これの続き

重たい瞼を開けると、黒が広がっていた。覚醒していない頭を働かせると自身がうつ伏せで倒れていた事に気がつき、腕に力を込めて起き上がる。

『あれ、私…なんで倒れてたの?』


名無しは倒れる前の記憶では、牧野と一緒に行動をしていたのを覚えていた。けれどそこからが曖昧で、肝心な事が思い出せない。
彼女は頭を悩ませてると、突然空から何かが降ってきた。
名無しは驚いて空を見上げると、辺り一面にオーロラの様な光が拡散している。

『なにこれ…』


不意に頬から水が滴り落ちる感覚を感じた。
泣いているかと思い、袖で涙を拭うと名無しは衝撃を受けて固まった。
それは涙ではなく、赤い液体…つまり自身の血だったのだ。

『やだ…嫌だ、嘘』

この症状が起きている人間を、名無しは嫌というほど見てきた。
その人達は皆瞳から血を流し私たちを殺そうとし、倒しても何度も何度も蘇ってくる屍。

『そ…そういえば私』

徐々に名無しの記憶が雪崩のように蘇ってくる。牧野と前田知子ちゃんとの三人で逃げていた事、そして襲われそうになった時、二人を逃がすため私は囮になったのだ。
結果はいうまでもなく、猟銃をもった化け物によって私は…


『あは…はははっ…』

名無しは力なく笑った。

私もあいつ等と同じように化け物になってしまったんだ…

彼女は自身の運命に絶望し、自嘲したのだ。全身に水を浴びせられた錯覚を覚えた。
せめて牧野と知子の安否を確認したいのだが、化け物になった名無しには彼らに会いに行く勇気がでてこない。

名無しは力なく歩いた。
目的地は無いだろうが、何か動いていないと落ち着かなかったのだ。

時々、化け物にも出会ったがもうそれは人型ではなく、地面に這い蹲り行動していた。襲ってくるのではと身構えた名無しだが、奴らは彼女には見向きもしなかった。

気がつくと名無しは病院に来ていた。
最初は宮田医院だと思ったが、建物は老朽化しており寂れていたので旧医院なのだと勝手に解釈した。


入り口のドアを開け、自身の勘で廊下を渡る。
歩き続ける中で、名無しは生前の記憶を思い出していた。
両親の事、楽しい記憶、嫌な記憶…どれもこれも名無しの胸を突き刺した。
握っていた懐中電灯に力を込める。


突如、後ろから足音が聴こえてきたので反応して名無しは振り返る。


「っ……あなたは!」


『……』


白衣をきた男性が、名無しを凝視していた。
彼女は生前の記憶を辿ると、その男が宮田司郎だと気づく。


『み…みやた…さん?』


名無しは心の中が明るくなった気がした。やっと話が出来る人間と出会えたと…


彼女は宮田に歩み寄ろうとしたが、思いとどまった。
私は化け物になったのだ…今は自我は失ってなくても、いつかはあいつ等の様に生きてる人間を襲ってしまう…

「名字さん、化け物になってしまったのですね」

『……はい』


名無しは俯いて言った。
化け物になった自分の顔を知り合いに見られたくない気持ちがあったからだ


「自我はまだ残っているのか…」


『幸いに…でもこうして話せるのも時間の問題です。私もいずれ自我を無くし宮田さんを襲ってしまう…』


「…その時は貴方を殺します」


『…お願いします』


名無しは出来るだけ明るく笑った。
だが宮田から見ると、顔色が悪く尚且つ固まった笑顔は健気に見えて胸に痛みを覚えた。

「ですが、貴方は奇跡的に意思疎通もでき会話もできる…できる限り貴方の望みを聞きたい」


『望みですか…』


普段無口な宮田が饒舌に話す。
私は内心驚きながらも、彼の言う「望み」について考えた。
本当の願いは、元の体に戻り元の世界に帰って両親の顔を見たい。
でもそれは絶対に叶わない願い…
化け物になった私が一番の最善の願いといえば…


『私は…宮田さんや生きてる人間をおそいたくないです』


「…はい」


『だから、私を何処かに拘束して動けないようにして下さい…」


「…名字さんはそれでいいのですか?」


名無しは宮田の問いに頷く


『それと、もし牧野さんと知子ちゃんが生きていたら伝えといてくれませんか?ごめんなさいって…』


名無しが言った事に、宮田は反応して眉をピクリと動かした。


「牧野さんと…行動してたのですか?」


宮田は眉間にシワを寄せ尋ねる。
名無しはしどろもどろになりながらも必死で答えた。
話していくうちに、自身が化け物に成り果てた経緯まで語った。

「……そうか」

宮田は抑揚のない声で言ったが、牧野に対して内心はらわたが煮えくりかえっていた。
自身が化け物になっても牧野や知子の事を心配しているお人好しな彼女に腹が立ったが、牧野ほどではなかった。


『宮田さん、牧野さんを攻めないで…私が望んで囮になったのだから』


「……」


宮田は苛立ちを抑えるように、鈍器を強く握る。冷静になれと自身に問いかけるが、熱は冷めない。


牧野さんは、俺からも村からも、ましてや命をかけて助けた彼女からも逃げるのか…


宮田は深く深呼吸をして、息を吐く。
全身が熱い感情によって震えているのがわかる。
だが名無しの手前、取り乱す事は決してしなかった。


「この医院にも、閉じ込める事ができる場所があると思います…そこまで着いてきてくれますか?」


宮田は冷静に名無しの目を見て、話した。それを聞いた彼女はぎこちなく笑い返事をする。


『はい、私の為に…わざわざありがとうございます』


「礼を言う程の事ではありませんよ、名字さんの自我がなかったら今頃私は躊躇なく貴方を殺していた…」



『あの…宮田さん、最後にお願いがあるんです』


「…なんですか?」


『名前で呼んでくれませんか…』


「名前…ですか」


『名無しって、私を呼んで下さい…それだけでいいんです』



彼女は小さく言うと、瞳から一筋の赤い涙を流した。
物騒にも、俺にはその涙が宝石のように綺麗に見えて魅入ってしまった。


   




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