ホームズの家に帰ってきて、アイリスとユリアは一緒になって“ご馳走”を作った。どうやら、ユリアたちが女王陛下と一緒になって法廷を覗いていたことは今回の審理と同じように“極秘”なのだそうで、アイリスが口を酸っぱくして、ユリアに口を滑らせないように、と念を入れていた。それならば、落ち込んでいる暇はない。家に帰ってきた成歩堂と寿沙都、少し遅れてやってきたホームズと御琴羽。全員を笑顔で迎えた。
「みなさん、明日も頑張ってくださいね!」
いつも通りの笑顔を見せるユリアに、アイリスもつられるように笑顔になった。
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