なまえはため息をついて、畳に腰を下ろす。
さっき出会ったアカギという男の家に、なまえは傷の手当ての為に来ている
部屋の中は質素で、生活に必要最低限の家具や電化製品しかなかった。
「そこで待ってて」
『…はいよ』
彼女は時折ポケットに手をつっこんであるものを確認する。
そのあるものとはアカギの家に誘われた時、念の為にポケットに忍ばせたアーミーナイフの事だ。
もし襲ってきたら、首の動脈に刺してやろう…
なまえは数回ポケット内でナイフの入れ出しを繰り返してると、消毒液やコットンを持ったアカギが来たのですぐさまポケットから手をだす。
「まず顔から処置しようか」
アカギはちゃぶ台に処置道具を無造作においた。
『もう少し優しくおいたら?』
「どうでもいいだろ、とりあえず顔上げて」
私は返事をせずに、渋々と顔を上げた。アカギはコットンに消毒液を染み込ませ、顔の傷口につける。
『痛い!もう少し優しくしろっ!』
「悪いな、慣れてないんだ」
アカギは荒々しく処置をするので、いつもより痛く感じる。
私が睨んでもこの男は涼しい顔をしてるので、余計に腹立だしい。
なんとか体じゅうの手当ても終わり、問題の右足は包帯で動かないように固定した。
「終わったよ」
『…助かった、ありがとう』
「なまえって意外と礼儀正しいんだね」
『まあ、あんたは命の恩人だし。でも馴れ馴れしく名前を呼ばないでくれる?』
「じゃあみょうじ?」
『それでいい』
なまえはアカギを一睨みすると、ちゃぶ台に置かれてあった新聞を手にとった。彼女はスポーツ面のページを開き眺めるように読む。
アカギはそんな彼女の様子を見て、口角をあげ口を開いた
「みょうじ、今日泊まって行くの?」
『一日だけ…朝になったら帰る』
なまえは新聞を読みながら応える
「そんな怪我だったら満足に歩けないでしょ、何日か泊まっていけば?」
『帰るって言ってるだろ、何回も言わせるな』
「クククッ…俺の事、警戒してるね」
私はアカギの方をちらっとみた。
こいつは妖しい笑みを浮かべ、こちらを観察する様に見ている。
アカギは今まであった人間とは違う雰囲気が漂うのが直感で感じた。
他の人間なら一つや二つスキがあってもよいのに、こいつには一つも入り込めない。
私は考えがバレない様に、すました顔をする。
『出会って一日目の相手を警戒するのは普通の事じゃん、しかもここは男の家だしね』
「本当にそれだけで警戒してるのか?」
『そうだよ』
「いや…違う」
『何が違うんだよ?』
「そんな人並みの警戒じゃない、もっと別の…例えば襲ってきたら殺すという覚悟の警戒…!」
『っ…!そ、そんな訳ない』
ざわざわと胸の中が騒がしくなる。
自然と私は太もものポケットに手をのばしポケットの外から、ナイフを確認した。じわりと掌から汗が滲みでる。
自分の思惑が読まれた事に、動揺した
何とか顔に出さないようにするけど、冷や汗がでて動機も激しくなる
『あんたの勘違いだ…』
私は弱々しく言うとアカギは喉の奥で笑い、ぎらりと瞳が光る。
その瞳に私は背中に悪寒が走った
「なら当ててやるよ、ポケットの中にブツでも入ってるだろ?」
『うっ…』
アカギは図星だというように、タバコを取り出し火を点ける。
殺るのは今しかない…
そう思い、焦った私は、素早くポケットからアーミーナイフを取り出しアカギの方へと飛びついた。
首元を狙おうと急所を定めたが、アカギに腕を掴まれ阻止された。
素早くアカギに私は床に組み敷かれ身動きがとれなくなる。
傷だらけの身体は満足に動かせないので、抵抗ができずアカギを睨む事しかできない
『ぐっ…離せっ!』
「俺を殺そうとする人間を簡単に離す訳にはいかない」
アカギは私の腕に力を込めた。
痛みで手が震え、ナイフを離してしまう。
この男は片手で私の両手を拘束し、空いた手でナイフを掴んだ。
私はさっきの愚かな行動に、深く後悔した。こいつには勝てないと頭の中ではわかっていたのに、体が身の保身の為に動いてしまったのだ
そんな懺悔をあざ笑うかのように、アカギは鼻で笑う。
「今のお前は俺によって生かされている。わかるか?」
アカギはなまえの首筋にナイフを突き立てる。
なまえは、アカギの問いにゆっくり頷いた
「みょうじ、お前には選択肢はない。黙って俺の言う事を聞くのなら殺さない」
『…もし嫌だって言ったら?』
「その時はこのナイフでみょうじの喉を掻っ切る」
アカギの瞳は瞳孔が開いており、本気だとなまえは悟った。
ぐるぐると頭の中に血液が巡るのがわかる。
今まで喧嘩三昧だった彼女だが、これだけの死と恐怖を感じたのは初めてだった。
『わ…わかった』
恐怖で震えるなまえは、アカギの目を見て小さく返事をする。
アカギはそれに満足したかのように、頷いた。