何を、という声が掠れた。
白手に包まれた手が緩やかに首へと触れて、軽く押さえ付けられる。
苦しいほどは強くなく、恐怖を感じる程度には入れられた力。
そして左耳に吐息ごと受けた「貴女がいかに問題かを」という普段より幾分も低い声。
もうどれくらい此処に通ったかは記憶にないが、ノボリが直接暴挙に出たことは一度もない。
だからハヅキは無意識に安心していたのだ。
どれだけ暴言や厭味を言われても暴力に頼ることはない、と。
その想定が足元からガラガラと崩れていく。
目の前のノボリをハヅキは知らない。
というより“ノボリ”という人間を知らない。
この人は、一体──、
両者の写し合う瞳を先に反らしたのはノボリだった。
「非常に残念ですが下車のお時刻でございます」
ゆっくりと離されていく手。
プシューと音がして扉が開くと、呆然状態のハヅキを半場押し出すように下車させる。
ゆっくりと安全を確認しながら閉まる扉越しにノボリが笑顔でこう言った。
「次は覚悟してご乗車ください。二度と後戻り出来ぬ世界を見せて差し上げます」