「馬鹿!逃げろ、葉月!!」
知り合いの、想像することも出来なかった顔に怯み、足を止める。
「逃げるって──」
「お嬢さん、良い子ですから動かないでくださいね」
言葉が遮られる。
突如、ひやりとした物が喉元に振れ、甘い色気のある声が頭上から聞こえた。
何が起こったのか直ぐには理解出来ず困惑したが、背中にぞくりと悪寒が走り、危険だと本能が警告を発している。
“逆らってはいけない”
そう判断した葉月は今にも倒れそうな身体を必死に立たせた。
「あ、あの……」
恐怖のあまり声も震え、友人の荷物と化した情けなさに涙が溢れてくる。
そんなこともお構いなしに、後ろの男はメスを持つ手とは逆の手で震える葉月の顎を持ち上げ、瞳を合わせた。
瞬間。
蛮と銀次は彼の唇が半月型を描いたのを見逃さなかった。
「クソ屍、葉月を離せ!!」
先程よりも明らかに切羽詰まった様子が声から分かる。
葉月は何が何だか分からなかったが事態がマズイ方向に向かって進んでいることだけ理解した。
それは自らを見詰める男──赤屍を見れば一目瞭然であり。