見た目は子供、頭脳は大人、その名も恋愛マスター☆コナン



 ゆったりとした時間の流れる、少し古びた喫茶店。インスタ映えするようなスイーツはないけれど、美味しいコーヒーと店長の奥様が作ったレモンパイが美味しいこのお店は、私のお気に入りだ。最初は友達との待ち合わせの時間潰しにたまたま入っただけだったが、思いがけず大当たりで、それからよく通うようになってしまった。少し疲れたとき、いいことがあった時、この店はどんな時に来ても、快く私を迎えて癒してくれる。
 最近、そんなこの店で可愛い男の子をみることが増えてきた。見た目は小学校低学年くらいだろうか。そんな小さな子が1人で喫茶店にいることに最初は驚いたが、店長の知り合いなのか、いつもカウンター席で美味しそうにレモンパイを口いっぱいに頬張っている。レモンパイを食べる時の、なんともいえない幸せそうな顔は、見ている私まで温かな気持ちにさせられてしまう。

 今日も今日とて癒しを求めて喫茶店にくると、例の少年に会うことができた。しかし、今日は1人ではなく、連れの人がいるようで、いつものカウンターではなく、テーブル席に座っていた。彼らの座っているテーブルを横目に、いつものテーブル(彼らの後にあたる席だ)に腰をかけて、ブレンドを注文する。席は違えど、今日も少年はレモンパイを食べているようだった。よっぽど好きなんだなあ。
 それにしても、少年と一緒にいる男の人は一体誰だろう。見た感じ、兄弟と言うには年が離れすぎているようにも思うし、親子というにも違和感がある(若いお父さんかもしれないが、顔立ちが全然違うし、親子という雰囲気でもない)。友達、ともまた違うだろうし、一体2人はどういう関係なんだろう。それにしても、黒いニット帽をかぶり、黒っぽい服を着た彼の脚の長さが尋常じゃない気がするんだが、日本人だろうか。身体に対しての顔に比率がおかしすぎる、握りこぶしくらいしか顔がないんじゃなかろうか。ひぃぃ、なんというイケメン、ありがとうございます。

「話ってなあに、赤井さん。」
「もうボウヤくらいしか相談できる相手がいなくてね。ちょっと困ってしまっているんだ。」
「どうしたの?」

 これはまた意外なことに、ニット帽の彼(赤井さんというらしい)が少年に相談事を持ちかけているようだ。隣の席の会話を盗み聞くなんてマナーが悪いかとは思うが、聞こうとしなくても、この距離であの音量で話しをしていると聞こえてきてしまうから仕方がない。それにしても、大の大人が子供に相談とは、一体なんだろうか。
 本来の目的であった、読みかけの小説を広げたところで、注文したブレンドが運ばれてきた。うーん、いつもいい香りだ。

「彼のことなんだが…」
「彼って、安室さん?」
「そう、いや、最近仕事で彼を見かけることが多いんだが、どうもずっと見られているような気がして仕方がないんだ。」
「まだ睨みつけられてるの?和解したって言ってなかったっけ?」
「いや、睨みつけるとも違ってだな。なんというか、俺の方から彼を見るとサッと目を反らしてしまうくせに、俺が目線を外すとまた此方を見ているようなんだ。」
「ううー…ん。」

 どうやら赤井さんは、安室さんという方と喧嘩をして、和解をしたにも関わらず、まだ安室さんから怪しげな視線をもらっているようだ。確かにそれは気になる。
 ただ、自分から視線を合わせようとすると反らされて、でも相手からはずっと見つめられているなんて、今読んでいる小説の登場人物も同じことをしていた。恋する相手をじっと見つめて、でも目が合うと恥ずかしい、ってやつだ。まあ、赤井さん達の場合はどちらも男性のようだし、これには当てはまらないだろうが。
 なぜ赤井さんが少年に相談しているかは分からないが、どうやら相当まいっているようだった。

「俺はまた安室君の気に障ることをしてしまったのだろうか。自分で言うのもなんだが、友好的な関係を築いていけていると思っていたのだが。」
「まあ、殺す殺すって言いながら赤井さんを追いかけまわしていたくらいだからね、安室さんもまだ何か思うところがあるのかもしれないよ。もしかしたら、関係性の変化に戸惑っているのかもしれない。」
「なるほど。確かに安室君には何度も仕掛けられたからな、肋骨を折られた時もあったな。」

 思ったより赤井さんと安室さんの喧嘩は激しかったようだ。安室さんには殺すと宣言され、肋骨まで折られたなんて、ちょっと普通じゃない。赤井さん、今はまったくそうは見えなかったけど、若い時はヤンチャしていたタイプなんだろうか。校舎裏で20対1とかで喧嘩してたような部類の人なのかもしれない。
 これは、思ったより関わりたくない話だなあ。それにしても、それをなんで小学生に相談しているんだろう。謎だ…。





 今日は出先から直帰していいとのことで、ルンルン気分でいつもの喫茶店に足を運ぶ。いつもは夕飯のことを考えてブレンドしか頼まないが、一度でいいから少年の食べているレモンパイを食べてみたかったのだ。今日は、時間的にも丁度3時のおやつだ。念願のレモンパイを食べることができる!
 扉を開けると、チリン、と喫茶店のドアベルが鳴り、空調の効いた快適な空気が中から流れ出てくる。自分の気持ちを映すかのように、ドアベルの音すら少し弾んで聞こえるから不思議なものだ。
 ふと見ると、今日も赤井さんと少年が前と同じ席に座っていた。そういえば、前回出会ったときから2週間程経つが、えーっと、新井さん?とは仲直りできたのだろうか。今日は結構前から話しこんでいたのか、私が席に着くころには話が盛り上がっている様子だった。

「今度2人で食事をしようと誘われたんだ。」
「えっ!!危ないよ!きっと罠だよ!」
「やはりそうなんだろうか。」
「それって安室さんが誘ってきたってことでしょう!?日時や場所の指定はあったの?」
「ああ、それが明日なんだ。」
「明日だって!?!?」

 わざと近々の約束をとりつけることで、こちらが準備する時間を与えなかったんだ。しかも、場所まで相手の指定となると、そんなものは敵の懐に飛び込んでいくようなものだ。と少年は力説しているが、2人で食事に行くという行為はそんなに危険なものだっただろうか。罠ってなに、その店に何が仕掛けられているというのだ。
 安室さん(新井さんではなかった)という人は、一体どういう人なんだろうか。この前はやたらと赤井さんを見つめ、そして今度は食事に誘うなんて、普通に考えたらただ赤井さんと仲良くなりたいだけの人なのだが…。ここまで2人に警戒心を抱かせるなんて、安室さんには前科でもあるのだろうか、詐欺的なやつの。
 だが、「他の人と行く予定だったが、相手の都合がつかなくなったから」なんて言って赤井さんを誘うだなんて、まるで、初めての彼女をゲットしようと奔走している男子高校生のような誘い文句だ。前回の話では、相手と目を合わすのを恥ずかしがる恋に恋する女子中学生で、今回は男子高校生。詐欺師というよりは、純粋なピュアボーイ的なイメージを持ってしまう。うーん、どんな人だか、是非会ってみたい。

「赤井さん気をつけて。いざという時に助けに入る準備をしておこうか?」
「いや、どうも正装をしないと入れない場所のようなんだ。」
「なんだって…!クソッ!外からは手出しできない場所だと…!」
「ボウヤ、落ち着いてくれ。彼もそんな無茶はしないだろう。いざとなったら俺一人でもどうにでもしてみせるよ。」
「…くれぐれも、気をつけて。」

 あれ、おかしいな。2人で食事に行くって話だったはずだったのに、いつの間に赤井さんは戦場へ向かう戦士になったんだろう。…ちょっと本当に、安室さんってなんなの…。





 赤井さんが安室さんと食事に行くという話を聞いてからというもの、私は今までより頻繁に喫茶店に足を運ぶようになってしまった。2人がどうなったのか、そして、赤井さんは無事に帰還できたのかが気になって仕方がないのだ。赤井さんと少年がいつこの店に来るかは分からないし、もう来ないかもしれないけれど、もしかしたら今日は店に来て、前の続きを聞けるかもしれないと思うと、仕事が終わると小走りで向かってしまう。店長なんて、私に注文を聞きに来る前に、ブレンドとプレーンクッキーを席に持ってきてくれるようになってしまった。まあ、2人には会えずとも美味しいものを食べて素敵な時間を過ごせるので、無駄足というわけではないのだが。
 今日は2人に会えますように、そんな思いを込めて店の扉を開けると、待ち望んでいた人達がいつもの席に座っていた。――やった!今日は当たりだ!

「それで、何もなく帰ってきたの?」
「ああ、普通に料理を食べて、普通に酒を飲んで、普通に会話をして、そしてお互いタクシーで帰った。」
「んー…。まさか無いとは思うけど、料理になにか仕込まれていたとか。」
「それは無いだろう。身体に異変はなかった。」
「というか、どういう場所だったの?正装が必要だなんて、パーティーかなにか?」
「いや、東都タワーが目の前に見える、夜景が綺麗な、そうだな、デートとして使われそうなイタリアンだったよ。料理はとても美味しくて、ああ、店のロゴになにかの花が…ゼラニウムと言ったかな?それが刺繍してあったよ。」
「ゼラニウム…!花言葉は、『疑い』だよ。」
「……安室君は、まだ俺のことを信頼してくれていないのだろうか。」

 え、えええええ、ちょっと待ってちょっと待って。東都タワーが一望できる夜景の綺麗なイタリアンって、それ、予約は半年待ちとも言われるあの店じゃないのだろうか。どこかで修業をつんだ有名なシェフがやっている、一般市民にはなかなか手の届かない料金設定だったはずだ。というか少年よ、ゼラニウムの花言葉にそんな物騒なモノがあるのかは知らないが、前にテレビでその店の特集をしていた時には、たしか「あなたがいるから私は幸せです」みたいなこと言ってた気がするんだけどもええええ。
 そんな店で料理になにか仕込んであるとかあり得ないし、なんならその安室さんの友達が急にキャンセルしたなんて話もあり得ない気がしてきた。そんな希少価値の高い店に行けるチャンスをふいにするなんて、親が危篤とかそういったレベルの話になってくるし、もともと安室さんは誰と行く予定だったのかも気になる。あの店は、彼女にプロポーズするために予約していたと言われても、なんの違和感もないどころか、友達同士でふらっと行くと言われた方が違和感がある店だぞ。

「席が窓際でな。」
「まさか!」
「狙撃で狙われているのかとも思ったが、見る限りそういったポイントになりそうな建物は見当たらなくてな。彼は一体何を考えているのやら。」

 ちょっと待って狙撃とか何ソレえええ。ねえほんと、安室さんって普通に赤井さんのこと好きなんじゃないのかな。もう男同士とか関係ないよ、安室さん頑張ってるじゃん、最初は目も合わせられなかったのに思い切って食事に誘ったんだよ、赤井さんをさ!めっちゃ距離縮めようとしてるじゃん!まあ、最初にチョイスしたのがあの店と考えると、いきなりハードル上げすぎの気はしなくもないけど、安室さんにとって赤井さんを誘うってそこまで勇気のいることだったんじゃないかな。
 おっと…いけない、勝手に安室さんが赤井さんを好きなこと前提で話を進めているけど、直接安室さんと関わっている赤井さんが何も感じていない(命の危険は感じているのか?)のだから、軽率にそうと決めつけるのはよくな…

「今度は俺の家に来たい、と。」
「盗聴器でも仕掛けるつもりなのかな…一体、なんの情報を狙って…。」

 いやもう、これ安室さん赤井さんに惚れてるわ。





 あれからも、ふとした時に赤井さんと安室さんについて考えているのだが、やはりどう考えても安室さんは赤井さんにアプローチしているとしか思えない。こんな、ちょこっと話を聞いただけの私ですらそう思うのに、なぜ赤井さんはその可能性にまったく気がつかないのだろうと考えると、どう考えてもあの少年が話をややこしくしているように思うのは気のせいだろうか。
 やれ罠だ、やれ毒だ、やれ盗聴器だと、一体どこのスパイ映画だという話を真面目な顔をして言っているのだ。安室さんと言う人は、もしかしたらあの少年になにか、そういった、イタズラ的なことをしたことがあるのだろうか…それとも、本当にただ映画の影響を受けているだけか。それにしては、赤井さんが少年の話を信じ切っているのがおかしな話になってくる。ううーん、どう考えても何かがおかしい。安室さんは、ますますどんな人なのか気になる。謎は深まるばかりだ。

 また今日も、自然と脚が喫茶店に向いていた。もう、あの2人の今後が気になって夜も眠れない。
 いつも通りドアベルを鳴らして店に入ると、今日は、あの少年はいるのだが、一緒に座っているのが赤井さんではなかった。明るい髪色をして眼鏡をかけている、物腰柔らかそうな青年だ。この人は一体…というより、少年は年上の友達(?)が多すぎやしないだろうか。この子に同世代の友達はいるのだろうか。

「それでどうしたの?」
「いやあ、どうせ自炊してないんでしょうと言いながら、手作りのお惣菜やお菓子を私にプレゼントしてくれるんですよ。」
「…ちなみに、それを食べて身体の不調を訴えたことは?」
「ないですね。どれも私好みの味で、とても美味しいです。」

 どうやら彼も、少年に恋愛相談をしているようだ。彼の方は平和的で、相手から手作り料理でアプローチされている、と、ふむふむ、少年から毒殺のような話が出たことは聞かなかったことにしよう。
 というより、少年が赤井さんと安室さんをややこしくしていると思っていたが、こうも色々な人から相談を持ちかけられるなんて、少年は一体何者なんだろう。もしかすると、私の推理が外れていて、少年は恋愛マスターかなにかなのだろうか。いや、そう考えると安室さんが赤井さんを抹殺しようとしているという少年の推理が正しいことになってしまう。いや、でも。

「一体、私のことをどう思って、色々なものを頂けるんでしょうか…。」

 この優しそうな青年が、真剣に少年に相談を持ちかけているのには、それなりの理由があるはずだ。あああ、わからない。赤井さんとか安室さんとかより、この少年がわからない。可愛い顔してレモンパイを頬張る、無害で無邪気な小学生だと油断していたが、まず考えるべきはこの少年についてだったのかもしれない。…ああ、ちょっともう頭がパンクしそうだから、今日は一旦帰ろう。そしてよく寝よう。そうしよう…。





 そこから仕事が忙しくなった私は、しばらく喫茶店に通うことができなかった。赤井さんと安室さんのことが気にはなるのだが、それ以上に次から次へと沸いてくる仕事の数に追われて、他人を思いやるどころではなかったというのが正直なところだ。
 そんなこんなで地獄のような2週間を耐え抜き、もう、赤井さんとか安室さんとか少年とかはどうでもよくて、ただただ、あの店に癒されたかった。ヨロヨロとした足取りで店の扉を開け、今日は奮発してプリンパフェを食べよう、自分へのご褒美だ、と心に決める。
 席につくと店長が来て、久しぶりだね疲れた顔をしているよ、なんて声をかけて注文をとってくれた。ゆっくりしていってね、と自分を気遣う優しい言葉をかけてもらい、それだけでも、疲れが抜けていくのが分かった。ああ、やっぱりここの店好きだなあ、とほっこりした気持ちになる。そして…気づいてはいたのだが、例によって赤井さんと少年もいつもの席にいて…

「この前はついに、次は家に泊まりたいと言われて」
「大変だ!!!ついにハニトラで攻めてきやがった!!!」

 もう、深く考えることはやめた。プリンパフェはやく来ないかなあ。

2017年10月27日
第3回BLove小説・漫画コンテスト結果発表!
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