青果の夏




「……あつい」


ぽろっと溢した呟きに合わせるようにしてセミが一斉にミンミン鳴きだして、それだけで体温がぐんと上がった気がした。もうこんな暑い日に学校行きたくないから早く夏休みにならないかな。そんなことを考えながら通学路をずるずると歩く足取りは重いことこの上ない。隣を歩く影山は涼しい顔をしてたけど、私と同じように汗だくだった。


「暑いって言うから暑くなるんだろ……暑い禁止」

「あついもんはあついから無理……はあ〜アイス食べたい」


口に出すとアイスのことしか考えられなくなってしまった。帰りに坂ノ下寄ろ。シャツの首元でぱたぱたと扇いでも涼しくなるはずもなく、熱風が掻き混ぜられただけだった。汗で額にくっつく前髪が鬱陶しい。せっかくセットしたのに台無しだ。濡れた横髪を耳にかけながらふと横を見ると、影山も汗を拭っている姿が目に入る。そして驚くことにいつもなら前髪で見えないおでこが惜しげもなく晒されていて真顔で凝視してしまった。無言で凝視してたら視線が暑苦しいとか言って頭にチョップをお見舞いされて涙目である。だって珍しかったんだもん、そりゃ見るでしょ。そう言っても影山は?を浮かべていたので話を変えることにする。


「ていうか影山今度また合宿あるんだっけ?いいなートーキョー」

「夏休み入ってからな。言っとくけど土産とか買わねーから」

「えっエスパー!?まだ何にもいってないじゃん!」

「顔見てりゃ分かる」


東京のお土産をせがもうと思っていたら普通に見透かされていたらしい。悔しい。東京なんて行く機会そうそう無いんだからお土産くらいお願いされてよ。そう言っても影山は頑なに首を縦に振らなかった。本当バレーしか興味ないんだなこいつ。はやくバレーしたいって顔に出てる。この状態になったらもう何言っても無駄かな。相変わらずうるさいセミの声を聞きながらだらだらと歩いていると、ちょっと待て、と影山にいきなり声をかけられて足を止めた。


「?なに、どうしたの」

「ちょっとそこで待ってろ」

「は、え?ちょっと!」


言うが早いか踵を返す背中を引き留めようとしたけどさっさと何処かへ行ってしまって私は途方に暮れた。伸ばした手は空を切ってだらりと下がる。え?本当にあいつどこ行ったの。まだ授業には間に合うだろうけど、早く行かなきゃ遅刻になっちゃう。腕時計を何度も覗き込みながらそわそわしながら待つ私の首筋に、急に冷たいものが触れて声を出す暇もなく飛び退くと、どこかへ行ってたはずの影山が後ろに立っていた。キンキンに冷えたペットボトル片手に。さっき私の首筋を冷やしやがったのはお前か。


「めっちゃびびった!!」

「は?」

「首!冷たいの押し付けたでしょ!」

「お前に買ってきてやったんだろーが、有難く思え」


は?と口を半開きにして呆ける私に対して影山はなんかドヤ顔をしていた。むかつく。しかも「だからこれやる」とか言いながら今度は冷たいペットボトルを頬にぐいぐい押し付けてきやがって軽く殺意が沸いた。あと合宿は東京じゃなくて埼玉だとか言ってた気がするけど私はペットボトルで額を冷やすので忙しくてあんまり聞いてなかった。暑さで倒れたりすんなよ、なんて心配されたけどべつに嬉しいとか思ってない。全然。



title へそ



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