授業の始まりを告げるチャイムをぼんやりと聞きながら、泣き止まない私の手を引く影山くんに大人しくついていく。誰もいない静かな廊下には二人分の足音がやけに大きく響いた。急に泣き出すなんて迷惑なことをしてしまったな。泣くつもりなんてなかったのに。歩くうちにだんだん冷静さが戻ってきて、自然と俯く視線は影山くんの上履きばかり追いかけた。でもさっきの言葉とか、珍しく慌てたような後ろ姿とか見てたらたまらなくて、好きって気持ちばかりがどんどん先走っていく。ぎこちなく繋がれた手の温もりを離したくない。そう思った時にはもう後先考えずに口を滑らせていた。


「す、好き、なの」

「…………は?」


当然影山くんは驚いて、ぴたりと足を止める。ぽかんとした振り向きざまの顔もいつもより幼く見えて好きだなあ、なんて思ったらもう止まらない。涙で声を詰まらせながらも、この口からはどんどん言葉が溢れていく。
口が悪くっても本当は礼儀正しいところとか、一緒に歩くと歩幅を合わせてくれるところとか、私の話を聞くときちょっと屈んでくれるところとか、勉強してるときのしかめっ面とか。何より、バレーが大好きで頑張ってるところも全部、全部、


「影山くんのことが、好き、大好き」








最初はよく笑う奴だなと、ただそれだけだった。


その笑顔は誰かに似ている気がして、日向と一緒に笑う穂波さんを見てやっと納得した。日向と同じなのだ。あいつほどうるさくはないし、失礼だけど穂波さんはクラスじゃ目立たない方のタイプ、だと思う。ただ、笑った顔は人を引き付ける何かがあった。その笑顔はいつでも俺に向けられていたから、いつからかそれが隣にあるのが普通だと思っている自分がいて驚いた。でもそれは穂波さんが俺に歩み寄ってくれる距離に甘えていただけで、ちっとも自然なことじゃなかったんだ。


バス停まで穂波さんを送っていった次の日、妙に俺を避ける態度の彼女に柄にもなく焦った。彼女が、俺の側から離れていってしまいそうで。今思えばもうこの時には手放したくないと思ってしまっていたのかもしれない。穂波さんの笑顔が、どうしても見たかった。
最近はなんか悩んでるみたいで全然笑ってくんねーし、どうしたら笑ってくれるのか、なんて考えていたら穂波さんに顔が怖いと言われて微妙に凹んだ。その隣で盛大に吹き出してた日向はいつか絶対ぶん殴る。


慣れない考え事で部活でもほんの少しずつ調子を乱す俺に、目ざとく気付いたのは菅原さんだった。何かあったのかと聞かれても口下手は俺は上手く説明出来そうになくて、何か言おうとしては口籠もってしまう。そんな俺に「悩みなら先輩に任せなさい」と言ってにっこり笑ってみせるから、変な例えを交えながら遠回しにその話をしてみた。すると何でもないように「影山はその子が好きなんだ?」なんて言われて。ただでさえまとまらなかった考えはどんどん空回っていく。…………好き?好きってなんだ、と一人悩む俺を、菅原さんは先輩らしい生温い笑顔で見守っていた。正直やりづらい。好きなら大事にしてやりなよ、とさらに追い討ちをかける菅原さん。その言葉に、また穂波さんの笑顔を思い出す。まだ分からない事だらけで答えなんか出ないけど、さっきより考えがすっきりしましたと菅原さんに礼を言ったら青春だなあ〜!なんて言って背中をばしばし叩かれた。叩かれた背中が地味に痛かった。




俺の言葉にいきなり涙を流し始めた穂波さんの顔を見て、菅原さんの大事にしてやりなよ、という言葉を思い出していた。初めて見る涙に若干パニックになりながらも、咄嗟に彼女の手を引いてとりあえず保健室へ行こうと廊下を歩く。後ろから聞こえるしゃくり声とか、繋いだ手の小ささとか。そういう色んなことがだんだん自分の気持ちと菅原さんの言っていたことを合致させていった気がする。頭の中で完全に歯車が噛み合う寸前のところで飛び込んできた、穂波さんの言葉。慌てて振り向けば、瞳に涙をいっぱい溜めて、肩を震わせながらたくさんの言葉を紡ぐ姿を見て、その気持ちへの答えは、もうとっくに出ていた。



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