我が家のあむぬいが実家に帰る



 安室君が家出をしてしまった。家に帰ってきた時に珍しくなんの料理の匂いもしていないなと思っていたら、ダイニングテーブルの上に「実家に帰らせていただきます」というメモが残してあったのだ。さすがに文字を書くことはできなかったのか、新聞の文字を1つずつ切り取った安い犯行声明のようなメモだったが、料理はできるのに文字は書けないのか、とか、これを用意できるってことは文字は読めるんだな、とか色々考えてから…焦った。安室君の実家とはどこだ。
 まずは、安室君の生みの親である彼女に連絡をいれるが、そちらには行っていないと言われてしまった。次に、安室君のことを知っている新一にも連絡をいれるが、回答は同じ。なんてことだ。
 安室君と出会ったときは、猫に嬲られていたのだ。一緒にピクニックをしたときにだって、少し強い風が吹いた時にはよろめいていたりもした。彼にとって外の世界は1人で出歩くには危険すぎるのに、一体どこに行ってしまったというのだろう。





「こいつは…!!」
「ぬぬい…!!」

 一方その頃、降谷は自宅マンションのエントランスで、自分にそっくりのぬいぐるみと対面していた。オートロックのパネルを操作しようとした時に、足元からぬいぬい声が聞こえると思って目線を下げると、そこにコイツはいた。

 知っている…俺はコイツを知っている。俺とそっくりの見た目をしながら、クリクリとした丸い目で、あざとく赤井を誑かして同居までしている例のぬいぐるみだ…!

 降谷は思った。なぜここにいるのかは分からないが、ここで会ったが百年目。
 赤井と同居しているというだけで許し難いのに、赤井を食事に誘うと「いや、家で安室君がご飯を作っているから」と言われ、赤井を家まで送ろうとすると「なぜか俺と降谷君が一緒に帰ると安室君に怒られるから遠慮しておくよ」と断られ…つまり、コイツのせいで僕と赤井の仲は進展しないと言っても過言ではない。2人でどんな生活をしているか知らないが、束縛の激しい面倒くさい女房のごとく赤井の隣にいるコイツを抹殺する最高のチャンスが向こうから飛び込んできたのだ。

「ぬぬぬいぬぬーぬいぬぬぬ…」
「とりあえず殺す。」
「ぬいー!!!!」

 一瞬の隙をつき自宅まで上がりこんだぬいぐるみは、勝手に人の家に入ってきたとは思えない程態度がでかく、そして、どうやら何かを怒っているようだった。

「ぬい!ぬぬぬいぬいぬうぬぬぬ」
「何を言っているか分からん。」
「ぬぬーぬいぬ」
「ふんっ、話し合いをしたいなら人間の言葉で喋るんだな。」
「赤井にしつこく付きまとうのをやめていただきたい。」
「!?!?!?!?」

 なんっ、だと…喋れるだと…!!
 さっきまでぬいぬい言っていたのはなんだったのだ。まさか、庇護欲をかきたてる為に喋れないふりをしていたとでもいうのか!くっ、なんてあざとい。コナン君なんて比じゃないあざとさだ!!

「この前貴方と赤井がこっそり2人でランチをしたのは知っているんです。俺の赤井に手を出さないでください。」
「ハッ!俺の赤井…ですか。赤井の前ではぬいぬい喋って本当の姿すら見せていないお前が、大きく出たものだな。」
「貴方こそ、今まで散々殺すだなんだと言っておきながら、組織が壊滅したらコロッと手の平を返して、恥ずかしくないんですか?」
「黙れ、お前に俺の何が分かる。」

 こんな訳の分からないぬいぐるみにどうこう言われる程、俺の赤井への気持は簡単なものじゃない。

「憎いと思っていた相手を好いて悪いのか、大切な人を失ってきた俺が赤井を大切だと思って悪いのか、少なくとも俺は赤井に対して真剣な気持ちを持っている。」
「…」
「組織壊滅作戦のあの時、死にかけそうな赤井を見て俺が何を思ったのか分かるか!アイツが意識を失う前に、必ず帰ってくると言われた時の気持ちが分かるか!!アイツを失いたくない、そう思って何が悪い!これからもアイツと共にいたいと思って…何が悪い!!」
「…はぁ、そこまで明確に自分の気持ちを持っているのなら、なぜ赤井にそう伝えないのですか。赤井には回りくどく言っても何も伝わりませんよ。好きなら好きと言えばいい、僕と同じ見た目をしているくせに、まどろっこしいんですよ。」
「お、おまえ…。」
「言っときますけど、今の赤井は貴方のこと何とも思ってませんよ。貴女から動かないと、関係なんていつまでたっても進展しませんからね。」
「そんなこと、お前に言われなくても…」

 そこで、玄関のチャイムが鳴った。防音とは言え、結構な大きさでぬいぐるみを怒鳴りつけてしまったのだ、もしかしたら近所の人が苦情でも言いに来たのかもしれない。
 ぬいぐるみに喧嘩をふっかけられた挙句に何故か発破までかけられ、頭に血が上っていたのだが、この来客は頭を冷やすのに丁度いいタイミングだ。リビングのソファで仁王立ちしているぬいぐるみを残して、インターフォンのモニターを確認しにいく。

「えっ!赤井!?」
「夜分遅くにすまない、ここに安室君は来ているだろうか。」
「ぬぬーいぬぬぬいぬいー!!」
「ああやはりここだったか、彼を迎えに来たんだ。申し訳ないが家に入れてもらえるだろうか。」
「えっ、あ、はい!」

 なんということだ、まさか家に赤井が来るなんて…!
 またぬいぬいと喋りだしたぬいぐるみを見て、もしかしたらコイツは俺に喧嘩を売りに来たわけでもなんでもなく、赤井と俺を結び付けるキューピットとして来たのかもしれない、と思う。よく考えたら、コイツは俺と同じ顔をしている、つまり、俺の考えていることくらい分かっても不思議じゃないのかもしれない。いつまでもウジウジしている俺を見兼ねたに違いない…!

「降谷君、夜遅くにうちのが失礼したな。」
「い、いえ。」
「ぬいぬぬいーぬいぬーいぬぬぬいぬいぬいぬうー!」
「ああ、なんで君が怒っているかやっと分かったよ。昨日リビングで煙草を吸ったことだろう。」
「ぬぬいぬーいぬ…」
「君との約束を破って申し訳なかった。お願いだから帰ってきてくれないか、君がいないと家にいてもつまらないし、寂しいよ。」
「ぬいー。」
「ふふ、そうか、なら君の気に入っているコーヒー豆を買って帰ろう。仲直りしてくれるかい?」
「あのっ、赤井!!」
「ああ、降谷君、本当に今日はすまなかった。君へのお礼もまた改めてさせてもらおう。」
「いや、お礼なんていいんです。赤井に、その、聞いてほしい話があって…。」
「ん?なんだ?」
「あの、僕、貴方のこと」
「ぬぬうーぬいぬいぬぬいぬーぬぬぬいぬううぬぬぬぬぬいぬいぬ」
「貴方のことが」
「ぬーぬぬぬいぬうぬぬぬぬぬ!ぬぬっぬぬうぬうう!」
「…すまない降谷君、うちの安室君が早く帰ろうとご機嫌斜めだから、今日はとりあえず失礼するよ。話はまた今度ゆっくり聞かせてもらってもいいだろうか?」
「ぬいー!ぬいぬいぬい!!!」
「ああ分かった分かった。もう帰るから少しだけ待っていてくれ。本当に今日はすまなかったな。では、また今度。お邪魔しました。」
「……………えっ?」

 赤井の肩に乗って、勝ち誇った顔をして帰っていったぬいぐるみの顔を、俺は一生忘れないだろう。





 後日。





「だから!このぬいぐるみは本当は喋れるんですよ!」
「ははは、面白いことを言うな降谷君!ぬいぐるみが喋れるわけないじゃないか!」
「ぬいー。ぬい」
「安室君、本当に喋れるのか?なら俺の名前を呼んでくれないか?」
「ぬ…ぬっ…ぬぅ…」
「そうか。ほらみろ降谷君。いくらなんでも安室君は喋らないよ。」
「ぬぅ…ぬ」
「ああもう、そんな無理はしなくていいよ。いつも通り楽しそうにお喋りしていいよ。」
「ぬいぬいー!」
「…アンタはっ!なんでぬいぐるみが動いて料理することは疑問に思わないのに喋ることは受け入れないんだ!そしてお前は殺す、今すぐ殺す。」



(協力するとは言ってない)



2017年11月15日
「#幼馴染」のBL小説を読む
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