きっとその剣は誰も救わない




 あの人の背中を見つめるのがすきでした。初めは遠くから見ているだけで良かったのです。いつか、いつかはあの人の隣にいられたらと夢見ることが私の生きる糧だったと言っても過言ではないかもしれません。
 当時は女として剣を握るなど、あまりよく思われることではありませんでした。しかし私はその嫌な視線に耐えながら、剣を振るっていたのです。彼と対等な立場へのしあがるために。


 とうとう彼の部下として任務をこなせるようになった頃、私は喜びを感じると共に、知らなければ良かったことを知ってしまいました。あの人は彼女といるときだけ、まるで見たこともないような素敵な笑顔を滲ませるのです。
 悲しかった。彼女以上に私が愛してもらえる未来などないと直感で分かりました。ここまで上り詰めても、彼の視線が私に注がれることはなかったのです。役に立たない剣など捨ててしまいたかった。けれど、彼の側にいるには、この剣が無ければ。剣を捨てたところで、剣士になると決めたとき親に勘当された自分には、帰る場所もありません。私は泣く泣くまた剣を振るいました。


 あの人の背中を任されるまでの地位を獲得した頃には、彼は私にも目を向けてくれるようになりました。あの気難しい彼がまるで友人のように接してくれるのです。嬉しくて嬉しくて、それでも次の瞬間には彼の甘い声で彼女の名前が聞こえてくる。やっぱり私は彼女には適いません。もっとも、彼女が物語なんかによくある嫌な女であれば、私もこんなに虚しくはなかったでしょう。悲しくも、女の私から見ても彼女は美しく、優しく、聡明で、完璧な方でした。男に混じって剣を握る私のような女が、到底適うはずがなかったのです。


 時は過ぎてあの人がいなくなってしまいました。突然姿を消してしまい、どこにも見当たらないのです。そして、彼がいなくなったかと思えば、彼女の姿も見つからない。なんだか変な噂も立ち始めた頃、私はあの人の友人だと名乗る方の旅に同行することになりました。その旅がこんな結末になると、誰が予測できたでしょう。


 あの人は珍しく、つらそうに肩で息をして、追い詰められていました。やはり彼は彼女を守るために、姿を消していたらしいのです。敵の卑劣な行為に憤ると同時に、私はやはり守られる側の人間ではないのだと思い知らされました。それでも、この剣を捨てる訳にはいきません。あの人の隣にいるために磨いたこの剣で、あの人を、斬り付けなければ。そう考えれば考えるほど、手が震えてうまく動けませんでした。彼を傷つけるなんて、やっぱり出来ない。カラカラと虚しい音を立てて転がった剣。情けなくも膝から崩れ落ちた私を、彼は申し訳なさそうに見つめていました。


 やはり多勢に無勢、この数ではさすがに彼も太刀打ち出来ません。しかし、美しく光る金髪の彼の言葉を聞いて、あの人の瞳にわずかな光が戻っていたのを、私は見逃しませんでした。
 ほっとしたのも束の間、ずしりと心臓まで響くような地鳴り。洞窟が崩れかけているのだと、誰かが呟きました。これはまずいと皆でエレベーターに駆け寄ったその時、あの人は何かを覚悟したような面持ちでした。


 それからのことはあまりよく覚えていません。気が付いたら膝まで水に浸かり、あの人に抱きしめられていたのです。彼は泣いているようでした、私もなぜだか涙が止まりません。しかし、色々な感情が胸の奥で氾濫しているなか、卑しくも私は最期であるこの時に、彼の側にいるのが彼女ではなく、自分だったことを喜んでいたのです。自分の醜い部分を曝け出されて、吐き気がしました。しかし後悔をする暇もなく痛みが身体中を駆け巡り、自分が誰なのかも、自分を抱き締めているのが誰なのかも、解らなくなってしまいました。意識が途切れてしまう前に、誰かに名前を呼ばれたような気がしましたが、


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