どうしてもきみの心だけがほしいのさ
「絋海ちゃんはさー、真琴先輩が好きなんでしょ?」
いきなりの言葉にどくりと心臓が跳ねたけれど、平静を装って隣を歩く空閑に視線だけ投げかけた。一緒に帰ろうよ!と散々後ろをついてきてうるさかったので渋々承諾したが、こいつは本当に何がしたいんだろう。じろりと鋭い視線で睨んでやっても怯むことなくその切れ長の瞳をにこにこと歪ませているし、表情が読みにくくて調子が狂う。無視してやろうかとも思ったけど、無視した所でまたねえねえとうるさくなるだろうと適当に言葉を返した。
「……何を根拠に」
「そりゃあんな熱視線送ってりゃ誰でも気付くって〜真琴先輩は気付いてないみたいだけど」
熱視線ってなんだ。そんなに真琴くんのことを見ているつもりはないのだけど、もし周りから見てそうだと言うのならそうなんだろう。明日からなるべく見ないようにしないと。しかし何で空閑はわざわざ私と恋話みたいなことをしようとしているのか、さっぱり分からない。そういうのって男の子同士女の子同士でやるものじゃないの?今日散々一緒に帰ろうと駄々をこねていた目的がこれだとしたら、本当にこいつは何がしたいんだ。
「それで?」
「え?告白しねえのかなって」
「しない」
「えー何で!?ぱぱっと告っちゃえばいいのに」
ずいぶん簡単に言ってくれるなあ。二人お似合いじゃない?なんて無邪気に提案してくる空閑の言葉はいつも軽い。私みたいな言葉一つ一つが重すぎるくらいの人種から見れば、彼の吐き出す言葉は軽すぎてどうも馴染まなかった。ときたま見せるその軽さが彼の苦手な部分でもある。そんな簡単なことじゃないんだよ、と空閑に言った所で私の言葉は重すぎて彼には分からないだろう。私に彼の言葉が馴染まないように。
「……だって告白してもしょうがないから、しない」
「しょうがないことないっしょ!もしかしたらオッケーもらえるかもよ?」
「私に真琴くんはもったいないから、いい。付き合うとかそういうの望んでる訳じゃないし」
自分で言っていて虚しくなるけど、これが一番良いんだ。こんな気持ち、自分の心の中だけにずっとしまいこんでおこうと誓ったのに、どうして空閑なんかに話してしまったんだろう。今の話忘れて、と口止めをしようと顔を上げて、空閑がこちらを注視していたことに気付く。いつも弧を描いているはずの瞳がまっすぐこちらを見ていてぞくりと背筋が震えた。いつもへらへらと笑っていた空閑は、こんな表情をする奴だっただろうか。
冷や汗を流す私には気にも止めず、ふうんと興味なさそうに呟いた空閑はおもむろに私の手首を掴んで引き寄せる。身長もあまり変わらないくせに、大きな手のひらとその強い力はきちんと男の子だった。
「じゃあ俺は?」
「は?」
「俺が告白したら俺と付き合ってくれる?」
何を、言ってるの。口調はいつも通りのくせに、目が笑っていない。逃げるように振り払おうとした手首はびくともしなかった。逃げられない焦燥感からかじわじわと言い様のない恐怖が私を支配していく。本当なんなのこいつ。
「……悪い冗談でしょう」
「あっはは!さすがにそんな真顔で言われると傷付くなー」
「そんなの、あんたが変なこと言うから、」
空閑がいつものように笑みを浮かべるからまた普段の空気に戻ったかと思ったのに。手首を掴む力が強まったかと思うと、うんと顔を近付けて空閑は私の目を覗き込んだ。心の奥底まで見透かされるような深い蒼の瞳から目が離せない。怖い、そう思いながら頭が思い描くのは真琴くんの穏やかな緑色の瞳だった。どうして、こんなときに限って思い出すの。
「疑われてるみたいだけどさー俺本気だよ?絋海ちゃんが真琴先輩に告白する気ないならチャンスじゃん。俺卑怯だって言われてもその隙につけこむよ」
「っ、空閑、」
やめて、その一言がのどにつっかえて出て来ない。射るような視線に貫かれてすっかり私の体は動かなくなってしまっていた。そんな私を見兼ねてかそっと距離を置いた空閑は、逃げないようにと掴んだ私の手首はそのままに、寒気がするほど綺麗な笑顔でにっこり笑いながら言葉を紡いだ。
「ね、返事ちょうだい、絋海」
title へそ