隠した言の葉を爪弾いて




正直なところ気紛れな猫のようだ、というのが歌仙の第一印象だった。
主である私に対してそこまで忠義に厚い訳でもなく、「雅じゃない」とかなんとか言って割とぞんざいにあしらわれる。機嫌が良いとにこにこと笑っていても、虫の居所が悪いとそれこそ猫のように目を細めて不機嫌を隠すことなくこちらを威圧してきた。二言目にはお小言やら嫌みばかり出てくるし…。歌仙兼定とはそういう刀なのかとも思ったけど、審神者仲間に話を聞くとどうやらそうでもないらしい。


「うちの歌仙は美意識に関してはうるさいけど、基本的によく仕えてくれる良い刀だよ」

「えっ」

「そうそう。戦のことだとたまに物騒になったりするけど。でも他の刀みたいに前の主拗らせてる訳でもないし」

「ええ……」


うちの歌仙の話をすると皆、口を揃えて「うちの歌仙は良い奴」とこぼすのだ。おかしい。ならうちの歌仙は一体全体どうしてこうなったのか。もちろん審神者の性格や本丸の環境はそれぞれ違って、それに合わせて刀剣男士にも個体差が生まれることは知っている。しかしここまで意見が食い違うとなると、私に何か原因があるのだろうか…。しかし今まで普通に彼らと接してきたつもりだし、歌仙は初期刀として顕現したときからそういう性格だったように思う。他に思い当たる節と言えば私の神降ろしの技量の悪さだが、不器用なりに顕現させた他の刀剣男士たちに違和感を感じたことはない。それも原因ではないだろう。と、なると。


「単に歌仙が私を嫌っているのでは…」


まだ決まったことではないが、一番付き合いの長い彼がもし本当にそうなら、と考えると胃がきゅっと悲鳴を上げた。定例の報告会からの帰り、友人から聞いた話や自分で考えた仮説に胃を痛ませながら本丸への道をのろのろと歩いた。
いやまあでもまさかね、刀剣男士は基本主に忠誠を誓ってくれるってこんのすけも言ってたし大丈夫だよね。そんなことを考えながら門をくぐると、珍しく私の帰りを待っていたのか玄関に歌仙が立っていた。出迎えてくれるのは嬉しいけど今は顔を合わせたくなかった…!またきゅっとなった胃を押さえながら、とりあえずただいま、と歌仙に声をかけた。


「おかえり、随分と遅かったね」

「少し長引いてしまって。そっちは何か変わったことはありましたか」

「特には。ただ君の帰りが遅いから仕事が溜まってるんだ。そうでなくとも君は書類を溜めがちなんだしなるべく早く処理してくれよ」

「う、は、はい……」


いつも通りの言葉ではあるが、今の手負いの状態で聞かされるとダメージがでかい。早く手をつけなければ、そそくさと歌仙の横をすり抜ければ、呆れたようなため息が背後から聞こえてサッと体温が下がるのを感じた。私が立てた仮説もあながち間違いではないかもしれない、そう考えると胃痛に加えて胸のあたりに何かがつっかえるようで、どうにも息がしづらかった。



審神者としての能力が低いのはまあ、生まれつきなので仕方ないにしても、何より書類の扱いが下手でいけない。自分なりのペースでやっていても、すぐ締め切りが迫ってきてひいひい言いながら筆を走らせることになる。
今回もまた例外ではなくて、こんのすけに頼み込んで締め切りを伸ばしてもらった書類と徹夜で格闘していた。動かない筆を片手にウンウン唸っていると、部屋の外から主、と声をかけられる。どうぞと応えれば障子が開き、恭しく入ってきたのは最近この本丸に来た長谷部だった。なにやらお盆を片手に正座して私に向き直る。


「根を詰めていては進むものも進みませんでしょう。少し休憩なさってください」

「わ、ありがとうございます」


長谷部が持ってきてくれたのは、温かいお茶とおにぎりだった。夜食にどうですかと差し出され、ちょうどお腹が空いてきたところだったのでありがたく頂くことにした。まだ仕事は残っているけれど、少し休憩するくらい良いだろう。
夜食を美味しく頂いて、お皿を自分で下げようとすれば俺がやりますからと持っていかれてしまった。申し訳なさからお礼を言えば、長谷部はとても嬉しそうに笑ってみせる。そんな笑顔を見て誰かが彼を忠犬のようだと言っていたのを思い出した。猫のような歌仙さんとは正反対だ。


それからというもの、長谷部はとてもよく気付いては私を助けてくれた。書類の整理だって手伝ってくれるし(多分書類の扱いは彼の方が上手い)、鍛刀が上手くいかなくても慰めてくれる。サポートするのが上手いというのか、私に気取らせず支えてくれるのがとても上手い刀だ。主として未熟であるが故につい頼ってしまい、自然と近侍を彼に任せるようになった。審神者になってからは近侍は初期刀であり一番練度の高い歌仙に任せきりだったけれど、長谷部に頼むようになっても彼は何も言わなかった。私はまだ歌仙が自分を好いていないだろうと邪推していたから、むしろ肩の荷が下りただろうと勝手に考えていたけれど。



長谷部が近侍を務めるようになってしばらく経った頃。なぜか目が冴えて眠れない夜だった。ごろごろと何度も寝返りを打ったところで眠気はやってこなくて、水でも飲もうとゆっくり部屋を出た。部屋の外に出れば影が濃く足元に落ち、大きな月が辺りを明るく照らしている。ひらひらと舞う桜は美しいけども、やはりどこか非現実的で落ち着かない。今日は寝れないかもな、と月を見ながら廊下を歩いていると、見慣れた紫色の髪が揺れているのを見つけてぴくりと肩が跳ねた。


「……歌仙、月見酒ですか」

「ん……あぁ、主か」


空をぼんやり眺めながらちびちびと酒を煽っていたのは歌仙だった。随分酔いが回っているのか、いつもの凛とした表情は柔らかく、頬も赤い。拙い発音で彼が言うには、彼も私のように眠れなくて月見酒をすることにしたのだという。自然な流れで杯を渡されあっという間に酒を注がれてしまえば断るのも悪い気がして、恐る恐る、隣に座って私も月を仰ぎ見た。酒はあまり得意ではないけれど、これで眠れるなら悪くないかもしれない。


「貴方でも眠れない夜なんてあるのね」

「刀と言えど今は人の身を得ているのだから、君とそう変わりないだろう」

「それもそうか」

「……最近仕事はどうだい。僕が見ていなくても、きちんとこなしているんだろうね」


またそれか、とは思ったが曖昧に笑って言葉を濁した。私の仕事が遅いのはよくよく知っている癖に、こうやっていちいち聞いてくるのは本当に意地が悪い。どうせ私は出来の悪い主ですよ、と半ば自棄になって勢い良く杯を煽ると、こちらを睨んでいた歌仙がふと視線を地面に落として俯く。その仕草がなんともしおらしくて、私はぎょっとした。酒に酔っているとはいえ、この変わりようは何なのか。よく見ると紫色の髪から覗く耳や項が真っ赤だ。歌仙は確か酒に強かったはずだし、いったいどれだけの量の酒を飲んだのだろう。だんだん心配になってきて声をかけようとしたその時、俯いたままの歌仙が呻くように口を開いた。


「ああ……今は彼が、長谷部が君の側に仕えているのだから、僕が気にすることもないのだろうね」

「え?」

「彼は優秀だろう。あれは主を支えて喜びを得る刀だ…僕なんかと違って」

「う、うん?でも……」


どうして、そんなに惜しいことのように言うのだろう。それでは歌仙が彼の立場に嫉妬しているようではないか。そう口には出せずにただただ歌仙を見つめていると、ゆっくりと顔を上げた彼の瞳と視線が交わる。酒の熱に溶けた翡翠色の双眸はとろけたまま真摯にこちらを見つめていた。その視線に耐えられず先に視線を逸らしたのは私の方。それでも視界の端から彼の瞳がじっとこちらを注視しているのを感じて、そちら側の肌だけ焼けるような感覚にとらわれた。


「歌仙は、近侍を任せるのを嫌がるかと思ってたんだけれど、」

「……僕が一体いつそんなことを言ったんだ」

「いや、だってすぐ怒るし……私お世辞にも仕事が出来るとは言えないし……」


嫌われてるのかと思ってた。そう言い切る前に歌仙の頭が肩に乗ってきて、その重さと熱さにびくりと体が跳ねた。甘えるようなその仕草に驚いて硬直している私にはお構いなしに歌仙はぐりぐりと首筋に額を押しつけてくる。ふわふわとした彼の髪が皮膚を掠めてくすぐったいのに、いつの間にか腕を掴まれていて身を引くことが出来ない。焦って身をよじるが、歌仙はびくともしなかった。さすがに日夜刀を振るっているだけある、と謎の感心をしてしまったが今はとにかくこの体勢を何とかしたくて声を荒げた。


「ちょ、ちょっと歌仙…!」

「……僕だって、」

「え?」

「僕だって、僕だって君に優しい言葉をかけてやりたかったんだ」


その一言を皮切りに、歌仙はたがが外れたように今までの心境を吐露し始めた。私に労いの言葉をかけようとしてもつい嫌味な言葉が口を出てしまうこと、それが自分でも嫌だったけれどどうにも直せなかったこと、長谷部が近侍を務めるようになって寂しかったこと、私に嫌われていないかずっと気にしていたこと。まだ何か言いたいことがあったようだけどだんだん泣きが入ってきて、しゃっくりのせいで上手く話せないようだった。私は歌仙の言葉を静かに聞きながら、ゆっくり彼の頭を撫でることしかできない。歌仙も拒むことはなくむしろ触れると大人しくしていて、なんだかその姿が愛おしく見えてくる。もっと早く、彼の話を聞いてやるべきだった。宥めるように髪を梳いて、出来る限り優しく、ゆっくりと声をかける。


「ごめんね、勝手に勘違いしてた」

「……」

「……ね、歌仙。また明日から、私の近侍をお願いしたいんだけど」


私の言葉を聞いてのろのろと姿勢を正した歌仙は嬉しそうに、今まで見たことがない穏やかな笑顔で頷いてくれた。月の光を受けたその笑顔が眩しい。それからはお互いが眠くなるまで月を眺めて語り明かした。上機嫌に話をする歌仙の横顔は楽しそうで、私も楽しくなってくる。ああ、今夜は部屋で眠ってしまわなくて本当に良かった。ゆらゆらと浮かぶ月を見上げながら、また杯を煽った。



その後近侍の座を奪い合って猫と犬の戦いが繰り広げられたとか何とか。


title thorn



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