学生戦争
葉宮未満
二人だけ




















「これ何の花?」

 足元にしゃがんで指差すのは目立たなくさせたつもりの黒い花。

「竜胆」

 すっと細められた黄色のつり目を横目にテーブルの上に視線を戻した。広げた部品を布で拭いて、油を引いてを繰り返す。白かったハンカチがみるみる黒く染まっていって、これは誰にもらったものだったかと考えてみたけれど、まったく思い出せなかった。

「竜胆ねえ」

するするとふくらはぎをなぞる指が止まって、足首を掴まれる。なんだと呟けば、こっちはなんだと同じように聞かれる。

「薔薇」

「花ないじゃん」

「棘ついてんだろ」

 意味わかんないと言いながら、指先で絵柄をなぞっていく。段々と強くなっていく圧を感じながら、ばらけた銃を組み立てた。

 一番最初に彫られたのは睡蓮だった。女かと思いながらも拒否はしなかった。その次は薔薇の枝、紫陽花、一番新しいのは出て行く時に入れられた竜胆の花。白のブレザーを着るようになって、上からトライバルの模様を被せて彫った。竜胆と薔薇の棘を少しだけ避けて。嫌味な花言葉を残してみたのはただ単に見た目が気に入っていたからで、膝から足首まで入った墨を人に見せたくはなかったから編み上げたブーツをいつまでも履き続けた。なにが『悲しんでいるあなたが好き』だ。お前らのために悲しんだことなんて一度もなかった。


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 いつどこで足を捻ったのか、まるで覚えがなかった。自室に戻ってやっと熱に気がついて、靴を脱いでスラックスを捲し上げて氷を当てる。じっとしているのも落ち着かなくて拳銃をホルスターから出して手入れをする。今回も大した活躍はなかった黒い鉄の塊を崩していく。持て余した熱を誤魔化そうにも、慣れきった作業では上手く行かない。半端にしながら放り投げて、大きく仰け反った。

「なーんか間違ってたのかなあ」

天井を見上げてこぼしても、答えてくれる相手はもう側にいない。一つだけ息を吐いて目を閉じた。色味の違う、あの蜂蜜のような金色は、白黒の写真の中では見られない。この眼に頭に全身で焼き付けようと見つめたあの人の最後は、燃える火の赤も、真っ暗闇の黒もなくて、いやに真っ白なシーツの中だったから、散らばっていた金髪がそれまでで一番輝いていた。その髪も、同じ色をした睫毛も、節の立った白い指も、見せたがらなかった綺麗な左足も、全部全部あの真っ白な部屋に置いてきてしまった。



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 生まれたときから、物心着いたときから、この環境が当たり前のものだと誰に教わるわけでもなく、ただ自然とそう思っていた。小さな子供なんかは表に出られず、影でひっそり固まって、息を殺して体が大きくなるのをひたすら待った。周りの子供と同じように。いつのことを思い出しても一番に浮かんでくるのは音だ。鳴り響く警報、弾けるような銃声、いつ転ぶのかもわからない忙しない足音、野太い怒鳴り声に、耳をつんざく高い高い叫び声。静かな夜が現実に存在すると知ったのもつい最近だった。
同じような境遇の、存在しないことになっている子供とで身を寄せ合った。運が良ければ学生になって戦争へ行き、悪ければそのまま倒れるだけと、分かり易い世界で14まで生きた。当たり前に黒軍に入って詰襟を着て、訓練をして、そこそこの階級も得た。他国への服従、血の誇り云々、愛国心なんて大層なものも持ち合わせてはいなかったけれど、軍にいれば食に困ることも寝る場所に苦労することもなかったから疑問はなかった。自分の境遇や現状に疑問を持つことはなかったけれど、自分以外の全てにくっついてくる懐疑の念は、卑しい癖としていつまでも消えてはくれなかった。


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黒軍から個人所有の軍に引き抜かれた宮地さんを白軍の葉山がとりにいくっていう謎シチュ はじまってもなかった
葉宮




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