今宵の夢は隣で眠るあなたと同じでありますように




死ぬことが怖いとは思わなかった。



いつの間にか足が勝手に歩きだしていて、轟音を響かせながら上昇するエレベーターから飛び降りていたんだ。背中にかけられた声なんて聞こえない。ただ、あの哀しそうな笑顔を、こんな暗い洞窟にひとり置いてきぼりになんてしたくないと思った。どんどん水に浸食されている地面に不器用に着地すると、やけに自分が落ち着いていることに気付く。これから溺死だか圧死だか水死だか、むごい死に方をするかもしれないと言うのに、なんだか実感がなかった。事が大きすぎて頭が考えることを止めてしまったのかもしれない。人って都合よく出来てるなあ。



「……お前は馬鹿か」



ふらふらと歩み寄ってきた私に一番にかけられた言葉。こんなときまで彼らしいというか、何というか。その問いに答えないままへらりと笑ってみせると、チッと綺麗な音で舌打ちをされた。最期なんだから何か言い返してやろうとは思うのだけど、うまく言葉にならなくて、走馬灯のようなものがぐるぐると頭で回っている。走馬灯なんてものを、まさか自分が実際に体験するなんて。にしても、この旅も長かったなあ。こんな終わり方なんてちっとも予想してなかったけど。



「……僕は、お前と一緒に死ぬなんて願い下げだ」



「うん……そっか、ごめん。けど、私はリオンと一緒にいたいな」



「………」



うつむいたまま、リオンは何も言ってくれない。彼が命までかけた想いを無駄にしてしまったことは悪いと思う。けれど、ここは、これだけは、私も譲れない。もう彼の憎まれ口さえ聞けないのかと思うと妙に寂しくて、振り払われるかもしれないと思いながらも、手を伸ばす。ぎゅっと私よりも冷たい彼の両手を握ると、意外にも振り払われることはなかった。それどころか向こうからも微かに握り返してくれて。嬉しさからまた笑うと、ギッとまたあのするどい視線で睨んでくれた。初めて会った頃はいつかこの視線で殺されるんじゃないかと心配していたのに、今ではそれが嬉しいだなんて、どうかしてる。



「……リオン」



ごうごうと吠える地響きはどんどん大きくなっていく。じきにこの洞窟も崩れてしまうだろう。



「もう、終わりかなあ…もっとリオンと一緒にいたかったのにな……」



ぽつりとこぼれ落ちた、本音。最後くらい格好つけたかったのに、次々と言葉だけが口から溢れて止まらない。旅が終わったらもっと遊びたかったし、故郷にも帰りたかったし、何より、もっとリオンと幸せな思い出を作りたかった。作るはずだったのに。そんな夢は、もう永遠に帰ってこない。何もかも遅すぎたのだ。



「こんなはずじゃ、なかった」



たまらず溢れた涙さえも海水に混ざって冷たくなっていく。子供みたいに泣きじゃくる私をリオンは悲しそうに見つめて、不器用な指先で涙を拭ってくれた。その体温に縋るように頬を擦り寄せれば、青紫色の瞳がスッと細められる。その瞳は、濡れているようにも見えた。やっぱりリオンは、優しいね。そんな呟きも水にのまれて、全て流されていった。
水圧に意識を持っていかれるほんの一瞬に、まだ平和だった頃のリオンと私が見えた気がした。お互い意地っ張りなせいで何度も何度も些細なことで喧嘩して、その分絆を強くした懐かしい日々。いとおしいその思い出たちを胸に抱いて、私はゆっくりと目を閉じた。



(次に会う時はもっと幸せになろう)



title 怪奇



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