我が家のあむぬいと、それと…



「赤井さん赤井さん、今日は素敵なプレゼントがあるんですよ!」

 その日、安室君の生みの親である彼女はいつも以上にはしゃいだ様子で待ち合わせしていた喫茶店に現れた。彼女は今でもとても安室君を大切に思っているようで、安室君の写真を送ればすぐに返信が帰ってくるし、今日のように彼女から会おうという誘いをうけて3人で会う時もある。3人で会う時は、彼女は大抵安室君の新作の衣装を持ってきてくれており、今安室君が来ている服もこの前にもらった彼女が作った秋用のコートだ。
 ただ、最近彼女の衣装がだんだんグレードアップしてきている気がするのは気のせいではないだろう。この前のハロウィンでは、猫耳のついたパーカーに尻尾のついたズボンや、真っ黒のマントに十字架のネックレスのドラキュラファッションなど数種類のコスプレ衣装を持ってきて、安室君のファッションショーが行われたことは記憶に新しい。心なしか引きつった表情をしていたが安室君も彼女には弱い様子で、「ぬいぬいっ♪」と彼女の前ではご機嫌にポージングまでしていた。まあ、家に帰ってから珍しく一言も喋らずベッドに入っていったのは衝撃的だったが。よほど疲れたのだろう。お疲れ様。
 そのこともあり、今回彼女と会うと言った時も、「ぬ、ぬいっ…」と完全に前回のことがトラウマになった様子もみせていたが、それでも逃げ出すことなくこの場に来てくれたということは、安室君もそれだけ彼女のことを大切に思っているということだろう。彼女はとても器用で優しくて、本当にいい子だ。仕事柄血なまぐさい環境に身を置くことも多い俺も、彼女といる時はなんというか平和な日常というものに触れているような気がしてほっこりした気持ちになる。安室君も、彼女が生みの親というからだけでなく、彼女のこういった雰囲気を好んでいるのだろう。いい意味で彼女は平凡で、一緒にいると穏やかな気持ちにな…

「安室さんもね、きっと気に入ってくれると思うんだ。見ててね…ジャーン!」
「ぬい」
「ふふふ、初めまして赤井さんでーす!!」
「えっ」
「ぬっ!?」

 おい誰だ、彼女を平凡だなんていった奴は。





「ぬいぬ。」
「ぬぬいぬーぬいぬぬぬいぬぬぬぬぬぃいーぬうぬいぬいいぬぬぬぬぬ。」
「ぬ。」
「…ぬいぬいぬぬぬいぬうぬうううぬいぬいぬい〜!ぬいぬぬぬい。」
「ぬ。」
「……ぬぬぬぬぬいぬいぬ、ぬぬぬぬ。」
「ぬい。」

 自分とそっくりなぬいぐるみが動いて喋っているというのはこんな気持ちなのか。降谷君も安室君を見てこんな気持ちだったのだろうか。なんというか、…なんとも言えない気持ちだ。
 さっきから安室君が絡んでいっているが、どうも小さな俺はあまりお喋りではないようだ。安室君もあまりに反応の薄い俺に対して少し戸惑っているように見える。
 ところで、彼女は本当に一般人なんだろうか。「安室さんのお友達になればって思って赤井さんのぬいぐるみも作ってみたんですけど、まさかこの子も動き出すなんてビックリでしたよ〜。」と平然と言ってのけた彼女は、実は魔法使いかなにかだろうか。2体も動くぬいぐるみを生み出すなんて、ただ事ではないぞ。そろそろFBIに報告でもしたほうがいいのかもしれない。

「ぬぬ。」
「ああ、どうした?」
「ぬ…ぬ…」

 小さな俺が俺の方を向いて何かを訴えているが、残念ながらまだ彼の言っていることは理解できない。そういえば、今では当たり前のように安室君の言っていることは分かるが、最初はただうるさいだけだと思っていたんだったなあ。
 安室君はよく喋るから言葉を理解するまでに時間はかからなかったが、俺の場合は口数が少ないしどうだろうか。いやまあ、モデルが俺なんだし俺の考えそうなことをコイツも考えてるとすると、思ったよりはすぐに理解できるかもしれないな。

「ぬぬぬ〜??ぬぬ?」
「ぬぬぬ」
「ぬぬぬ!?!?ぬーぬぬぬぬっぬぬいぬいぬいいい!」

 そう、コイツが俺の考えてるのと同じようなことを考えているとしたら…今は間違いなく煙草を欲している。現に安室君だって「なにかを探しているんですか?」「たばこ!?貴方そんな布と綿の身体で煙草なんて自殺行為ですよ!」と騒いでいる。ビンゴだ。
 ところで、安室君は自分が火を使って毎日のように料理をしているのはすっかり棚にあげているが、やっぱりぬいぐるみが火を使うのは自殺行為なのか。こんどから、あまり火を使わない料理を頼むように…いや、火を使わない料理なんてあるのだろうか。うーん、いっそIHの部屋に引っ越すか。

「ぬっ、ぬぬぬぅ〜!?!?!?ぬぬぬー!!ぬぬぬぬぬうー!!!」
「ぬっ!?ぬ!?」
「ぬぬー!!!!ぬぬぬぬぬぬ!!!!」

 おっと大変だ、小さな俺がボヤ騒ぎを起こした。





 小さな俺が来てから、安室君から煙草とマッチをテーブルの上に置きっぱなしにしないように強く言われてしまった。そして、たまに俺が片付けるのを忘れて仕事に行った時なんかは、帰宅直後からものすごい説教が始まる。「また赤井がボヤ騒ぎを起こすところだったんですよ!貴方達は同じ顔してどっちも学習能力がないんですか!?ここで火事なんておこしてみなさい、貴方は身体が燃え上がってお陀仏だし、赤井だって大きな問題を起こしていい立場じゃないでしょう。とくに貴方、折角彼女に作ってもらった命を粗末にすることは許しませんよ。」と、毎回大激怒だ。
 安室君とは、組織壊滅を期に殺しにかかってくることもなくなったし、かなり仲良くなっていたように感じていたのに、小さい俺のせいでまた毎日のように怒鳴られる日々が始まってしまった。それに、

「ぬぬぬ、ぬいぬい?」
「ぬ。」
「ぬぬぬぬうぬいぬい〜。ぬぬぬぬぬ…」
「ぬい。」

 小さな俺が来てからというもの、安室君はコイツの世話ばっかり焼いているような気がする。火を使って燃えないように常にコイツに意識を向けているし、ちょっとコイツが困ったような様子をみせたらすぐに手をかしている。今だって、「赤井、なにしてるんですか?」「ああ、今日の新聞ならキッチンに置きっぱなしにしてるんでした、取ってきますよ。」なんて言って…このままでは、目を合わせただけでスッとお茶を差し出すような良妻になりそうな勢いだ。

 …なんだか、これは…。

「ぬぬ?ぬいぬ?」
「え?いや、別に何もないよ。」
「ぬぬい…?ぬぬぬ、ぬぬいぬい!」
「隠してることなんて…いや、まあ、最近君は小さな俺に夢中だなあと思って。仲良くなったのはいいんだが…」
「ぬ!?ぬぬぅ〜ぬぬぬっぬっぬぬぬっ!」
「え?俺が可愛い?いやいや、こんなおじさんに何をいっているんだ。」
「ぬぬぅ〜ぬぬぬ。ぬいぬいっ!」
「……ぬ。」





 この日、俺は夢をみた。小さな俺が寝ている俺の腹の上に立って、俺に語りかけてくる夢だ。そして、なんと夢の中の彼は随分流暢に人の言葉を話すのだ。

「折角安室君をこっちに向かせようと頑張っているのに、水を差さないで頂きたい。貴方と安室君の絆は重々承知しているが、ここから先はコチラのエリアだ。貴方の領分じゃない…。」
「えっ、君は何を言っているんだ?」
「わからないなら、それでもいい。ただ、邪魔だけはしてくれるなよ。」





 この不思議な夢をみてからというもの、なんだか安室君と小さな俺が一緒にいるのを、俺がなんとなく邪魔をしているように感じるようになってしまった。きっとただの思い違いなのだろうが、安室君は相変わらずプリプリ小言を言いながら小さな俺の世話をやいているし、小さな俺だって、たまに鬱陶しそうな顔をしながらも素直に安室君の好きにされている。
 小さな2人がじゃれている姿はとても可愛いのだが、自分の家でここまで居心地の悪さを感じる日が来ようとは思わなかった。なんだ、この疎外感は…。





 しばらく別件で警察庁の行っていなかったのだが、今日は久しぶりに赤井に会える。この前赤井が家に来てから、迷惑料としてランチを奢らせて以来だろうか。大変不本意ながら、安室が赤井と同居するようになってから、明らかに赤井の顔色は良くなっていた。そのランチの時にだって「あまりジャンクなものばかり食べていると安室君に怒られてしまうんだよ。」なんて愛おしそうに笑いながら野菜がたっぷり入ったチャンポン麺を食べていたくらいだ。赤井の生活にがっつりアイツが入り込んでいるのは、本当に、本当に気に食わないが、赤井の体調が良くなるなら少しくらいは我慢をしよう。そう思っていたのに。

「赤井、ちょっと顔色悪いんじゃないですか?」
「ん?そうか?ちゃんと食べているし寝てもいるよ。」
「じゃあなんか、気になることでもあるんですか?悩み事とか。」
「気になること…。」
「もしかして安室のことですか?」
「いや、あー、そうなるのかなぁ。」

 赤井を悩ますとはどういうことだ。赤井の健康管理すらまともにできないなら、アイツの存在価値はない。よしやっぱり殺そう。というか、赤井が自分の為に悩んでくれるとか羨ましすぎか。よし殺そう。
 ただ、前回、アイツのとんでもない猫かぶりを知ってからというもの、基本的にはアイツが赤井と同居していることに基本的に反対なのだが…。

「悩み?もしよければ僕に聞かせてください。人に言ったら楽になることってありますよ?」

 こんな、赤井と一緒にいる動機を作ったことに関しては褒めてやろう。悩み相談とか!急接近チャンスか!!





 結果的に、赤井の話を聞いて俺は戦慄した。赤井そっくりの動くぬいぐるみが仲間に加わった(なにそれ欲しい)とか、そいつがボヤ騒ぎを起こしたとか、そういう話にではない。そのぬいぐるみの手腕に対して俺はいま尊敬の念すら抱いている。
 俺はもともと、付き合う相手には頼られたいし甘えられたいタイプだ。料理洗濯掃除なんて求めない。どちらかというと「本当に貴方はしょうがないですね。ほら、僕がやってあげますよ。」なんて言って何でもやってあげたい。仕事柄気を張り詰めていることも多いので、相手の人は少しぐらい抜けている方がタイプなのだ。そして、その赤井のぬいぐるみが見事に俺の好みど真ん中をついている。目を離すとボヤ騒ぎを起こし、困ったことがあるとじっとコチラを見つめてくる、だと。そんなことをされたら世話をしたくなるに決まっている。つまり、その赤井は、そんな俺の性格を見越してそういった行動をとっていると言ってもいいだろう。
 な、なんて男だ…彼がぬいぐるみだったから良かったものの、もし目の前にそんな男が現れたら、俺だってコロッといっていたかもしれない(まあ今は赤井一筋だから問題はないのだが)。もう俺は彼のことを赤井、なんて呼び捨てにできない。赤井さんだ。さん付けだ。

「疎外感をもっているからかな、不思議な夢もみたんだ。」
「えっ、どんな?」
「小さな俺が流暢に喋って、安室君との仲を邪魔するな、なんて言ってくる夢だったよ。」

 絶対それ夢じゃない。

 …え、もう赤井さんが流石すぎる。あくまで喋ることは夢と思わせて赤井の牽制にかかるなんて、それなんていうハニトラですか。俺にもやってほしい。いや、俺がハニトラしてほしいのは目の前にいる赤井になんだけど、いや、もう赤井にそんなことされたら死ぬかもしれない。

「ほんと凄い…流石赤井さんだ。」
「赤井さん?」
「いや、貴方のことじゃないですよ!ぬいぐるみの赤井さんのことです!!」
「えっ。」

 今の赤井の話を総括すると、赤井さんに安室を落としてもらえば、俺に赤井を口説くチャンスが増えるということだ。是非赤井さんに頑張っていただきたい。そして、赤井をディナーに誘っても「安室君が」とかいう悪魔の呪文を聞かされることなくスムーズにOKしてくれるようになってほしい。
 そうなると、赤井さんと安室をくっつける必要があるが、そのためにはどうしたものか。安室に警戒されまくっている俺がいまできること、なにかあるだろうか。

「…きみも……」
「えっ、すみません聞こえませんでした。何て言ったんですか?」
「…君も、小さな俺の方がいいのか。」
「はっ!?!?」

 ちょっ、まっ…赤井可愛すぎか!!!!!





 降谷君に話を聞いてもらい、今日も定時に仕事を終え家に帰ってきた。降谷君曰く「安室が貴方のこと嫌うわけないんですから、1人で拗ねてないで別に堂々としてたらいいんですよ。安室だって赤井さんだって、貴方のこと仲間外れにしたいわけじゃないと思いますよ。」とのこと。降谷君が小さな俺のことを赤井さんとさん付けで呼びだしたのだけが謎だが、降谷君の言うことももっともだ。
 そして、降谷君と話をしていて、俺は気付くことがあった。

「ただいま。」
「ぬいぬい〜ぬ…ぬ!?」
「ぬい。」
「ぬぬー!!!ぬぬいぬいぃーぬいぬー!!!」
「いてっ、え?降谷君の匂いがする?安室君そんなに怒らずともいいじゃないか。」
「ぬいぬいーぬぬい!!」
「…ぬ。」

 そう、こいつらは、なんだかんだと言いながら、毎日俺が出かける時には玄関まで見送ってくれるし、俺がこうして帰って来た時にも、2人そろってお出迎えしてくれる。
 いまだって、玄関からはカレーのいい匂いがしている。それも俺が昨日テレビをみながらカレー美味しそうだな、なんて呟いたからだろう。安室君は小さな俺が来てからも、ずっと俺のことを考えてくれて、俺のために精一杯色々してくれている。それに、

「ぬいぬ。」

 小さな俺だって、今は未だに怒っている安室君をなだめて彼にかかりっきりになっているが、俺がいつも座るソファの前に灰皿を置いてくれるのは彼だし、この前は俺のニット帽がほつれているのを呆れたように指摘してくれた。彼だって、俺のことをしっかり見てくれていたのだ。
 そう、降谷君の言うとおり、小さな子供のように拗ねていたのは俺だけで、コイツらはしっかり俺を仲間と認めてくれていたのだ。

「はは、弟が生まれた時と一緒というわけか。俺は全然成長していないな。」
「ぬ、ぬい?」
「ぬ?」
「ああ、こっちの話だ。ほら、折角のカレーが冷めてしまうから、はやく皆で食べようじゃないか。安室君も、…秀も、一緒に食べよう。」
「ぬぬっ!ぬいぬい〜!!」
「…ぬ。」

 3人で食べる今日のカレーは、とても美味しそうだ。








「赤井、悩みは解決したんですか?」
「ああ、君に相談して正解だったよ。ありがとう。」
「そんな…えっと、じゃあ、今日は一緒にディナーとかどうですか?美味しい中華の店があるんですが。」
「お誘いはありがたいが、今日は3人で鍋をする約束をしているんだ。人数が増えたから、できる料理のバリエーションも増えてきてな。今度はホットプレートでも買いに行こうかと、おっといけないもうこんな時間だ。じゃあ降谷君また明日。」
「………ちっくしょう!!!」

2017年11月17日
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