我が家のあむぬいとの今後の共同生活を考え



「ぬぬ〜!ぬぬいぬいぬぬぬぬぬぬい…!!」

 例の作戦にて負った傷も癒え、さてこれでアメリカへ帰れるぞと思っていた赤井だったが、実はまだ日本で安室君(ぬいぐるみ)と一緒に生活をしていた。
 これには、FBIが日本でしでかしたことの後始末を代表でする(どう考えてもFBIメンバーの中で一番好き勝手したのは赤井だ)という名目があるのだが、赤井は知らない。赤井が残されることとなった経緯に、降谷の力が働いたこと、それも、組織壊滅作戦と同じくらい全力で働いたことを。

 仕事の為に日本に残っているという割には、赤井は結構ここでの生活を満喫していた。家族に会いに行って久しぶりに一家団欒の時間を過ごしてみたり、元の姿に戻った新一や志保と積もる話をしてみたり、たまに沖矢昴の格好をして少年探偵団と小旅行をしてみたり…、組織を潰すことに躍起になっていた時代では考えられない程に穏やかな生活を送っていたのだ。
 仕事では降谷君がやたらと突っかかってくるがそれはいつものことだし、プライベートではこうして楽しい時間を過ごしている。家に帰ると煩い安室君もいる。なかなかに楽しい日本ライフだ。

「ぬぬー!!ぬぬいぬい!!!」
「はいはい、ちゃんと野菜も食べるからそんなに目くじらを立てないでくれ。」
「ぬいーーっ!!ぬいぬぬっぬい!」
「ああ、はいは一回だったかな、はいはい。」
「!!!」

 ただ、安室君は、怪我を負って帰ってきてからと言うもの、お母さんかと思うくらいに赤井に対して過保護気味になっていた。まあ、死ぬかもしれない戦いに行って2週間音信不通だったのだ。入院して連絡手段がなかったから仕方ない、とは言え自分でも酷い仕打ちをしてしまったとは思ったので素直に安室君のいうことを大人しく聞いている最中だ。だが、正直まあまあ鬱陶しいことも多い。

「ぬぬいぬいぬうううぬぬぬぬいぬいぬ…」
「わかっているよ、確かに緑黄色野菜が多めだな。いつも助かるよ。君のおかげで体調もすこぶるいいし、心なしか顔色も良くなったなんて言われるんだ。感謝している。」
「ぬぬー!ぬいっ!」





 それにしても…どうして安室君という生き物は人間でもぬいぐるみでもこうもウルサイのだろうか。





 仕事では降谷君(人間の方。言い忘れていたが、ぬいぐるみを安室君、人間を降谷君と呼ぶようにした)が、俺の作った報告書を細かくチェックしては、やれこの日本語がおかしい、やれ日本でこんなことしていたのか日本の法律ではうんたらかんたら…と重箱の隅をつつくかのような指摘を毎日のようにしてくる。彼も暇ではないはずなのに、俺の作る資料は必ず彼が確認するのだから、大したものだ。彼を見ていると、管理職にはなりたくないと心底思ってしまう。
 しかも、散々文句(?)を言ったあと、今日なんて挙句の果てに、

「あっ、今日も定時になりましたよ、ほらパソコンはもう切って帰ってください。えっ?残業?前も言いましたけど認めません。残業も仕事の持ち帰りも駄目です、まあ貴方に限っては無いとは思いますが、データの漏えいを防ぎたいですからね。まだまだやるべき仕事は多いですが、全部時間内にやってください。そ、そりゃあまあ日本での滞在期間は長くなるでしょうが…、ほら、貴方こっちに家族もいるし、ほら、ね、俺もいるし。どうせだったらもう日本に永住しちゃえばいいじゃないですか…あっ、え?え?もう帰るんですか?いや確かに帰れとは言いましたけど…。あの、ずっと気になっているんですけど貴方毎日真っすぐ家に帰ってるじゃないですか。食料品や日用品の買いだしに行ってる感じもないのに食事ちゃんと摂ってるんですか?や、でもこの前は生ゴミとかはちゃんと出てたな…あっ通販ですか?というか、あの、どうせだったら僕がご飯作りに行きましょうか?ね、たまには一緒に買い物とかしてゆっくり一緒に帰るとか、い、いやいや、別にデートとかじゃなくっ……ねえ赤井聞いてます?」

などと言って、無理やり仕事を打ち切らせてくるのだ。どう考えても効率が悪い。
 …もう安室君であろうと降谷君であろうと、彼らの話はとても長くてまともに全部聞いていたら疲れてしまうので、最近では話半分で聞くようにしている。まあ、2人ともよく似ていて、重要なことは最初に話をして、最後の方はどうでもいいことを長々と喋りだす傾向があるので、要は最初の方だけ聞いていれば彼らの話は理解できるのだ。ちなみに、さっきの安室君の話の大切なところは「残業は駄目」ということだ。

「ぬぬー!!ぬいぬいっぬいーー!ぬぬっぬぬぬぬぬうぬぬ、ぬぬいぬーぬぬいぬいぬ…」

 そして、この安室君の話の大切なところは、「夕飯を食べ終わったら早く風呂にはいれ」だ。そのあとにも、また降谷に嫌がらせされたのか(なんだか安室君は降谷君のことが嫌いなようだ。同族嫌悪というやつだろうか。)やら、アイツ赤井に気があるんじゃないかやら、でもまあ今の赤井の食生活から生活リズムまでを管理をしているのは僕なのでつまり赤井は僕によって構成されているといっても過言ではないとか、なにやら意味がよく分からないことも言っていたが、その辺はあまり重要ではないと認識している。

 まあ、なんだかんだ言って、にぎやかなのは嫌いではないのだ。





 そんな穏やかで、にぎやかで、なんだかんだで楽しい毎日にも、事件が起きた。それは、事件という程大した事でもないのだが、そう、ちょっとしたスパイスみたいなものだ。
 そして、赤井の生活にこうしたスパイスを持ちこむのは、姿形が変わっても、昔から工藤新一という男だった。

「赤井さんに会いたいという女性がいるんです。」

 新一は、良くも悪くも自分の立場を理解している人間だ。世界中にコネクションがあり、一介の高校生ではとても知り合いになることはなかったであろう人脈を持っていても、それを使うべき時はかなり見極めている。そんな新一が、こういった話を赤井に持ちかけてくることは、経験上初めてだ。

「ボウヤが話をもってくると言うことは、ワケありか?」
「いやっ、そういうことでもないんですけど…。」
「?」
「あー、もう、笑わないで聞いてくださいね。俺だって正直言うと状況を理解しきれてないんですから…」

 そうして、ボウヤが話したことは、なるほど確かにボウヤには理解しきれないことだろう。
 曰く、その女性とは以前安室君を目当てにポアロに通っていた人で、安室君への想いを形にすべく、彼そっくりのぬいぐるみを作ったと言ったそうだ。しかし、ある日その大切なぬいぐるみをなくしてしまい、それからずっと探している、と。実在する人物、しかも自分の好きな人をモデルにして作ったぬいぐるみなので、もし落とした先でボロボロになっているのを安室君本人が見つけたりすると気分も悪いだろうし、誰かに拾われたにしろ安室君に迷惑がかかるようなコトになると大変なので、なにがなんでも見つけたい。そして、ずっと探していたところ、ある時、俺がそのぬいぐるみを持っているのを見かけた…と言うのだ。
 なるほど、確かに俺は2週間音信不通となったことでご機嫌斜めだった安室君への償いとして、外へ連れ出したりしてご機嫌とりをしていたこともあるので、その時にたままた見られていたとしてもおかしくはない話だ。それに、

「ボウヤ、その彼女は本当に『なくした』と言ったのか?」
「うーん、いや、そこも俺が引っ掛かっているところなんですけどね…彼女は『いなくなった』と。かなり必死で…。それより、赤井さんが安室さんのぬいぐるみ持ってたっているのも何だか…」
「ほぉー、わかった、会おう。」
「えっ。」





 俺は高校生探偵工藤新一。今はコナンの姿から本来の姿に戻ることができ、無事に嘘偽りなく高校生探偵を名乗れるようになっている。さて、今回は3日前に赤井さんに話をもちかけた「ぬいぐるみ」の件で赤井さんと例の彼女が出会う日だ。どうにも気になって2人が会う約束をしている喫茶店で張り込んでいたら、なぜか、

「お久しぶりです…なんでいるんですか、降谷さん。」
「シッ!!黙ってコナン君!今いいところなんだから!!!」
「いや、新一なんですけど…。」

 サングラスをかけ、キャップをかぶった、分かりやすい変装をした降谷さんと遭遇してしまった。一体どういうことなんだ。降谷さんまで出てくるとは、一体そのぬいぐるみは何なんだ。
 赤井さんが、よく分からない女性と2人で会うということで気になってここまで来てしまったが、降谷さんが出てきたことで余計にわけがわからない…。どういうことだ、まさか、そのぬいぐるみは公安の案件だとでもいうのか…。

 ここから赤井さん達の座る席は見えないが、ばっちり声は聞こえている。どうも、2人は出会って自己紹介を済ませたところのようだ(降谷さんのいういいところがどこなのかは不明だ)。

「それで、君の言っていたのは、この子かな?」
「!!やっぱり貴方が!」
「俺も偶然見つけてね、この子とはしばらく前から同居させてもらっているんだ。」
「ぬい」

 ……ぬい?最後に喋ったのは誰だ?
 あの席には2人しかいないし、他の席からの声が聞こえてきたとも考えられない。なんだ、さっきの声は一体…。

「降谷さん、さっきの声って…あっ、すみません、黙ってますスミマセン…。」

 わからない…。降谷さんがこんなにも血走った目で赤井さん達の会話を聞いている理由も、さっきの声の謎もわからない…。なんかもう帰りたくなってきた、降谷さん怖ぇし…。

「私、安室さんに恋をしていたんです。でも、話しかける勇気もなくって、それで、勝手に彼そっくりなぬいぐるみを作りました。安室さんには気持ち悪いって思われるか、勝手にそんなことして嫌われちゃうかもしれないとは思いました…でも、彼に話しかけられない分、家に帰ってからその子に話し相手になってもらってたんです。」
「ほお。」
「そうすると、ある日、…そういうことになってたんです。なんだか私の想いが通じて魔法がかかったみたい、なんて私うかれちゃって。私の話も可愛く聞いてくれるし、疲れて帰ってきたりなんてすると気遣ってくれるような様子をみせてくれたり、すごく、楽しい日々でした。」
「ぬいぬい。」

 えっ、ちょっと待って。そういうことってどういうこと。疲れて帰ってきたら気遣ってくれるの…えっ、ぬいぐるみが?え??ぬい、って声は…え?途中までは恋する女性の可愛らしい話だったのに、途中からなにやらおかしい。どう考えてもぬいぐるみの自己主張が激しすぎる、どういうことだ。
 隣の降谷さんを見ても、どこか困惑した様子が伺える。なるほど、降谷さんもぬいぐるみの件は詳しく分かっていないのか。

「ぬぬーぬぬぬう、ぬぬっぬぬうー。」
「こら安室君、外ではあまり声を出すんじゃない。」
「ぬぬぬーぬぬいぬいぬーぬぬぬぬ、ぬぬぬぬぬうぬうぬいーぬいぬいーぬぬぬ、ぬぬ、ぬ。」
「こら、こら安室君、そんなことをするなら鞄の中に入っててもらうぞ。」
「ぬいー…ぬぬいぬい…ぬいぬ。」
「よし、いい子だ。ほらもう、ふてくされた顔をするんじゃない。君の言いたいことは分かっているから。」
「ぬい。」

 赤井さんは何を言っているのだ。あのうるさいのはぬいぐるみなのか。そして、俺の隣で「ぬいぐるみに優しく話かける赤井秀一…!」と悶えている降谷さんも何をしているのだ。

「ふふっ。」
「?」
「いえ、なんか、安心しちゃいました。その子がいなくなった時、私、心のどこかでやっぱりな、って思っちゃったんです。」
「それは?」
「私の家にいる時のその子は、そこまでお喋りじゃありませんでした。私の傍をついて回ってくれることもあったけど、ふと気付くと窓の外をぼんやり眺めていることが多かったように思います。その姿を見るたびに、ああ、この子が本来いたい場所は、私の所じゃないんだな、って。てっきり安室さんのところだと思っていたけど、違ったんですね。」
「ぬ、ぬいー」
「赤井さんといる時の方がよっぽど活き活きしてます。もし赤井さんさえよろしければ、これからもこの子と一緒にいてあげてくれませんか?」
「いや、だが、君は必死でコイツを探していたんだろう。」
「いえ、いいんです。この子はきっと赤井さんのところにいる方が幸せなんだと思います。それに、私、さっきこの子が話していたこと、何を言っているかまったく分からないんです。表情の変化だって感じ取れません。赤井さんの方が、この子にはふさわしい。お願いします、この子と一緒にいてあげてください…おねがい、します…。」
「ぬ、ぬいっ…」
「君は…俺の知っている女性によく似ているよ。平静を装って、陰で泣くような…とてもいい女だった。」
「赤井さん…。」
「わかった、コイツは俺がこれからも責任もって預かろう。だが、コイツの生みの親として君もまた遊んでやってくれ。これは俺の連絡先だ、都合のいい日は連絡してくるといい。」
「ありがとうございます…!なんとお礼を言ったらいいか!!」
「ぬぬい!ぬぬぬーぬぬいぬいぬぬうぬぬぬぬぬうううぬい、ぬいっぬぬぬいーぬいぬぬー。ぬぬぬぬ、ぬう。」
「ふふ、赤井さんと一緒にいられることになって喜んでるのかしら。」
「いや、安室君は君にお礼を。『この世界に生み出してくれたことを感謝しています。貴女との生活も面白くなかったわけではないし、とても楽しいものでした。でも、貴方に僕は勿体ない。もっといい男をみつけて、また僕に紹介してください。僕も生み出してくれた貴方に恥ないように、きっと幸せになります。』だと。」
「……うっ!!」

 …え、なんだっけコレ。赤井さんとあの人の子供の親権を巡る話合いかなにかだったかな。ぬいぐるみの話じゃなかったかな。んん?相変わらず隣の降谷さんは机に顔を伏せたまま…な、なんかブツブツ言って…。

「なんだこれ、恋愛相談にのってたらいつの間にかお互い好きになってたとかそういうパターンのやつじゃないのかこれ、あの女ちゃっかり赤井と連絡先の交換までして俺だってプライベートの連絡先なんて…。」





 この日は、赤井さん達が店を出たのを追いかけるようにして俺も店を出た。

 そして、案の定俺の存在に気づいていた赤井さんに安室さん(ぬいぐるみ)を紹介されて衝撃をうけたこと。この日以来も、赤井さんは結構頻繁に彼女に安室さんの画像や動画を送って連絡をとっていること。彼女も安室さんの新しい服を作っては赤井さんに届けていること。それは、あの日、店に置いてけぼりにした降谷さんには伝えないでおこうと思った。



2017年11月4日
「#幼馴染」のBL小説を読む
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