朝、何気なくつけていたテレビで近ごろ通り魔殺人が多発しているというニュースが報道されていた。

『通り魔ですか、最悪。しかも近所だし』

少し焦げたトーストを名無しはかぶりついた。咀嚼しながら、ぼけっとテレビを見る彼女はどこかマヌケでおかしかった。
そんな彼女にアカギは笑いそうになるが、持ち前のポーカーフェイスで隠す。

「まあ、アンタも気をつけなよ。一応、女だし」

『一応って何!私は、立派なレディですよ』

名無しは、アカギをじとっと見ながら紅茶を飲んだ。


「そんな顔だったら、通り魔も怖くて逃げ出すよ」


『本当、アカギさんって意地悪!いい性格してます』


「そりゃどうも」


『褒めてない!皮肉だよ!』


名無しはチラッと時計をみると、立ち上がりスーツに着替え、書類の確認をしている。
一通り準備が終わった時、アカギに声を掛けた。


『今日、残業があるので遅くなります!冷蔵庫におかず作っといたので、適当に温めて食べてて』


「わかった。」


『じゃあ、いってきます』


「名無し!」


外に出ようと、ドアを開けた時アカギに呼び止められた。ドアを閉め、振り返るとすぐ近くにアカギがいた
名無しはどうしたんだと尋ねようとした瞬間、アカギは名無しを抱き寄せ、軽いキスをし、彼女を見つめる。
名無しは顔を真っ赤にし、何か言いたそうにしていた。


「いってらっしゃい」


アカギはいじわるそうに口角を上げながら言う。
名無しは照れ隠しで彼を睨み、いってきますと言い放ちながら家を出て行く。赤い顔はまだ引いてないけれど、その表情はどこか嬉しそうだった。





仕事の残業も終わり、名無しは電車に乗っていた。不規則に揺れる電車は、心地よく何回か眠りそうになるが、帰ったらアカギがいる事を思うと胸が弾み、頭が冴えてきた。

乗車していた電車が最寄りの駅についたので降りる。人波に乗っかりながら改札口を降り、帰路に就く。
向かう途中、今朝のニュースの事を思いだし慌てて時計をみると9時半を過ぎている。
少し不安になったが、まだ周りには人がいたのがまだ救いだった。

だけど、その希望は一瞬にして崩れ落ちた。
家に近づくにつれて、人通りも少なくなり、街頭も薄暗く、名無しの不安心を煽った。そして微かに後ろから感じる気配。
危ないと思い、走ろうとした瞬間腕を掴まれ、強く後ろにひっぱられた。

バランスを崩し背中から倒れた名無しは、苦しそうに咳をする。
フードをかぶった男は名無しの胴体に跨がり、腰を降ろし体重を掛けた。


「おい。叫ぶなよ」


『ひっ!・・・』


男はサバイバルナイフの様なものを、名無しの首筋に当てる。
怯えた彼女は、身動き一つすらとれない。


「女か、楽しませてから殺してあげようか?」


暴漢は下卑た表情を浮かべながら、スーツのブラウスを破ろうとする。
逃げだしたいのに、どうする事もできない無力な自分に名無しは強く拳を握った。


『や、やめてください』


「あ?俺な、やめろとか言われたらやめなくなくなるんだよ。わかる?」


『そんなっ!』


「まあいいじゃん、お前も楽しもうぜ」


『ア・・アカギさん・・』


ボロボロと情けなく名無しは涙がでる。それにイラついた男は、首を締めようと手を伸ばした時、何者かに背中を蹴り飛ばされ、道路のフェンスにぶつかった。
暴漢は衝撃に身を縮めていると、容赦無く顔にかかと落としが落とされ、痛みに悶絶している。


「人の女に手を出すなんて、アンタいい度胸してるね」


『アカギさんっ!』


「名無し、だから言っただろ?気をつけなよって」


アカギは、フード男に細心の注意を払いながら名無しに近寄った。
彼女の顔を見てみると顔色は真っ青で口の端やら首筋に鮮血が滴り落ちており、とても痛々しい。

アカギは暴漢に目線を移すと、奴は這いつくばりながらナイフを取ろうとしていた。
気に障ったアカギは、勢いをつけ男の腕を目がけてジャンプした。
鈍い音がし、暴漢は絶叫する


「うるさいな」


アカギは男の顎に蹴りを入れ、気絶した事を確認し、再び名無しの所に戻った。


「名無し、大丈夫?」


『アカギさあん・・・怖かったです』


子どもの様に泣き出した名無し。
アカギはそれを咎める様子もなく、優しく彼女の頭を撫でた。
しばらくして、家に帰ろうと声を掛けたら、名無しは腰を抜かしたらしいので、仕方なくアカギは彼女をおぶりながら家に向かった。


『アカギさん、重たいですか?』


「凄く重たい」


『すみません』


「冗談。なんともないよ」


アカギは喉の奥で笑った。
それにつられて、名無しも笑う。



『そういえば、アカギさんはどうして、私が通り魔に襲われた時、助けにきてくれたんですか?』


私が襲われた所になぜアカギさんは運良く助けに来れたのだろう?考えてみると、不思議に思う。
もしアカギさんが助けに来なかったらどうなっていたかを想像するとぞっとした。


「・・・」


『なんで黙るんですか』


「まあいいじゃない、別に」


名無しは不思議に思い、アカギの横顔をみた。とても端正な顔だちをしていて彼女は吸い込まれるように見つめた。
人肌の暖かさで心地よくなった名無しは、睡魔に襲われさっきの疑問なんて何処かにふっとんでしまった。
うすれゆく景色の中、アカギの匂いを感じ、幸せそうに顔を緩める。

アカギは、彼女にいつも仕事帰りをつけていたなんて照れで言えず、小さく溜息を吐き、名無しの体温を感じながら彼女の家と向かった


   




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