「てめぇ・・・俺を騙したなっ!」


『はっ!騙される方が悪い。この業界じゃ、“やったやられた”はお互い様じゃないか』


「た・・頼む・・金を返してくれっ」


『やーだよ。んじゃ!さよなら』


名無しは鉄でできた階段をリズム良く降りる。片手には札束の入ったカバンを持ちながら
彼女はクラブで働いており、自分の持つ容姿を最大限に生かし、そこで捕まえた男を騙して金を巻き上げていた。いわゆる悪女と呼ばれる存在。

今回も運良く馬鹿男を捕まえて、大金を奪う事ができた。名無しは有頂天になり、歩きながら口笛を吹く。

・・・確かあのおっさん、妻子持ちだったかな?まあ、関係ない。家族がいるのにクラブに入り浸る奴が悪い。

名無しは乱暴にカバンを振り回す。
あの男には同情しないが、妻や子どもが哀れに感じ、罪悪感が胸をおそう。
彼女は耐えきれなくなり、携帯を取り出しある人物に電話をかけた。




『おそいじゃない十分遅刻。』


「お前って、随分身勝手だな」


『お互い様じゃない。』


彼女が呼んだのは、よくクラブに遊びにくる金持ちの御曹司、兵藤和也だった。


「カカカッ、まあいい。んで何の用だよ」


和也はウェイターを呼び、コーヒーを頼む。


『少し、話し相手が欲しかっただけ。』

名無しはストローをペン回しの様にくるくる回す。


「どーせ、男騙して金を巻き上げたんだろ?今更負い目を感じてんの?」


和也はニヤリと笑う。それに癪に触った名無しは和也をねめつける。


『正直、騙した事には罪悪感を感じてないね。ただ、そいつ等の家族に気のどくで・・・』


「はあ?何だよそれ」


和也は呆れた様に言う。


「お前にもそんな一面があったとはな」


『誰だって善悪の面は持ってるわよ。私も本当はこんな小癪な真似はしたくない。けど私には学歴も夢もない。あるのは、若さぐらい。』


名無しは、氷をバリバリ喰い和也を見つめる。いささか和也が引いてるのがわかった。私は話しを逸らすため話題を変える

『そういえば和也の本、読んだよ。』


「マジ?どうだった?」

興味心身で和也は私に尋ねる。
もしここが店なら、誉め殺しにしていただろう。相手の気分をよくし、高いボトルを催促させる・・・。
名無しは悩んだ。彼のご機嫌とりにするか、それとも正直に感想を述べるか。


『正直に言っていい?』

「別にいーよ、俺は本音を聞きたいし」

『文章はまだまだ未熟だったけど、圧巻だった。ストーリーに取り込まれた』

嬉しそうに和也は笑う。それにつられて私も微笑む。

『でもあれって、本当は和也の事なんでしょ?』

和也の動きが止まる。図星だったのだろう。

「まあな!でもあの女も悪いんだぜ。騙すって事は、それ相応の罰も受ける覚悟でいるわけだろ?」

和也は名無しの名前を呼ぶ。
私もそれに頷く


『わかってるわよ。私も殺される覚悟で、相手を騙してる。だけどね、あんたも馬鹿だよ』


名無しは目を見開いた。
お得意様の和也に向かって、口走ってしまった。だけど、彼女の口は止まらなかった。


『クラブの女と恋愛なんて出来る訳ないじゃない。あいつ等の頭の中は金やブランド品しか詰まってないから』


「・・・」


『本当に愛してくれる女が欲しかったら、わざわざクラブになんか来ない事だね。』

「カカカッ!お前も俺の事、ただの金づるにしか思ってないだろ?」

『そうよ。まあ和也だけでなく、他の客もね。』


私は和也をじっと見る。
とことん、この人はアホなんじゃないかと思った。家は金持ちだし、学校には困らない。家庭に恵まれなかった私にとって羨ましいのに。

「なら、なんで俺に金を騙しとらないんだよ?」


『あなたは嘘に敏感だからだよ。騙すにもリスクが高いし 』

時計を見ると、終電の時間が近い。
慌てて帰る用意をした。

『終電逃がしちゃうし、もう帰るね。ここ払っとく』

私はキャッシャーを取り出し、レジに向かおうとした。だが、和也に腕を掴まれ動けなかった。


「ここは俺が払うし、車で家まで送るからもう少し話そうぜ」

『遠慮する。電車乗るの好きだから』



帰る途中、私は歩道を歩いてると、帽子を被った男に腹部をさされた。
衝撃で地面に倒れ、うずくまる私。
顔をあげると、そこには昔、騙した男が私を見上げていたのだ。


『・・・はっ・・』


男は私の顔をみるなり、急いで逃げにいった。私は痛みをこらえながらカバンから携帯を取り出し、救急車を呼んだ。


薄れゆく意識の中で、和也の言葉を思いだした。

確かに、私は多くの男を騙して金を奪った。だけどそれは、私が幸せになりたかったから。お金さえあれば、こんな私でも自信もって生きれると思ったから。
その結果、刺された。考えてみればそうだよね。


『ねぇ・・・和也、私みたいに悪い事してると・・いつか報いがくるよ』


私は遠のいていく意識に身を任せ、目を閉じた。


   




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