※未来パロ
 女体化注意




 名前を呼んだら振り向いた。逆さまになった視界の中で首を傾げる同居人。なんだよと言いながらまた向き直って腕時計を留める。華奢な腕時計が細い手首をより頼りなく見せた。
 学生時代に力強くボールをついていたあの手はあんなにも女らしかっただろうか。考えてみてもはっきりとは思い出せなかった。
 「なあー」もう一度声を投げる。背もたれの上に両手を広げて上半身を乗り出す。ソファが倒れないぎりぎりのバランスを見極めながら。ああ、やばい落ちそう。いやいける。

 黒いジャケットが細身なせいでシルエットが際立ついつものスーツ。白いシャツの下に隠し切れない肢体。変わらずさげられたリングの下に自己主張の激しい胸部。その胸部との対比で余計に細く見える腰。タイトなスカートから伸びる日本人離れした脚を黒のストッキングが包んで、透けて光るつま先をひっぱった白い指とのコントラストが無駄に扇情的だった。
 オレが変態っぽく聞こえるから全部撤回。

 いつも通りの仕事モード。机の上の牛乳のグラスを一気に呷ってこちらを向く。ぱたぱたとスリッパの音を立てて近づく様子を珍しいアングルだなんて思いながら上下逆の視界で見下した。
 目を彷徨わせて何かを探したあとにまた視界から消える。遮るものがなくなった白い天井を仰ぐ。

「かーがみさ」

 ばさりと被せられた布に言葉まで被せられる。投げ出していた腕を持ち上げて布をつまみ上げた。よく見慣れた部屋着、オレのタンクトップ。なんだよとさっきのこいつと同じセリフを落とせば服ぐらい着ろと返された。
 へーへーとぞんざいに応えてから、腕を下ろして投げ出して、今度は反対の腕を伸ばす。すぐ近くの綺麗な曲線の腰を指先で撫ぜると、くすぐったそうに身をよじってからオレの頭を挟むようにソファに手をついた。上から覗き込む火神と視線がかち合って、起きてからずっと疑問に思っていたことを思い出す。

 テツから送られてきた黄瀬が主演のドラマに次の対戦相手の昨シーズン今シーズンのDVD、自主規制なあちら。練習から帰って大量に溜まった映像をひたすらに消化する。気付けばリビングのソファの上、ばたばたという忙しなく動く音で朝を迎えた。
 それからあの脱力しきった体勢で火神を観察しながら考えていたのにこの無駄な回想でまた忘れた。なんだったか。

「お前また最近ケアさぼってんだろ。ベットまで辿り着けないくらいに疲れてんのかよ」

 真っ直ぐにオレを見据える綺麗な赤い目が影のせいで曇るのがなんとなく癪で体を起こす。
 半身になって片手を背もたれに引っ掛けた。あぶね、といって離れていった顔が歪む。

「オレがいなくて寂しかったとか?」

「壁とお前に挟まれてないとベッドから落ちるだろ」

「アクロバットか」

 茶化して笑えばしれっと放たれる言葉の応酬がこいつといる年月の長さを思い出させてくる。

「せっかくオフなんだからちゃんと休めよな。昼飯作ってあるから温めて食って。暖房こんなに入れるんなら服着ろよ服。ロシュツキョー。黒子に言いつけんぞ。それで、コートいくならちゃんと場所選べ。シーズン明けたばっかなんだから考えて、

 母親が子供に留守番を言いつけるように、あながち間違ってはいないのだけれど、ずらずらと言葉を並べる火神との関係はと言えば恋人だ。切ねえ。だからソファについていた手首を掴んで引っ張って、驚きを貼りつけた顔を近づける。
 少しだけ開いた唇に噛み付いて黙らせた。
 丸くなった目は開いたままで、おもしれーなと思いながら見つめておいた。潤み始めた眼球越しに自分の顔が見える。
息継ぎも無しにひたすらに口内を蹂躙する。歯列をなぞり、奥に引っ込む舌を捕まえて絡めた。角度を変えて、口付けを深くして、上にある緋色を薄目で覗く。ぱっちりと開けられていた瞳の、さっきまで映っていた藍色は色素の薄い瞼に覆いかぶされていた。それもおもいきり固く。
 掴んでいた手首をするりと降ろして冷えた指先を絡める。太い太いと本人が言う、十分細い頼りない指が力を込める。ついでに爪も立てる。いって。
 舌の裏を舐めあげてから口を離す。
 肩を押されたので、いや殴られたので、ソファに雪崩れ込んだ。いてーし。
 また白い天井を眺める。
 すっと現れた赤髪がもう一度視界に入る。いてーんだけどと文句の一つでも適当に言ってやろうと火神を仰ぎ見ると、見上げたその目元が頬もはっきりと朱がさしていたからまあいいかと思った。
 唇を隠す手の上のすこしつった猫目がいくら睨み付けているといった風でも、赤い目尻や浮かんだ透明な涙のせいで本来の目的を果たしていない。
つーか勃った。

「さいってーだな!」

 煩悩の塊は口から出ていたらしく、とびっきりの罵倒をいただいた。素直に喜べるほどオレはまだ開発されていない。
背もたれのせいで狭くなった視界から赤と黒のグラデーションが再び消えていく。
 カチャカチャと食器の立てる音がスリッパの間抜けな音と混じって遠ざかっていく。
 テーブルの上に重ねられた雑誌をなんとはなしに眺める。
 腕を伸ばして上を向いて、無精に寝転がったままぺらぺらとページを捲っていると突然の衝撃に襲われた。雑誌が落ちる。ごっほごっほと本気でむせ返ってから、なんなんだと涙がにじむぼやけた視線を上に向けると鞄を両手でおもいきり振り上げる火神の姿。つまりは第二投目。
 高校時代の暑苦しい先輩の掛け声を思い出しながら体を起こす。その間コンマ0.1秒。ここでドヤったら確実に絞められるなあと思いながら来るはずの攻撃に耐えられる姿勢を作る。
 構えたまま待つこと1秒。
 そろそろくるかと目を開く。
 電子音が鳴り響く。
 「あ、」間の抜けた声と、これまた間の抜けた繰り返し聞こえるぱたぱたというスリッパの立てる音が離れていく。俺の隣に鞄を落として。
 ガラスのテーブルに置かれた携帯電話から着信音と、それよりもはるかに響く甲高いバイブレーションが止められる。
 右手で持った電話を左耳と肩とで挟んで、開いた両手でキーケースと、椅子にかけていたジャケットを手に取る。ジャケットから覗く指先がオレを呼ぶので鞄を放る。少しだけ重かった。あんなの持って電車に乗るのかと思うと心配になる。世の痴漢さまには凶器だろこれ、正当防衛が通じねえ。
 何も持っていない右手で綺麗につかむ。視線は未だテーブルの上。獲ったあいつが上手いんじゃない、オレが上手い。
 キッチンに入って何やらぱちぱちとボタンを押していく音がする。
 そうして準備が整ったらしい雰囲気を察した優しいオレは見送ろうと起き上がる。ソファをまわって玄関まで歩く。白のフローリング、白い天井、美白効果とか言いやがったら張っ倒す。
 廊下に繋がるドアを開けて、寒さに引いて、壁に手をついて、ついでに、声をかける。

「帰ってくんの何時」

 靴を履きながら火神が振り向く。少し目を伏せてから口を開いて、七時くらいだと言うからハンバーグが食いたいと大して思ってもいないことを口にする。

「子供舌」

床に置いた鞄を持ち上げて、下から見上げられて笑われた。うるせえと返したらびっくりするほど幼い顔で笑ったから、内心しっかり驚いてからどうしたんだと聞いた。驚いたついでに体を支えていた手がずり落ちた。

「ちょっと今日頑張れる、オレ」

 伸びてきた両手がぱしりと頬挟む。冷たい。そんで多分、いやきっと間抜け面。右頬に当たる銀が一際冷たかった。そのままつまんで横に引っ張られる。こんなことできんの、本当お前ぐらいだけどな。うんテツにもやられたことあったな。
 ただ見送っているだけ、帰る時間を聞いただけ。たったそれだけでこの反応。こいつはオレをなんだと思ってるんだ。こんな顔すんなら毎日でもやってやったっつーの。家出る時間が同じでもな。
 ぱっと開放された頬が冷たい空気に刺されて痛い。するりとまわった両手がオレの頭を抱える。そのまま引き寄せられて屈んだ体勢、火神の黒い靴が見える。全身真っ黒な。
 額に温かい、柔らかい感触。手が離れて思い切りよく顔をあげたときにはもう視線は扉に向かう。
 右手首を掴んで引き寄せた。やっぱり細かった。
 いってきますは、最後まで言わせない。



→→待っててやりますか

初っ端から女体化ってどうなの、とか
バスケしろよお前ら、とか
色々思うところはありますがこんな感じでいきたいと思います。
ガンガンいこーぜ?いのちだいじに。
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