この両腕は君を泣かせない為にある




※ネタバレ、捏造注意



がたんと大きな音を立てて開いた病室の扉。面食らって反射的に入り口を見れば、今にも零れそうなほど瞳に涙を溜めたなまえが息を切らせながらそこに立っていた。全力で駆け付けてきたのだろう、涙と一緒にうっすらと汗までかいている。感動の再会とでも言うべき場面なのだろうが、一体何から話せばいいのか……。悩んでいるうちにもなまえはずんずん病室に入ってきて、ぴたりと俺のベッドの前で止まった。副隊長、と、今となっては懐かしい名称で彼女を優しく呼べば、俯いた彼女はぴくり肩を揺らす。ゆっくりと視線を上げる彼女の顔を久方ぶりにまじまじと見て、こうしてきちんと顔を合わせるのはいつぶりだろうかとぼんやり考えた。とうとう耐え切れずに大粒の涙を流しながら泣きじゃくる後輩が、愛おしくてたまらない。勢い良く首に抱き付いてきた腕は、初めて会った頃よりもずっとたくましくなっていた。



「副隊長……いや、もう隊長だったか。頼もしくなったなあ」



「っ、ジュリウス、たいちょう」



「……まだ俺を隊長と呼んでくれるんだな」



当たり前です!と涙声なのも気にせず声を張り上げるなまえが微笑ましくて、つい口元が笑ってしまう。私の隊長はあなただけです、なんて。殺し文句もいいとこだ。いつの間にか長く伸びた彼女の髪が首筋をくすぐって、時間の経過を改めて感じさせる。俺はまたこの世界に、きちんと帰ってこれたのか。おそるおそるなまえの背中に回した腕は、情けなくも微かに震えていた。



「ずっとずっと、会いたかった…」



熱い吐息を吐き出しながらあえぐようになまえはそう繰り返した。その言葉に罪悪感がちくりと心をえぐったけれど、罪滅ぼしに自分は一体何が出来るというのか。犠牲は自分ひとりでいいと覚悟を決めて、振り返らぬよう歩み選んだ道だった。しかし結果として今、彼女を泣かせてしまっている。あの判断が間違っていたとは思いたくないが、自分の腕のなかで震える彼女には本当に申し訳ないことをしたと、やり場のない後悔の念に苛まれる。自然と彼女を抱き締める腕に力がこもったが、なまえはするりと腕から抜け出して、泣き腫らした瞳で真っ直ぐに俺の目を覗き込んだ。その真っ直ぐ過ぎる視線に耐えられず、今度は俺の方が俯いて、促されるようにして謝罪の言葉を吐き出した。柄にもなく声が震えてしまう。



「謝って許されるとは思っていないが……本当に、すまなかった」



「…っ、本当、ですよ!一体私たちがどれだけ、隊長のことを想っていたか……!!」



「……ああ、」



「全部勝手にひとりで決めて、私たちになんか相談もしてくれなくて……。私たちは家族なんじゃ、なかったんですか」



「……すまない」



泣きながら訴えるなまえに、返す言葉もない。そんな俺になにを伝えたいのか、なまえは何か言い掛けては言葉になりきらずため息ばかりついていた。情けないやら申し訳ないやらで、視線を落としたまま顔を上げられない。もう見限られてもおかしくないと考えだした頃、急になまえの両手でぐいと強制的に顔を上げさせられて目を丸くした。涙は止まったものの未だに瞳を潤ませた彼女の視線はどこまでも真っ直ぐで、目がそらせない。訳も分からず困惑する俺を見下ろしながら、緊張した面持ちでなまえはゆっくりと口を開いた。



「隊長がそういう、何でも自分ひとりで抱え込んじゃう癖があるのは、ずっと前から知ってます。ひとりで悩んで頑張ってたことも。でも、だからこそ、もっと私たちを頼ってくださいよ……自分がいなくても大丈夫なんて、言わないで」



また泣きそうになるのをこらえながら、ぎこちなく紡ぎだされたなまえの言葉。その言葉がゆっくりと心に染み渡っていくようで、俺までもが泣きそうになってしまう。なまえの泣き虫がうつってしまったみたいだ。いつの間にか病室の扉の向こうにはブラッドの三人も揃ってこちらを見守っているし。じわじわと、暖かな何かで心が満たされていくのを感じた。ふ、とつい笑みがこぼれて、あれほど怒っていたなまえもきょとんとしている。あっけにとられながらもつられて笑顔になるなまえの微笑みを、今度こそ自分で守りたいと、心の底から思った。今度は、泣かせてしまわないように、みんなと一緒に。



「……おかえりなさい、ジュリウス隊長」



「ああ……ただいま」



title 怪奇



「#エロ」のBL小説を読む
BL小説 BLove
- ナノ -