全年齢:ポリネシアンセックス



 陽が上がるのもすっかり遅くなり、布団から出るのが辛い季節になってきた頃、ぬくぬくと布団の中で丸まっていると、隣でゴソゴソと彼が身じろぎする気配で目が覚めた。彼は体温が高い。天然の湯たんぽだ。そんな彼が布団から出るというだけで、この快適な空間は大きな熱源を失い大損失だというのに、布団がめくれ上がった隙間から吹き込む冷たい風でついさっきまで世界一快適だったこの中がすっかり冷え切ってしまった。

「すみません、起こしましたか? 」
「いいや、起きようとしていたところさ。おはよう」
「…おはよう、ございます」

 本当はまったく起きる気なんてなかったが、 朝日に照らされながらはにかみながら朝の挨拶をする彼の顔がまるで陽だまりのようで、彼のいない布団に一人で居続けることに何の魅力も感じなくなるのだから不思議なものだ。
 温かくてふわふわで、自分を優しく包み込んでくれるこの布団よりも、彼の隣の方がよほど暖かい…なんて、自分も随分と彼に惚れこんだものだとふわりと笑って見せる。

「あの、身体は、大丈夫ですか? 」
「問題ないよ」
「そうですか…」

 彼とはそれなりの付き合いになるが、彼は未だに身体を合わせた日の翌朝はこうして俺の身体を心配してくれる。確かに、彼とこういう関係になった当初は痛くて起き上がれない、なんてこともあった。
 彼の名誉の為に言うと、それは決して彼が悪かったのではない。彼は優しく、丁寧に、最初から最後まで紳士的に俺に触れてくれて、それこそ蕩けてしまいそうだと感じる程には俺を愛してくれた。しかし、何と言っても、普通は出口のソコを使うのだ。出口を入口に帰ると言うのは、つまりは三十数年生きてきた俺の常識を変えるということで、今まで青で渡っていた信号をいきなり赤で進んで青で止まるように言われるようなもので…要は、そういうことだ。苦労したのだ。
 そんな時のことを彼はいつまで覚えているのか、こうしていつも身体をねぎらう言葉をかけてくれるが、今となっては俺の常識はすっかり変わってしまっていた。馬鹿正直に赤信号では立ち止まっていた俺は、今や人のいない時は赤信号でも平気で直進するようになったし、駐車禁止の場所にだってこっそり車を止めて買い物にでも行けるようになった。それどころか、日本では所持することすら禁止されている銃だって平然と持って歩いて気に食わない相手には軽く威嚇射撃する程にはなっている…つまり、そういうことだ。
 俺はすっかり尻で快感を得られる男に作り変えられていたのだ。

「いつも君が大切にしてくれるからな。愛を感じるよ」
「ふふ、何を急に」
「本当のことさ。君が俺に触れる指先から顔をくすぐるその細い髪も、君が吐いた熱い吐息も、全てが俺を愛していると叫んでいるように感じるのさ」

 そう、降谷君は本当に俺を愛して、大切にしてくれている。セックスだって、甘くて甘くて蕩けそうになる優しいもので…正直に言って、物足りない、と思わない日がないでもない。
 元々俺はセックスはスポーツ派。面白そうなプレイがあるならチャレンジしたいし、上に乗って自分から腰を打ち付けてみたいとも思う。先ほども言ったが、俺の尻はとっくに快感を感じることができるようになっていたのだ。最初は無理だ、絶対に無理だ、と思っていたことが可能になった。…それなら、今度はどこまで自分の可能性が広がるのか、チャレンジしたくなるのが男というものだろう。
 それだというのに、彼はどこまでもノーマルな男だった。俺とのセックスはもっぱら正常位。俺のソレを彼が口に含むことはあっても、俺が彼のソレに手を伸ばそうとするものならそっと手を止められて「赤井にはただ気持ちよくなってほしいんです」と言うばかり。
 彼とのセックスは気持ちが良い、彼の体温を感じると愛と幸せを想う。しかし――。

「赤井? やっぱりどこか具合が悪いんじゃないんですか? 」
「え、いや、そんなことは…」
「―――赤井? 」

 じっ、と彼のブルーの瞳が自分を貫き、赤井は思わず身じろぎした。日本人とはあまり性に奔放ではない人種だ。日本に誇りを持ち、日本を愛する彼も、おそらく大勢の日本人と同じく本来性には消極的なタイプなのだろう。そんな彼に対して「君とのセックスはつまらない」なんて面と向かっていうわけにもいかない。
 しかし、離婚する夫婦の八割が「性の不一致」を掲げているように、性というものは長く一緒にいるという点に関して重要なことなのだ。
 俺はまだ彼と一緒にいたい、彼に愛されたいし、彼を愛したい。――だからこれは、自分の快楽を満たす為の我儘ではない。これからもずっと二人で過ごす為の問題提起だ。

「君はいつも俺の身体を心配してくれるが、」
「はい」
「君は、――俺とのセックスに、満足しているのか、と」

 言えなかった。
 流石に君のセックスがつまらないとは言えなかった。しかし、俺としては中々いい話の切り口だったように思う。そうだ、よくよく考えたら、彼自信も俺とのセックスに満足していない可能性もある。もっと激しく責めたいだとか、酷くしたいだとか、それこそ道具を使いたいだとか、彼にだってしたいことがあるのかもしれない。
 そんな期待を込めて彼の瞳をじっと見つめると、先程まで俺を真っすぐ貫いていた彼の瞳がぐらりと揺れた気がした。―――これは。

「いや、…そんな」
「降谷君、俺は君にも満足してほしいんだ」
「俺は赤井が満足してくれたらそれで…受け入れる方が負担も」
「降谷君―――君には、俺が自分さえよければ君のことをどうでもいいと思っているような男にみえるのかな? 」
「…あかい……」

 勝った。そう思った。
 これから彼の口からどんな言葉が飛び出すのか、期待に胸が躍る。これから彼がどんなアブノーマルなプレイを口にしても、俺にはそれに付き合う覚悟がある。さあ、降谷君。君の本当の願いを聞かせてくれ…!!

「赤井、あの、実は」
「うん」
「…ポリネシアンセックス、をしてみたいんです」

 ポリネシアンセックス。
 初めて聞いた言葉だが、ポリネシアン、だ。オセアニア諸島の一角。ハワイ様の火山、ボラボラ島の水上コテージ、イースター島のモアイ像、青い海、白い雲…。
 赤井の頭の中には、腰布を巻いて激しく腰を振りながら踊る男と、華冠をつけながらフラダンスを踊る女。ハイビスカスを頭に挿して妖艶に笑いながら太鼓のリズムに合わせて激しくステップを踏む人々に、燃え上がるキャンプファイアー、松明…めくるめくハワイアンな光景が頭の中を駆け巡った。
 ポリネシアンセックス…なんて開放的で、刺激的な響きなんだ…!

「君が望むなら、なんでも」
「!? いいんですか? 赤井、苦手そうだなって思って遠慮していたんですけど…」
「君がしてみたいんだろう、なら、やろう」
「赤井…」

 俺の名前を愛おしげに呟いた降谷は、再び布団の上にもどってきてギシリとベッドのスプリングを軋ませた。

「大切に、します」
「…ああ」

 自分の思ったポリネシアンとは少しだけ降谷の雰囲気が違うな、とは思ったが、赤井はそのまま再び降谷に身を任せた。先ほど抜け出したばかりの布団に二人で身体を沈みこませ、キスを交わし合うこの時赤井はまだ知らなかった。
 いつも以上に、大切に、丁寧に身体に触れられ、ドロドロに甘やかされるだけの未来が待っていることを―――。

2018.9.7
「#ファンタジー」のBL小説を読む
BL小説 BLove
- ナノ -