「気をつけて行くんだよ、美月」
普段、誰にもしないような優しい笑みを浮かべる雲雀。
その笑顔を見て少女は「はーい」と手を真っ直ぐに挙げた。
すると、黄色の幼稚園バッグの蓋が少し空いてしまい、中のピンク色の巾着袋がちらりと雲雀の目を掠めた。
「それ、何?」
視線の先を直ぐに理解した美月は、自信満々に、
「おとうさんとね、オヤツかったの」
と指を三本立てて答えた。
「さんびゃくえん」と付け加えて。
「美月ちゃん、おはよう!!」
「あ、せんせー!!」
突然会話に割って入ってきたのは、幼稚園の先生。
一連の草壁家のコミュニケーションを、幼稚園バスの前で気長に見ていたのだが、さすがに時間がマズイらしい。
鶴の一声ならぬ、先生の一声に草壁は慌てて「すみません」と謝った。
完全に雲雀のせいなのだが、上司の失態にしないように対処する、中学校からの悲しい性だ。
だが、草壁の努力も虚しく、彼の後ろでは相変わらず何故か美月にデレデレの雲雀が楽しそうに会話をしている。
美月を離そうともしない。