我が家の赤井さんの大冒険



「ぬぬい…」
「へぇー!君、動けるのか!凄いな!一体どうなってるんだ??」

 俺はあかぬい。今は赤井と安室君と三人で暮らしている。
 昨日、禁止されていた煙草を吸おうとこっそり赤井のマッチに火をつけたら、うっかりバランスを崩してカーペットを焦がしてしまった。すぐに気付いた赤井のおかげで大したことにはならなかったが、尋常じゃないくらい怒る安室君と、呆れたように笑う赤井を前にして、今回ばかりは自分が悪いと安室君の小言をひたすら聞いていた、のだが―――。

「ぬぬい!ぬぬんぬいぬぬんぬぅぬぬぬ!!」
「まぁまぁ安室君、秀も反省しているんだしそのくらいにしてやったらどうだ。」
「ぬ!?!?ぬんぬぬぬ、ぬぬぅぬぬ〜ぬぬぬ」
「そうだな、確かに今回は言われていたのにマッチを置きっぱなしにしていた俺にも非はあるな。」
「ぬぬんぬ、ぬいぬいぬぬ!んん〜ぬぬぬ!ぬ!ぬぬっ!!」
「そんなこと言ってもだな、」
「ぬぬ!!ぬぅぬぬぬ!?」
「ぬ」
「ぬぅ!?!?!?」

 そう、今回のことは確かに俺が悪かった。今回はたまたま焦げただけで済んだが、火のことだ、もしかしから火事になっていたかもしれない。
 けれど、あまりに止まらない小言と、安室君の「貴方もただ黙って聞いてるだけで、本気で反省してるんですか!?」の一言に、ついイラッとしてしまったのだ。…自分が悪いと思っているから黙って話を受け入れているのに、どうしてそれでまた怒られなければいけないと言うのだ。

「ぬ」
「ぬ!?ぬぬぬ、ぬぬぬうぬいぬいいぬぬ!」
「ぬっ」
「ぬぅっ!?!?」
「二人とも落ち着け」
「ぬぬっ、ぬ」
「ぬぬぬいぬいぬぬうぬいぬぬんぬんぬ!!!」
「ぬ」
「あっ、コラ!」

 そうして、俺は家を飛び出した。洗濯物を入れる為に開いていた窓からピョンと飛び出し、そのままベランダから飛び降りたのだ。
 上から「ぬ〜〜〜〜!!!」と騒がしい安室君の声が聞こえるが、無視だ。綿と布で出来ている俺にとっては、高さなどは何も怖いものではない。床に叩きつけられたとしても大きなダメージにはならないし、今日は風もそれほど強くないので、マンションの前の道に落ちることができるだろう。
 床に落ちるまでの短い時間に俺は考えた。安室君のことは好きだし、赤井だっていい奴だとは思っている。騒がしい家だが居心地はいいし、毎日楽しい。だが、何を言われても腹が立たないと言う訳でもないのだ、と。
 俺がいなくなってせいぜい慌てるがいい、なんてニヤリと笑っているうちにバンッと音をたてて地面に落ちた。何度がバンバンと床にバウンドして転がってしまったので、流石に少しだけ痛かったが、動けない程でもない。

「ぬ」

 よっこらせ、と爺くさい掛け声をかけながら身を起こし、パンパンと身体をはらう。短い腕では全身を払うことはできないが、しないよりはましだろう。
 ふと上を見ると、赤井がベランダから身を乗り出してコチラを見ていた。安室君の姿は見えないが、きっとベランダの床でぬいぬい騒がしく飛び跳ねているに違いない。俺は、ちょっと散歩してくるという意味を込めてじっと赤井を見つめた。スナイパーなだけあって赤井は目がいい。俺の意向もきっと伝わっているだろう。多分。

「ぬぬい」

 あの家は楽しいが、いかんせん一人の時間というものがほとんどない。いい機会なので、今日一日はゆっくりと一人を楽しもうじゃないか。


 そう思っていたのが、15分程前のことだ。


「ぬ」
「おっ、すごい。ほんとに特別な機械とかが入っているわけじゃないんだな、どうなってるんだ?」
「ぬっぬっ」
「わぁ!逃げないでくれよ!酷いことはしないから!」

 赤井の家からウキウキと、たまに散歩に連れて行ってもらえる大きな公園の方に向かって散歩をしていると、後ろからひょいと、このボーイッシュな女につまみ上げられてしまったのだ。
 俺も馬鹿ではないので、自分の異質さは分かっている。だからこそ、人や猫に見つからないように道路の植え込みに隠れながら慎重に歩いていたと言うのに、こうも簡単に見つけられてしまうとはなんてことだ…こんなことでは、また安室君に怒られてしまう。

「ぬ、ぬ」

 ベタベタと不躾に身体を触ってくる女から逃げるべくバタバタと手足を動かしてみるが、女はニコニコと笑うだけでまったく離す様子はない。それどころか、どうなっているのかと言っては腕を引っ張ってみたり、ひっくり返してみたり、強く押しつぶしてみたりとやりたい放題だ。
 散々暴れてみたが意味がないようなので、一息ついて落ち着いてみる。そして、気が済んだら離してくれることを期待して大人しく女を見てみると、どことなく目もとに見覚えがあるような気がしてきた。うねるような癖毛に、目もとの隈…俺はこの顔をどこかで…どこかで、というか毎日家で見ている、気が、する…もしや。

「おっ、なんだ?疲れちゃったのか?それとも痛かったかい?」
「…ぬ」
「すごいや、君はボクの言葉をちゃんと理解してるんだな。」
「ぬ」
「ふふふ、すごい、頭がいいんだな。…………ますますそっくりだ。」

 そう言うと、先ほどまでの眩しいほどの笑顔がふと曇った。……もしや。

「本当に、秀兄そっくり―――。」

 ‘秀兄’。聞き間違いでなければ女はそう言った。赤井と同じ癖毛に良く似た目もと、そして駄目押しの秀兄。
 この女、もしや、というか、間違いなく赤井の関係者。それも血縁関係のある妹だ。

「ぬ、ぬぬっ!」

 大変だ、赤井は今世間的には死んだことになっているのだ。俺から赤井の存在が家族にバレるのは非常にまずい。
 赤井にはちょっと散歩したら帰るとは言っている(※伝わっているかは不明だ)が、流石に遅くなれば赤井と安室君が探しにきてしまう可能性がある。その時にバッタリ妹となんか会ってみろ、赤井が身を隠しているのが知れ渡り、まずいことになってしまう。俺のせいで赤井に迷惑をかけることだけはしたくない。
 なんとかしてこの女から逃げなければ。そう思い、先ほどとは比べ物にならないくらい手足をばたつかせて暴れる。

「うわわっ、一体どうしたんだい。」
「ぬぅ!ぬ!ぬ!」
「…どこかに行きたいのかい?」
「ぬぬぬ!ぬ!」
「そうか……君も、ボクを置いて行っちゃうんだね…」
「………ぬ、ぅ…」

 赤井許すまじ。今アイツがしようとしていることは、こんなに可愛らしい女の子にこんな顔をさせてまでしなければならないことなのか。
 しょんぼりと顔を伏せてしまった女の子になんとか上を向いて欲しくて声をあげた。

「ぬっぬぬいぬっ!」
「ん?次はどうしたんだい?」
「ぬぬっ!」

 俺の小さな手なんかじゃなくて、いつかは赤井の大きな手で彼女を安心させてあげられる日が来るように、俺には祈るしかできないけれど、ポンポンとゆっくり彼女の手を叩いてみる。
 それは、彼女が一緒にいられずに悲しい思いをしている男と楽しく一緒に過ごしている負い目からか、それとも赤井に似た彼女の辛い顔を見たくないからかは分からないが、とにかく彼女の悲しそうな顔は見たくない。そう思ったのだ。

「なんだ、もしかして慰めてくれてるのかい?」
「ぬっ…ぬぬ」
「ははは、君は本当に優しいな。ありがとう、でもボクは元気だよ!大丈夫!」
「ぬ」
「へへっ、嬉しいなァ、ありがとう。でも、君どこか行く場所があるんだろう?もう行っていいよ。」

 そういうと、彼女は太陽のように明るく笑ってポンと俺を地面に置いてくれた。不安になって彼女の顔を見上げると、ふふん、と得意気に笑った彼女がすっとしゃがんで俺の耳元に口を寄せてきた。

「秘密だけどね、ボク、今気になっている子がいるんだ。その子に気付いてもらうために絶賛アピール中だから、こうみえて忙しいんだ。」

 いたずらそうに笑う彼女の顔はとても綺麗で可愛くて、恋する女の子そのものだった。

「ぬいぬい」
「もう行くのかい?」
「ぬ」
「そうか、他の人には見つからないように、気をつけて行くんだよ?」
「ぬぬ!」

 この子が赤井と笑い合える日がくるように祈りながら、俺は散歩を再開した。思いがけないアクシデントで少々焦ったが、なかなかに素敵な出会いだった。

 

 彼女と別れてから、いつもの公園へ向かうのでは面白くないかと思い、見知らぬ道のほうへ歩いていくと、大きな道に出てしまった。
 ブンブンと途切れることなく走る車に、どうにもここを渡るのは難しそうだと考える。信号が青になるのを待って渡れば向こうに辿りつくことは容易だが、まず間違いなく誰かに見られることになってしまうだろう。それはまずい。
 仕方がない、この道は今度赤井と一緒に外に出られる時に連れて来てもらおう。そんなことを思って大通りから顔を引っ込めようとすると、ふと、見慣れたようなキラキラしたものが目に入った気がした。
 一体何が?そう思い、少しだけ身を乗り出して右側を覗きこんでみると、そこには青いエプロンをつけて道を掃き掃除している降谷君がいた。安室君と同じ、金の髪をさらさらと輝かせて、丁寧にほうきをかけている彼を見るのは、実は初めましてだ。
 安室君は、彼をモデルに作られたということだが、なるほど、よく似ている。俺は赤井をモデルに作られたそうだが、自分ではそう似ているとは思っていない。だが、他の人から見たら彼と安室君のように、俺も赤井によく似ていると思われるのだろうかと考えて、なんとも言えない気持ちになる。
 俺は、アイツ程自分に鈍感ではないのだが…一緒にしてもらっては困る。

「ぬ」

 どうせなら挨拶でも、と思って足を進めようとするが、ふと立ち止まる。俺が今彼に挨拶をするのは簡単だが、おそらく、安室君も、そして赤井も、俺と彼が会うことを決して良くは思わないだろう。
 赤井はなにをどう勘違いしているのか、彼が俺に会いたがっていると思いこんでいるふしがある。誰がどう聞いても、そんなのは赤井に会う為のただの口実だと言うのに、どうしてあの男は気付かないのか。
そして安室君は、そうして赤井にちょっかい(?)をかける降谷君を良くは思っていない。真正面からぶつからないなんて男らしくない、なんてことをブツブツと呟いていることが多い。その度に俺は「君は赤井のお母さんか」と言いたくなる気持ちをぐっとこらえ、適当に相槌を打ちながら話を聞くことになるのだが。

「ぬいぬ」

 やはり、ここで彼と会うのは得策ではない。そう思い後に戻ろうと振り返ると、ふと、俺の身体に大きな影がかかった。

「…こんな所まできていたのか。」
「ぬいぬ!ぬい!ぬぬぬいぬ!!」
「ぬ」
「この道は交通量が多いから危ないだろう。」
「…ぬ」
「ぬぬいぬいぬぬぬいぬ!ぬんぬぬぬぬんぬぬんぬ!!!」
「ぬいぬ」

 ハァハァと息を切らせて汗をかいている赤井と、表情は変わらないが今にも泣きだしそうな様子でぬいぬい騒ぐ安室君は、どうやら俺を探しまわっていたらしい。
 なんだ、散歩に行くとちゃんと言っておいたのに、伝わっていなかったのか。赤井、もしかして見えていなかったのだろうか。
 
「ぬぬいぬいぬいぬ!!」
「まったく、心配したんだぞ・・・。」

 俺はちゃんと言っていたのに、とか、心配しなくてもすぐ帰るつもりだったのに、とか色々言いたいことはあったけれど、…まぁ。

「ぬいぬいぬ」

 二人共、俺がいなくて大層心配して焦ってくれたようだし、今回もまた大人しく小言を聞くことにしようか。
 うるさくて騒がしいあの家だが、やはり俺はあの家が好きなのだ。今日みたいに一人で散歩をするもの楽しかったが、やはり、ぬいぬいうるさい安室君や顔に似合わずとぼけた赤井が隣にいる方がもっと楽しい。

「ぬいぬ」
「さあ、帰ろう」
「…ぬ」

 ピョンと赤井の鞄に飛び込んでいつもの場所に戻ると、隣で安室君がじっと俺を見つめてきた。さっきまでの勢いが嘘のように急に大人しくなった彼が少しおかしくて、短い腕を必死に伸ばして彼の頭をポンポンと叩く。

「ぬ、ぬ」
「………ぬぅ?」
「ぬ」
「ぬぬいぬいぬぬぬいぬ!」
「ぬぬい」

 怒ってないよ。だから、いつも通りの安室君でいてくれ。

「ぬ」
「ぬぬいぬ!ぬいっ!!」





「あ、赤井!なんだ来てたんですか?」
「ああ、降谷君。そう言えばここは君の働く喫茶店の近くだったな。」
「ええ、すぐそこで…時間があったら寄って行きませんか?珈琲くらいご馳走しますよ?」
「…と言ってくれているが、どうする?」
「ん?安室が一緒なんですか?」
「ああ、鞄の中に安室君も秀もいるよ。」
「え!?赤井さんも!?!?良かった、本当に一回会ってみたかったんです!ぜひぜひ、二人を連れて来てください!サービスしますよ!!」
「………やっぱり今回は遠慮しておこう。」
「え、」
「すまないな。では。」
「あ、ええ、ではまた…。」

 まったく…つくづく不器用な奴らだ。



2018年6月24日
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