あなたに追いつくまでは




人生十何年も生きてれば、嫌なこともそれなりにある。それは誰も同じ事。けど私はみんなより弱いからどうしても圧力に耐えられなくて、すぐ泣いてしまう。強気に振る舞ったって結局弱虫で引っ込み思案なところは直らなくて。今日もなんてことないことに勝手に傷ついて、心臓がギリギリ痛め付けられてる。
とりあえず頭を冷やそうと事務所から出ると、暗く淀んだ空までぽつぽつ泣き出す始末。ああ今日はとことんついてないなあ。傘も持ってないしどこかへ行く気もしない。ふらっと足が動くままに歩いて、少し細くなった路地にしゃがみこんだ。

「(冬馬くんはどんどん、どんどん高くのぼっていくのに、)」

キラキラと輝くステージに立つ、幼なじみの背中をふと思い出す。その背中はどんどん遠くなっていって、もう私なんかには追い付けないんじゃないかとさえ思う。いつも隣にいたのにいつの間にか遠くに行っちゃうんだなあ。
すん、鼻を鳴らすと近くの塀から野良猫が飛び下りて、にゃあんと一鳴きしてからスタスタと何処かに行ってしまった。あの茶色の毛並み、彼にそっくりだなあ、なんて……

「おい、あんた大丈夫か?」
「ひぇっ…!」
「具合が悪いんなら…ってなんだ、お前か」

噂をすればなんとやら、しゃがみこんでいる私の目の前に冬馬くんが立っている。私の顔を覗きこむように背を屈めると、熱でもあんのか?なんて言いながらおでこに手のひらをくっつけてきた。赤くなった目元を見られたくなくて、目を伏せる。すると冬馬くんは大きくため息をついて、乱暴に私の頭を撫でた。髪がぐしゃぐしゃになっちゃうでしょ。

「んだよ…また泣いてんのか?今度は何で落ち込んでんだ」
「………」
「…黙ってちゃわかんねえぞ」

ま、大方予想はつくけどな。
そう言いながらしゃがみこんだ冬馬くんと目線が同じ高さになる。ステージに立っているときとはまた違う、ぎらりと光る瞳に睨み付けられてまた心臓がぎゅっと縮まった。それでも沈黙を守っている私に向かって冬馬くんは呆れた口調で、ゆっくり一言一言噛み締めるように語りかけてくれる。変に真面目でどこまでも熱血な所は、昔から変わらない。

「言っとくけどな、実力じゃ断然他の奴らなんかよりお前のが上なんだぜ?いい加減自信持てよ」
「だ、だって!今日も、私……」
「お前はいつも自分なんかって下向くけどよ」
「うっ」
「プロデューサーだってマネージャーだって、もちろんファンの奴らも……それに俺だって、お前のことちゃんと信じてんだぞ?お前が自分を信じなくてどうすんだバカ」
「……は、え、ええ?いたひいたひ!」



冬馬くんらしくない言葉が聞こえたことに驚いて目を丸くしていると、いきなりぐにぃとほっぺたを引っ張られた。悲鳴を上げると冬馬くんは恥ずかしそうにそっぽを向いていた。照れ隠しなのか、ちくしょう可愛い。耳を赤く染めた冬馬くんは可愛いけどほっぺたが痛いなあ。
なんだかもうどうでもよくなってきて、痛む頬をさすりながらへらりと笑えば彼も一緒に笑ってくれる。うん、私って幸せものだなあ。プロデューサーもマネージャーもファンのみんなも、もちろん冬馬くんだっている。もう少しこの長い道を、ゆっくり歩いてみるのもいいかもしれない。

「冬馬くん、ありがと」
「……おう」

いつかはその広い背中まで追い付いてみせるから、それまで待ってて。



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