それでも彼は綺麗に笑う
「……もう、俺がいなくても大丈夫だな」
悲しそうに微笑みながらそう呟いた隊長の言葉に、私は頭が真っ白になった。えっ、と小さく声が漏れただけでまともな返事も出来ず、ただ立ち尽くす。彼は今何と言ったのだ。ぐらぐらと頭が揺れて思考がはかどらない。そんな私の反応には目もくれず、隊長は自分がブラッドを抜けるだとか、あいつらを頼むだとか、勝手にどんどん話を進めている。待ってくれとその話を遮ろうとしたけれど、やっと私の方を見てくれた灰色の瞳はもう既に覚悟を決めた"それ"で。私が何を言おうとこの人はここに留まってはくれないのだと、どこか確信めいたものを感じた。
「…………どうして」
やっと出てきた言葉はほんの一言だった。けれどこの複雑過ぎる気持ちを上手く代弁してくれた言葉だったと思う。話を聞いただけで泣きそうになる私を見て、隊長はまた眉を下げて微笑んだ。彼はいつもそうやって笑って、しょうがないなと私を妹のように励ましてくれたのに、今回ばかりはその微笑みさえ違うもののように見えた。たまらず零れた涙も彼は拭ってはくれない。
「もうこれ以上神機使いがアラガミの犠牲になることはないんだ。俺はそのために……、」
「……それでは自分なら犠牲になってもいいという風に聞こえます」
「…………」
きっと彼は自分がどうなろうと神機兵を完成させるという目的の為に、全てをかける覚悟をしたのだろう。その覚悟云々に口を出すつもりはないが、どうして私に、私たちに相談の一つもしてくれないのですか。私の質問には答えずに、隊長は気まずそう息を吐いた。彼にしては珍しく、目を逸らしたまま。そうしてどちらも言葉を発することなく、時間だけが過ぎていく。我が儘を言っているのは一体どちらなのだろう。
「私は、隊長がいたから……これまでやってこれたのに」
「急にいなくなってしまうなんて、ずるいじゃないですか」
私の言葉に隊長はまた笑った。今度はどこか照れ臭そうに、年相応の表情で、お前は俺を買い被り過ぎだな、と。隊長はゆっくり距離を詰めて私の手を取ると、ディスクを一枚だけ手のひらに乗せて、ディスクごと私の手を握りこんだ。隊長の手は男性にしては細くて綺麗だけど、私よりずっと大きい。いつになく近い距離に、そんな場合じゃないことは分かっていても少しどきっとした。
「お前はいつもそうやって俺の後をついてきてくれたな……」
「……隊長が、隊長だったから」
「今からはお前が隊長だ。……このディスクをブラッドの皆に渡しておいてくれ、いいな?」
従えません。とは、言えなかった。ジュリウスの視線はそれを拒んでいたから。行かないで、一人にしないで、そんな言葉も飲み込んで、了解しましたと素っ気ない返事をした。今から、私が隊長。その一言がずしりと私の肩に重くのしかかる。そっと離れていく彼の手のひらに触れたくなるのをなんとか堪えて、ディスクを強く握り締めた。ブラッドとして一緒に任務をこなしていた時はあんなに、近かったのに、ずいぶん遠くへ行ってしまったみたいだ。追いかけることを拒むジュリウスの背中を、私はただ見つめることしか出来なかった。
title 怪奇