セントバレンタインズデー




バレンタインデー?
渡されたお菓子を手に聞きなれない言葉をそのまま聞き返す私に、カノンちゃんは嬉しそうに微笑んだ。極東ではお世話になった人や大事な人にチョコレートを渡す日なんだそうで、お菓子作りが趣味な彼女は随分気合いが入っているらしい。そもそもあまりお菓子の材料など手に入れることの出来ないご時世なので、バレンタインのために食材を備蓄していたのだとか。腕によりをかけちゃいました、とカノンちゃんは嬉しそうに腕まくりの動作をしてみせた。彼女の作るお菓子はおいしいから食べるのが楽しみだなあ。私も何か作れたら、いつものお返しが出来るのに。


「バレンタインかあ。うーん、私料理とか全然駄目で……」


「じゃあ今からでもなまえさんも一緒に作りませんか?チョコを送りたい人とか、いるんじゃないでしょうか」


「送りたい人……」


大事な人。そう考えてまず浮かんだのが、ジュリウス隊長だった。隊長だけじゃなくて、ブラッドの皆や極東支部の人にも渡せたらいいのだけど。彼らが喜ぶ顔を思い浮べながら、どうしますか?と問いかけるカノンちゃんにチョコの作り方を教えてもらうことにした。ゴッドイーターになってからは戦うばかりで、お菓子作りなんてした事がない。初めてのことに緊張する私を見て、カノンちゃんはどこか楽しそうだった。


「まあ、なまえさんは初めてですから。簡単なチョコにしましょうか」


「よ、よろしくお願いします…!」


「ふふ、そんなに力まなくても大丈夫ですよう」


そう言って笑いながらもカノンちゃんは手際よくチョコレートを溶かしていく。私もあたふたしながら彼女の指示に従って動いてみるけれど、ぎこちなさは否めない。てきぱき動くカノンちゃんの隣でおどおどしている自分は一体何なのだろうと無駄に落ち込んでしまった。鼻腔をくすぐる甘いチョコレートの香りは、あの人にきちんと届くだろうか。
そうして完成したチョコはお世辞にも綺麗とは言えない出来だったけれど、初めてにしては上出来だと思いたい。ラッピングも済ませて、あとはきちんと渡せるかどうか……いつもお世話になってるお礼なんだから、そんなに緊張せずとも自然に渡してしまえばいいだろう。そう自分に言い聞かせて、カノンちゃんにお礼を言ってから渡す人たちを探すことにした。




▽▽▽




ブラッドの皆は快く受け取ってくれて助かった。あんなに緊張していたのが馬鹿みたいだ。これならきっと隊長にだって自然な動きで渡せる……!と、確信した瞬間に曲がった角でばったり本人に出会ってしまい心臓が止まるかと思った。ぎゅんとすごい勢いで退いた私を彼がなんとも不思議そうな顔で見ている。ごめんなさいそんなつもりじゃなかったんです。


「び、び、びっくりしました、」


「すまない副隊長。まさかそんなに驚かせてしまうとは、」


「いえ…こちらこそ……」


はー、と息をついてなんとか心臓を落ち着けていると、視界のなかで鮮明な赤色がちらついた。ぱちりと瞬きをしてから改めて隊長を見れば、なぜか真っ赤な薔薇の花束を抱えている。隊長の見た目では違和感などなくむしろしっくりくるくらいなのだが、なんで花束なんて。自分が彼にチョコを渡そうとしていたことも忘れてその花束をじっと見ていると、それに気付いたのか隊長は少し照れ臭そうに花束を抱え直した。


「……その花束、どうしたんですか?」


「いや、これはその……」


誰かからもらったのだろうか、なんか嬉しそうだし。そわそわする隊長を見ているとさっきまで高ぶっていた気持ちがだんだん冷めていくのを感じた。チョコの箱がなぜかとても重く思えて、こっそりと後ろ手に隠してしまう。こんな気持ちじゃチョコも渡せそうにないし、どうやってこの場から逃げようか……と思案しているうちに、こほんと咳払いをした隊長がぎこちなく口を開いた。


「これは……副隊長に。渡そうと思っていた」


「え」


「バレンタインには男性が女性へ花束を贈ると聞いたのだが……違ったのか?」


……チョコじゃないんですか?と驚いて返事をした私と隊長は訳が分からないといった風に目を見合わせた。なんでも隊長の出身の地ではそういった風習があるのだそうだ。カノンちゃんも極東では、と言っていたし、地域によって違いがあるのかもしれない。
隊長が、私に。そう思うと先程までとは違い花束がとてもキラキラ輝いているように見えて、受け取るのを躊躇ってしまう。やんわりその花束を抱き締めると、とてもいい香りがした。


「すごく、すごく嬉しいです……ありがとうございます、隊長」


「喜んでくれたのなら俺もわざわざ渡した甲斐があるというものだ。受け取ってくれてよかった」


「あっ、そうだ。私もチョコを渡そうと思ってて」


もしかしたら美味しくないかもしれないと言葉を添えながら差し出した小さな箱を、隊長はとても大事そうに受け取ってくれた。ありがとう、と微笑む顔は直視出来ないくらい綺麗で、つい見とれてしまう。バレンタインというこの日を教えてくれたカノンちゃんに心のなかで感謝しながら、嬉しさを噛み締めるようにして花束を一層強く抱き締めた。薔薇の香りをかぐたびに、いつでも今日を思い出せますように。



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