我が家のあむぬいがいない3日間



「ぬぬぬいっ、ぬいぬいぬぬぬぬぬ」
「はいはい、安室君行ってらっしゃい。」
「ぬぬぅ〜、ぬいぬいぬぬぬ」
「ぬ」
「ぬぬぬっぬぬっぬいぬいぬ…」
「では、安室さんをお預かりしますね!綺麗になって帰ってくるので、楽しみにしていてください!」

 今日から2泊3日で安室君が彼女の家にお泊りに行ってしまう。というのも、先日の大雪の日、何を思ったか安室君は家のベランダを雪かきするなんて言って大雪のベランダに飛び出して行ってしまい、そこで雪に埋もれて大層汚れてしまったのだ。
 普通に雪が積もっただけならそこまで汚れなかったのだろうが、安室君はよりによって排水溝近くで身動きとれずにモゴモゴともがいていたので、色々な汚れを掻き出してしまっていた。
 さすがにぬいぐるみだから寒くて凍えて…なんて最悪の事態にはならなかったが、その汚れだけはいただけなかった。俺と秀でなんとかして綺麗にしてやろうと、嫌がる安室君を洗濯機の中に放りこんでしばらく回してみたり、腰に重しをつけて漂白剤を溶かした湯を張った洗面器に沈めたりしたのだが、単に安室君の機嫌が悪くなるという最悪の結果だけをもたらして汚れはとれなかった。
 それにしても、洗濯機で回されている時の安室君の断末魔のような悲鳴は今でもたまに夢にみる。声が聞こえなくなった時は死んだのではないかと思わず停止のスイッチを押そうとしてしまったのだが、そんな焦った俺の指を秀が掴み、

「ぬ。ぬぬ。」

 と、「俺達はそんなことで死にはしない。静かになったのなら好都合だ。どうせ今取り出しても文句を言いながら俺たちに飛びかかってきて鬱陶しいことになるのが目に見えている。このまま脱水まで見守ろう。」と諭してきたので、まあ仲間のコイツが言うなら間違いないだろうと、2人でリビングでコーヒーを飲みながら待っていたのだった。
 コーヒーを飲みながらチラッと秀の方を見ると、何を考えているのか分からない顔をしてライフルの手入れをしていたが、自分の分身ながらに鬼のようなやつだと少々恐怖した。もしかしたら俺も周りからこんな奴だと思われているのだろうかと考えると、少しだけ皆に優しく接するようにしようと反省した。
 暴れる安室君を俺が押さえつけ、秀が腰に重りをつけて漂白剤に1時間沈めた時には、心配になって洗面器を覗きこむ度に「殺してやる」と言わんばかりの安室君と目が合って非常に申し訳ない気持ちになった。やっぱりちょっと酷いかなと思い5分くらいで安室君を引き上げようともしたのだが、またそこで秀が、

「ぬぬ…」

 と、「もうここまでしたら今助けても1時間放っておいても彼の怒りは変わらんよ。どうせ怒られるなら1時間きっちり沈めて綺麗にしてやった方が彼の為だ。」なんて言うもんだから、確かにそうだなと思い、終わった時の安室君の怒りを少しでも沈める為に彼の大好きなプリン(コンビニのやつ。最近はまったらしい)を2人で買いに出かけたのだった。
 結果的に、1時間たって洗面器から引き上げた安室君は、褐色の健康的な肌が若干美白されてはいたが今回の汚れはあまり取れていなかった。鏡の前で立って自分の姿を確認する安室君(若干震えていた。怒りで。)に何と声をかけようか悩んでいたら、秀がトコトコと彼に近づいて行って、ポンッと彼の肩を叩き、

「ぬぬぬ」

 と、「肌に透明感がでて良かったな。」と声をかけて安室君に背負い投げで洗面器に落とされていた。これは秀が悪い。

 そんなこんなで色々やったのだが汚れがとれないということで、俺達はこれ以上安室君の怒りを買う前に彼女に連絡をした。彼女に安室君の写真を送って現状をみせると、「酷く汚れてしまっているようですが、元から直せば大丈夫ですよ。少し時間がかかると思うので、2泊3日くらい安室さんを私に預けてくれませんか?」という返事がすぐに来た。
 綺麗に直るというなら時間がかかろうとなんだろうと断るはずもない。安室君ももう俺達に好き勝手にされたくなかったのだろう。2つ返事で彼女の家に行くことを了承した。

 そして、今日。安室君が出発する日だ。
 2つ返事で行くことを了承した割には、「僕がいない間もしっかりご飯食べてくださいよ」「煙草も吸い過ぎないように、小火騒ぎなんて起こしたら承知しませんからね」「掃除も、簡単でいいからしてくださいよ」「タオルも面倒くさがらずに1日使ったら洗ってくださいね。洗濯は帰ってきたら僕がするので」と、いつも以上にぬいぬいぬいぬい言ってなかなか出発しなかったが、彼女を待たせるのはできないと思ったのだろう。何度もコチラを心配そうに振り返りながら彼女に抱えられて行ってしまった。
 安室君を見送って俺と秀になった我が家は、シンと静かだった。いつもは安室君のぬいぬいうるさい声が響いていたり、安室君がバタバタと家事をする音が聞こえるというのに、彼がいなくなっただけでこれほどまでに静かだとは思わなかった。
 しかし、こんなに静かな我が家というのもたまにはいいものだ。今日はリビングで本を読んでいても掃除の邪魔だと言って掃除機をガンガンぶつけられることもなければ、ソファでダラダラと寝ながらスマホを触っていても「だらしない」なんて小言を言われることもないのだ。
 そう考えると、彼のいないこの2泊3日がとてつもなくウキウキしたもののように思って来た。秀の方をみても、どことなく浮かれているのか、いつもなら絶対に怒られているリビングでの煙草を満喫していた・

 まあ、明後日には帰ってくるし。

 そうして、期間限定の俺と秀の2人暮らしが始まった。





 安室君が彼女に連れて行かれたのが昼過ぎ。昼は彼の作ったオムライスを食べたが、そろそろ小腹がすいてきたと思い時計をみると4時少し前を指していた。
 おや、と思う。体感的にはもうそろそろ夕飯の準備かと思っていたのに、まだ3時のオヤツと言ってもいいくらいの時間だ。コーヒーでも入れて、彼女が置いて帰ったクッキーでもつまむか。彼女のクッキーならきっと秀も食べたがるだろうから、彼の分も用意してやらないと。そう思いソファから腰を上げると、ベランダではためいている洗濯物に気がついた。家事全般を安室君に任せてしまっているから、自分で洗濯物を取り込むのなんていつぶりだろう。
 それでも、日が長くなってきたこともあって、外はまだしばらく明るい。この時間に洗濯物を入れてしまっていいものなのだろうか。困って秀の方をチラリと見ると、立ちあがってぼんやりしている俺を怪訝そうに見上げていた秀と目が合った。

「いつも、安室君は洗濯物は何時くらいにとりこんでいるのだろう?」
「……ぬ?」

 そんなことは気にしたこともなかった、というように秀は首をかしげてみせた。そして、少し前の俺と同じようにベランダに目をやり、はためく洗濯物をしばらくジッと眺めた後。

「ぬいぬ。」

 と、「洗濯物が乾いているか確認してくればいいだろう」と最も過ぎる意見を言ってきた。…そりゃそうだ。
 冷たく俺を見上げる秀を置いて、俺はベランダに出ることにした。ガラガラと窓を開けると、良い天気とは言え冷たい風がふきつけられてブルリと身体が震える。上着を羽織ってくれば良かったかと後悔するが、洗濯を入れるくらい数分で済むだろう。とそのままスリッパを履いてベランダに出る。
 こんなに冷たい風にさらされて本当に乾いているのだろうか、と心配になりながら干されているパンツやワイシャツを触ると、かなりひんやりしているが乾いているようだった。意外と乾くもんなんだなあと感心しながらそれらを取り込み、次はズボンだと手を伸ばすと、同じくかなりひんやりしていたのだが、どうもこれは乾いている気がしない。うーーん、と悩み、横に干してあるタオルにも触れてみるが、これもどうにも乾いているのか冷えているだけなのか判断がつかない。
 どうしたものかと考え込んでいると、視界の端に黒い塊…秀が目に入った。心配してコチラに来てくれたようだ。ベランダの傍まで来てくれた秀を摘まみ上げると「ぬ!」と驚いて少し抵抗されたが、「このタオルとズボンが乾いているか確認してくれ」と洗濯物の近くまで持ち上げてやると、納得したのか、俺と同じようにズボンにそっと手を触れた。
 手を触れても、やはりスグには判断できなかったのだろう。次は短い両手を精一杯伸ばして、ズボンを挟み込むようにしてじっとしていた。その間にも俺達を冷たい風が襲い、俺は、分からないなら分からないで早く言って欲しいと思いながら秀を見つめていた。
 すると、しばらくズボンを挟み込んでいた手をそっとはずして、秀は自分の両方の手の平を俺に差し出してきた。そこには、少し湿って色が変わった秀の手があり、つまりはズボンが乾ききっていないことを俺達に示してくれていた。

「ぬ」
「そうだな、乾いていないようだ。そっちのタオルはどうだ?」
「…………ぬ」
「おっ、こっちは乾いているのか。寒い中ありがとう。」
「ぬいぬ」

 ピョンと俺の手から飛び降りて家に戻った秀は、さっさとヒーターの前の定位置に戻っていった。秀もかなり寒かったようだ。寒い中ここまで来てくれた秀には、コーヒーじゃなくてココアでも入れてやるかと思いながら、乾いているタオルはそのまま部屋に放りこみ、乾いていないズボンはハンガーにかけたまま部屋に持ち帰り洗面所のつっかえ棒にそのまま干した。
 それからコーヒーとココアを入れたのだが、夕方のニュースをじっと見ながらの2人でブレイクタイムをとっていても、どことなく寂しさを感じた。安室君が入れてくれるコーヒーはもっと香りがたって美味しいのにと、同じ豆を使っているはずのソレをみて思わずため息でもつきそうだった。秀も同じようなことを思ったのか、ココアを覗きこみながらじっと何かを考えている様子だった。

 今日の夕飯は何を作ろうと思い冷蔵庫を覗きこむと大量の豚肉が冷凍されていたので、生姜焼きか何かを作ることに決めた。しかし、安室君は「生姜焼きなんて誰が作っても美味しくできるんですよ」なんて前に言っていたが、俺にはまず何をすればいいのかも検討がつかない。何分くらい肉を漬け込めばいいのか、生姜はみじん切りにするのか擦るのか…。
 そこで、「なにかあったら連絡してきてくださいね」と言った安室君の顔が浮かんだ。しかし、夕飯の準備に困っているなんて連絡をしたら、優しい彼はきっと心配して、最悪戻ってきてしまうかもしれない。そう思うとどうしても安室君(正確には彼女の携帯)には連絡を取ることができず、気がつくと降谷君に電話をかけていた。彼ならきっと美味しい生姜焼きくらい作れるのだろう。
 ルルルルル、と呼び出し音を聞きながら、彼も忙しいのに自分はなんてしょうもないことで連絡を取っているんだろうと思わなくもなかったが、インターネットでレシピを調べるのではなく、なんとなく、誰かの騒がしい声が聞きたかったのだ。ルルルルルと呼び出し音は続く。

「はい?赤井?どうしたんですか?」
「降谷君…忙しいのにすまない…」
「いえ、今は別に大丈夫ですけど…どうしたんですか?なんか声に元気がないような気がするんですけど…。」
「そんなことはない。いや、大したことではないのだが、生姜焼きの作り方を教えて欲しくて。」
「……はい?」

 当然のように「安室は作ってくれないんですか?」と戸惑いがちに聞いてきた彼に現状とその理由をかいつまんで説明する。安室君がいないと何もできない男だと呆れられるかもしれないが、今の俺には、例え降谷君に馬鹿にされたとしても、彼の元気な声が聞きたかったのだ。
 しかし、俺の予想に反して、俺が現状説明を進めれば進めるほどに、彼は呆れるどころか楽しそうな様子になってきた。ふふふ、なんてたまに笑い声が聞こえてきて、少し怖い。
 それでも降谷君は丁寧に生姜焼きの作り方を説明してくれた。俺はメモを片手に聞き逃さないように彼の声を必死に聞いていたが、そうすると、先ほどまでの寂しい我が家が少し明るくなったような気がした。やはり、彼に電話して正解だ。

「――…降谷君、丁寧に教えてくれてありがとう。助かったよ。」
「いえいえ!まったく、生姜焼きも碌に作れないとは呆れたものですよ。でもまあ、安室の代わりと言うのがかなり気に入らないですが、俺に電話をしてきたという点だけは評価してあげます。…ねえ、明後日まで安室いないんですよね。それだったら、あの、なんなら明日は僕が貴方の家に行って面倒みてあげてもいいんですよ?丁度明日は休みなんです…え、あの書類はまた今度でいいっていったじゃないか風見!あ、すみませんコッチの話です。今日の夕飯はさすがに作りにいってあげられませんが、明日なら朝食から作れますよ?6時に貴方の家に行けば間に合いますかね??いやぁ、僕、一回赤井さんにも会ってみたかったんですよね。赤井さんの好物とか何かあります?なにかあったら買って行こうかと思うんで」
「いや、そこまで手間をかけるわけにはいかない。気持ちだけ受け取っておこう。」
「えっ、赤井、別に手間とかではないし、むしろ行きた」
「忙しいのに悪かったな。風見君がそこにいるんだろう。彼にもよろしく伝えておいてくれ。」
「ちょっと!待ってあか」
「それじゃあ」

 そうして降谷君との電話を切ると、秀がこちらを怪訝そうに見ていた。

「ぬ?」
「いや、降谷君は明日来ようかと言ってくれたが断ったよ。そこまで迷惑をかけるわけにはいかない。」
「ぬぬ。」
「まあ確かに彼は迷惑とは言わなかったが…ああ。秀に会いたいって言っていたよ。」
「…ぬ。」
「そうだなあ、安室君がいないところで3人で遊んだりしたら、彼はまた怒るだろうな。彼がいるときに4人で遊んでもらおうか。」
「………ぬぬっ。」

 秀が「俺は別に明日降谷さんに来てもらっても良かったと思うがな。」なんて言い出すものだから、あまり積極的に周囲とコミュニケーションをとらない彼にしては珍しいことを言うなと思ったが、その後の「君が俺と降谷君を会わせたくないだけじゃないか?」という問いに関しては、何故そんなことを言われるか分からなかった。
 降谷君はなぜだか秀のことをかなり気に入っているようだから会わせてやれば喜ぶのだろうと考えて、それなら尚更俺は何故さっきの降谷君の提案を断ってしまったのだろう。とモヤッとした気持ちになった。

‘赤井さんの好物でも買って行こうかと’

 そんなことを言っていた降谷君の声が頭の中に響き、俺の家に来るのだから、秀の好物よりも俺の好物でも買ってきてくれたらいいのに、と思いながら、先ほど教えてもらった生姜焼きを仕込むべく台所へ足を向けたのだった。





 その夜、生姜焼きはなかなかに上手くでき、降谷君にお礼のメールを送ってから風呂に入って眠りについた。秀はいつも隣にいる安室君がいないため、最初はやや寝苦しそうにゴソゴソしていたが、30分もすればスヨスヨ眠りに落ちたようだった。俺もサイドテーブルの明かりを消し、読んでいた本に栞を挟み寝る姿勢になる。
 明後日には、安室君は帰ってきてくれる―…。





 翌日、はっきり言って俺と秀にとって散々な一日だった。朝食をとり、2人そろって獲物の手入れをしていたのだが、うっかり部品をコロコロと落としてしまった時には、いつもなら安室君がきて「もう!無くしたら大変なんですからぼうっとしないでくださいよ!」なんて言いながら取ってくれるのにとか、掃除をしようとしても「もうまた!何で貴方は四角い床に丸く掃除機をかけるんですか!信じられない!!」とか言って文句をつけられるのに、なんて考えて、怒られもしないのにいつもより丁寧に角までしっかり掃除機をかけたりもした。
 秀は秀で、朝起きて隣に安室君がいなかったのが寂しかったのか、比較的寝起きがいいはずの彼が起きてからしばらくベッドから出てこなかった。ふとした時にぼんやり台所の方を見つめていたのも、俺には分かる、きっと無意識に安室君のことを探していたのだろう。
 どうにも落ち着かない俺たちは、いつも安室君がやっている仕事を一生懸命、見よう見まねでやった。先ほどの掃除機もそうだが、安室君では手が届かないクーラーの掃除や、排水溝のぬめりとり、窓ふき、ベッドシーツの洗濯…結果的に季節外れの大掃除をすることになってしまったが、1日かけてピカピカにした我が家を見て、2人揃って顔を見合わせ「これで安室君が帰ってきたときに怒られずに済むな」なんて言って笑い合った。
 掃除を頑張ったせいで昼と夜はパンとカップ麺という、安室君がいたら確実に怒られるであろうメニューになってしまったが、明日はゴミの日だから、朝のうちにゴミを出してしまえばバレはしないだろう。

 そして、その日の夜に2人でベッドに入る時、珍しく秀が俺のベッドに潜り込んできた。横になる俺の胸の横までチョコチョコと布団の波をかきわけてくると、ギュッとしがみついてくるものだから、声に出さないようにそっと笑って、俺も秀が潰れないように優しく抱きしめて眠りについた。
 明日は、安室君が帰ってくる。





 ピンポーン。
 翌朝、俺と秀は間の抜けたインターフォンの音で目が覚めた。時間をみると朝の7時少し前。誰であろうと、来客にしては早すぎる時間だ。寝起きがあまり良いとは言えない俺たちは、眉間に皺をよせながらゴソゴソと布団から出た。その間にも、ピンポーンと何回か音は響いている。
 こんな時間に非常識な、誰だ。そんな気持ちを込めて玄関のカメラを確認すると、そこには、画面の下半分いっぱいに映る安室君と、その後ろで申し訳なさそうにした彼女が立っている姿があった。

「ぬぬぬーい!ぬいぬいぬーー!!!」
「すみません赤井さんこんなに早くに…5時前くらいから起きた安室さんが、もう帰る帰るって騒いじゃって。」
「ぬいぬいぬぅーぬぬぬっぬいー!」
「ぬ、ぬ。」
「いや、こちらこそコイツの我儘で君を朝から連れ出してしまってすまなかった。」
「ぬぬぬいぬーぬぬいぬいぬい」
「それはいいんですけど、安室さん…寂しくなっちゃったのかな?」
「ぬぬいぬ!」
「いや…どうやら彼は俺と秀の朝ご飯の心配をしてくれていたようだ。『どうせ僕がいない間碌なものたべてないんでしょう!』だと。信用されていないものだ。」
「ふふっ、なんだ。私が無理やり赤井さんと秀ちゃんから安室さんを引き離したから、てっきり怒っているのかと。」
「ぬい!?ぬぬぬいぬいぬいいぬぬぬぬぬ…」
「怒っているわけないでしょう。むしろこんなに綺麗にしてくれて感謝しているんですから!だと。そうだ、もしよかったら君も朝食を一緒にどうだ?」
「えっ、でも」
「ぬいぬ!!ぬいいぬぬぬ!」
「ほら、安室君も是非そうしろって。むさい男ばかりで食べるより、君みたいな女性がいた方が場も華やぐだろう。」
「じゃあ、お言葉に甘えて…。」
「ぬぬぬいぃー!ぬいぬいぬぬぬぬぬい!!ぬ!!!」
「ぬ、ぬぬ。」

 そうして、帰ってきた安室君が冷蔵庫の中を見て「ぬぬぬいー!」と「なんでこんなに食材がないんですか!?もしかして買い物してないんですか!?!?」と憤慨しつつも、彼女と俺達4人分の朝食を作り、綺麗になった安室君の騒がしい声をBGMに楽しい時間を過ごした。
 全身綺麗になった安室君が自慢げに食卓テーブルの上でクルリと一回転し、彼女も嬉しそうに「こことここを綺麗にしたんですよ。」なんて、今回いじったところを説明してくれる。残念ながら彼女は、用事があるからとすぐに帰ってしまったのだが、安室君と秀の新しい服もついでに作ってくれていたようで、これからの季節用の薄手のコートや新しい靴を置いて行ってくれた。いつもながらに、何からなにまでしてもらって申し訳がない。

「ぬ、ぬ」
「ああ、本当に綺麗になって良かったな。安室君。」
「ぬぬぬいぬー、ぬぬっぬぬぬぬんぬぬぬぬんぬ」
「へえ、彼女はそんなことまでしれくれたのか、本当に頭が上がらない。また今度俺に何か美味しいものでも持って行こう。」
「ぬい」
「ぬぬぬいぬいぬい」
「なるほど、彼女はシュークリームが好きなのか。」
「ぬぬぬいぬいぬいぬぬいぬぬぬぬ、ぬっ、、、、」
「…安室君?」

 彼女が帰った家で、安室君が洗い物をしながら3人でそんな話をしていると、安室君が急に黙り込んでしまった。会話の途中でこんなことになるなんて今までなかったので、俺と秀は台所に安室君の様子を見に行く。
 すると、昨日俺達が必死で掃除した排水溝を開けて中を確認し、その後水を止めたと思ったらバタバタと走り出してコンロや換気扇、それにリビングの窓や洗面所の鏡なのを確認して、驚いたような顔をして俺達の所へ戻ってきた。

「ぬっ…ぬいっ…」
「ああ、君がいない間に2人で綺麗にしたんだ。どうだ、君がいなくても俺達だって意外とやるだろう?」
「ぬ!」
「……ぬぬっ…」
「?」
「安室君?」

 てっきり誉めてくれると思っていた俺は予想外の安室君の反応に戸惑った。誉めてくれるどころか、なんとなく寂しそうな、悲しそうな顔をして俯いてしまった安室君は、綺麗になったツムジを俺達に見せて微動だにしない。
 すると、同じように怪訝そうに安室君を見ていた秀が何かに気付いたようで、すすすっと安室君に近づいて行って、コショコショと彼の耳元で何かを言っている。

「ぬ…ぬ…」
「ぬい?」
「ぬ……、ぬ」
「ぬっ、ぬぬぬい!」

 そうしてしばらく2人で何か話ていると思ったら、バッといきなり顔を上げた安室君は、

「ぬぬぬいぬいぬ〜ぬぬっぬいぬいぬいぬいぬぬぬっ!」

 と、いつもと変わらない元気な様子で小躍りしながら台所に戻って行った。

「…秀、一体何を言ったんだ?」
「ぬぬぬ」
「秘密とは…酷いな、俺だけ仲間外れか?」
「ぬ」

 そして、「やっぱりこの家には僕がいないと駄目ですね!!今日の昼は赤井の好きなしらすと大葉のパスタにしましょう!」なんて言いながらルンルンとご機嫌に台所で動く安室君を見て、まあ安室君が楽しそうにしてるからいいか、なんて考えてリビングのソファに戻るのだった。






「赤井は君を見返そうなんて言って掃除は頑張ったが、昨日はパンとカップ麺しか食べさせてもらえなかったんだ。君の料理が恋しいって言いながら麺をすする赤井の顔は君にも見せてあげたかった。」
「やっぱり、俺と赤井には君が必要だよ。」

2018年2月2日
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