安室×未完成な赤井秀一



【降谷編】

 長年追いかけていた組織が壊滅し、それに伴い秘密裏に共闘していた各組織が公式な場で初めて顔合わせする時がきた。公安、FBI、CIA、DGSE、FSB…。組織に潜入していた頃に顔を見たことがある連中がチラホラいたが、今日だけは皆堅苦しいスーツに身を包み、どこか緊張した面持ちだった。
 我がFBIもジェイムズを筆頭に正装している。俺達が会議室の扉を開いた瞬間、日本警察が一斉に振り向き緊張していたのには少し笑えたが、まぁ、日本で勝手気まましていた俺達が悪いとは言え、一時は命のやりとりとした相手とこうして隣同士で並んで大人しく座ると言うのはなんとも言えない気持ちだ。
 バーボンこと降谷君は、組織が壊滅する最後の最後まで潜入していた捜査官の1人として、そして、壊滅作戦の指揮をとったものとしても十分な働きをしており、その働きの通りに会議室の一番前の席でこちらを向いて堂々とした風貌で座っていた。途中離脱した一捜査官である俺が皆と揃って長机に座っているのを考えると、天と地ほどの差があるように感じてしまう。

 会議が終わると、降谷君がコチラに向かって声をかけてきた。彼が近付くにつれ、俺と彼の確執をしっている公安とFBIのメンバーがぴりつくのを肌で感じる。
 今まで部屋の前で話をしていた降谷君が俺の目の前までくると、彼のブルーの瞳がじっと俺を射抜いた。なかなか話を切り出そうとしない彼に対して、一体何の話でも?なんて口を開こうとしたその時。

「…フルヤ!!!」

 凄い勢いの右ストレートが俺の左頬にめり込んだ。まさか殴りかかられるとは思っておらず2・3歩後によろめく。
 ジョディ達が降谷君に対して非難めいた言葉を浴びせ、降谷君は降谷君で焦った公安の仲間に取り押さえられている。

「降谷さん!」
「離せ、分かっているよ。」
「ちょっとフルヤ!どういうこと!!この件に関しては各組織で手を組むと正式に決定したはずだわ!!」
「ああ、わかっていますよ。だから会議の間は手をださなかったでしょう。オイ、赤井。さっきのはもう会議も終わったあとだから完全にプライベートだ。」
「そんな勝手な言い分が通るとでも…!」
「よせジョディ。ああ、いや強烈なパンチだったよ。さて、君はプライベートで俺に殴りかかってきて、一体何がしたいのかな?」
「…チッ!そうだな、個人的にお前と話がある。今夜20時、お前が俺と話す気があるのならば、あの場所に来い。」





 その日の夜、俺は言われた通りあの場所とやらに来ていた。スコッチが死んだビルだ。
 俺がそこに到着した時には彼はもう来ており、スコッチが最後にいたあの場所に花を供え、手を合わせていた。彼が立ちあがり、こちらを振り返った時に、俺も持って来ていた花を供えていいか尋ねた。

「はあ?僕の許可なんて必要ないでしょう。貴方がスコッチに用意したものなら供えてやればいい。」

 花を置いて、煙草に火をつけて降谷君と向き合う。夜のこの場所は、さえぎるものがない冷たい風にさらされ、決して過ごしやすい空間とは言えなかった。

「頬は痛みますか。」
「まあな。」
「そうですか。」
「……なあ、降谷君、」
「赤井秀一、なんで俺がお前のことを嫌いか分かるか?」
「…スコッチのことだろう。」
「それ以前から、それこそ出会った瞬間から僕は貴方を嫌いでしたよ。」
「でも決定打はそれだろう。俺がスコッチに自殺をさせたこと…前にも言ったが、彼のことは悪かったと思っている。でも、組織が壊滅した今、できれば君とはいがみ合いたくない。」
「…」
「俺は、君のことを尊敬するに値する人物だと思っている。潜入中の立ちまわりといい、仕事の手際といい、君ほど優秀な男をみたことがない。だから、」
「俺はお前のことやっぱり嫌いだよ。」
「降谷君、」
「スコッチのことは悪かった、だ?なんでお前はその言葉自体が許せないって分からないんだろうな。」
「スコッチは君の」
「ええ、スコッチは僕の友でした。だからなんです?スコッチがNOCだとばれたのはスコッチ自身の責任でしょう。まあ、強いて言うならそのバックにいた日本警察の責任とも言えるかもしれませんが、どっちにしろお前が悪いことなんて何1つないはずだ。お前、ずっと何に対して謝ってるんだ?それに、もし俺がお前の立場で、お前の友がNOCだとバレて追っていたなら、俺なら躊躇いなく殺していたし、今だってお前に謝りはしない。その謝罪は、スコッチと俺に対する侮辱だ。」
「そんなつもりは」
「ないとでもいうか?ああ、そうだろうな、お前はそんなつもり無いだろうよ。宮野明美が死んだのも、スコッチが死んだのも、心の底から自分のせいだと思ってるんだろ?とんだ偽善者だよ。ほんと、お前何様のつもりなんだよ。」
「…」
「昼に俺が殴りかかったのだって、どうしてやり返さない?あんなもん、どう考えても理不尽な暴力だ。なんなら訴えてみろよ、お前絶対に勝てるぞ。」
「降谷君…俺は君とは争いたくないんだ。」
「争いたくない?お前が仲良くしたい相手ってのは、全員お前が守らないといけない程弱いやつばっかりなのか?お前と和解して手を組もうと思ったら、お前に守らなければいけなくなるのか?そんなの俺はごめんだ。お前に守られるなんて考えただけで最低の気分だ。」
「降谷君、話をしよう。話を聞いてくれないか。」
「今のお前と話すことなんて何もない。考えろ、赤井秀一、俺がお前を嫌いなわけを。」

 それが分かったら、改めて連絡を寄こせ。そう言ってカンカンと音を響かせて階段を下りていった彼の背中を、俺はただ黙って見ていた。





 俺は偽善者なのだろうか。人を守りたいと思うことのなにがいけないのだろう。降谷君と話しをしてから、ふと考えることが増えた。
 目を閉じると、以前FBIの任務で大きな傷を負った女の子が浮かんでくる。痛い痛いと泣き叫び、その子の母親も小さな身体を抱きしめてゴメンと涙を零している。ジョディも守れなかった、悔しいと歯を食いしばって…俺はもう、誰であってもそんな姿はもう見たくないし、悲しい思いはさせたくないのだ。
 勿論、降谷君だって守りたい者の1人だ。誰が好き好んで知り合いに悲しい思いをさせたいと思うだろうか。
 
俺はこれからも、俺の手の届く全てを守ってみせる。これは俺の信念だ。誰に否定されてもやめる気はない。もしそれが偽善だと言われようと、貫いてみせる。





それからも、各組織で顔を合わせる会議が何度もあった。降谷君が俺に殴りかかってきたことを知っているメンツは俺と彼が顔を合わせるたびに警戒していたが、あれ以降彼からの接触はない。
 それどころか、彼はまるで俺がその場にいないかのように振る舞った。話すこともなければ、目が合うこともない。俺だけが彼を見ているようでとても居心地が悪かった。

 そして、降谷君とついに話すこともなく俺達FBIは日本から撤退した。と言っても、組織の後処理諸々のためこれからも日本には頻繁に行かなければならないし、俺の場合は家族もあちらにいる。現時点で、FBIとして日本を撤退した後で2回はあちらに足を運んでいる。まあ、その間、彼の姿を見たことはなかったが…。
 ただ、アメリカに帰ってきたあたりから、例の女の子がよく夢に出てくるようになった。彼女はずっと泣いていて、俺がいくら声をかけても聞こえてはいないようで痛い痛いと叫ぶのだ。ただ泣く姿ずっと見つめることしかできない俺は、いつしか、早くこの夢から覚めるようにと祈りながらその子の姿を見るようになっていった。





 FBI本部で仕事をしていたある日、キャメルが嬉しそうな顔をして事務所に飛び込んできた。

「どうしたのよキャメル、騒がしくして…」
「ジョディさん!聞いてくださいよ!!」
「なに、どうしたの?」
「以前、6丁目のカフェで立てこもり事件があったの覚えていますか?確か、ジョディさんその時はもう入職してましたよね?」
「それってもしかして、1人の怪我人がでたやつ?犯人の動機は確か職を失って自暴自棄になって―…っていう。」
「そうそう、それなんですけどね、さっきここに帰ってこようとしたら偶然その時の女の子だっていう人に会って」
「ええっ!元気にしていた?」
「はいっ!それで、俺に向かって『あの時は皆さんに助けてもらったから、私も将来はFBIに入って人を助けたい』なんて言うんですよ。なんかもう嬉しくって!」
「へえ…あの子がそんなことを。」

 最近夢の中で一方的によく会っていた女の子が、そんなことを言っているなんて意外だった。俺の夢の中では毎日のように痛いと言っては泣いているのに、実際の彼女は将来の夢にFBIなんてものを掲げてくれているようだ。毎晩のように泣く夢の中の彼女にもその前向きな姿勢を分けてもらいたいくらいだ。

「FBIになりたい、と言ったらジョディの年下の彼も」
「ええっ!なんで知ってるのよオリヴィア!」
「むふ、私の情報網をなめてもらっちゃあ困るわ!でも詳しい話も聞きたいからジョディ、貴女今日のディナーは覚悟しなさい。」
「珍しく奢りなんて言うと思ったら…!」

 そうか、ジョディにも新しい男ができたのか。…へぇ。先日の事件の報告書を仕上げながら、なんとなしに皆の話に耳を傾ける。ジョディは真っ赤な顔をしてオリヴィアに掴みかかっており、そろそろジェイムズの小言が始まりそうだ。
 結婚を前提にだって!なんて話がはずんでいるが、そうか、ジョディも結婚してもおかしくはない年齢だからな。両親の仇もとれ、そういうことを考えだす頃か。………。

 なぜだか、その日俺は無性に降谷君の声が聞きたいと思った。時差を考えると、日本は早朝、忙しい彼のことだからもう起きているかまだ起きているかの可能性はあるが、一般的には寝ていてもおかしくない時間だ。
 3コール、それだけ鳴らして出なかったら切ろう。そう決めてアドレス帳から彼の名前を呼びだしてタップする。呼び出し音が鳴り始めると何故か、まるで恋でもしているかのように胸が高鳴った。1・2・

「なんだ」
「…降谷君、久しぶ」
「なんだ赤井秀一、要件を言え。」
「要件ってほどの要件はないのだが…なんとなく君の声が聞きたくなったと言ったら笑うか?」
「ふうん…貴方、次に来日するのはいつですか?」
「来月の3日だ。」
「その時会いましょう。」





 そして、約束通り来日したその日に俺は降谷君の自宅にいた。まあ、これもどこかのセーフハウスかもしれないが、それは分からない。
 日本についてスマホを確認すると、住所と部屋番号だけが書いたメールが届いていたので、空港からその足でここに来たのだ。インターフォンを押すと、なんの応答もなくオートロックのドアが開いたので、奥に進みエレベーターで10のボタンを押す。オートマティックに動くエレベータ―の中で、なんだかどこに繋がるかわからない洞窟の中を進んでいるような気分になったが、なんてことはない。部屋の前に辿りつく丁度そのタイミングで開いたドアからは、いつもと変わらない降谷君と生理整頓された綺麗な部屋が待っていた。
 案内されたリビングのソファに腰掛けると、彼はその正面にダイニングの椅子を運んできてそれに座った。

「すみませんね、仕事柄外食はあまりしていないので家に来てもらうことになってしまって。」
「いや、君と話が出来たらどこだっていいんだ。」
「それで、」
「ん?」
「それで、この前の答えは分かったのか。」

 降谷君はにこりともせず、淡々と俺に問いかける。
 この前の問…彼が俺を嫌いな理由。

「俺は、偽善者と言われようと、俺自身の生き方を変えるつもりはない。手が届く範囲のものはすべて守りたいし、やっぱり君だって守りたいものの1人に入っている。」
「ああ」
「それを、君をみくびっていると捕えられたのならそれは俺の言葉不足だ、謝ろう。俺は決して君を軽視してこういうことを言っているんじゃない。君のことは本当に尊敬して」
「不正解だ。」
「なんっ…」
「なんだ、突然電話がかかってきたから少しは期待したのに、貴方何一つわかってませんね。」
「……降谷君、すまない。もう君が何を意図しているのかさっぱり分からない。教えてはくれないだろうか。」
「スコッチ」
「?」
「スコッチのこと、今でも悪いと思ってます?」
「ああ、…いや」
「アイツのこと確かにお前はあの場所で唯一守れる立ち位置にいたのかもしれない。でも、それとお前がスコッチを守らなければいけないということとは話が違う。スコッチは誇りを貫いて自殺という道を選んだ。違うか?」
「しかし、死ぬ必要もなかっただろう。」
「結果論はな。あの場に来たのが俺だったからそう思うだけで、組織の他のメンバーだったとしたらどうだ?あそこでスコッチを生かすという選択肢はなかったはずだ。」
「…」
「お前はさ、自分が皆を守ってるとでも思ってるみたいだけど、自分が思う程大した人間じゃないんだよ。お前は結局、守っていると思っていた人が自分を置いていくのが寂しいだけだ。スコッチも宮野明美も…もしかしたらそれ以外も何か検討がつく人でもいるかもしれないな。…お前の自分勝手なそんな思いに、俺やスコッチを巻き込むな!」

 バン!とテーブルを叩いて荒々しく席を立った彼を俺は黙って見ていた。寂しいだけ、とは。
 ぼうっと歩いて行く背中を目で追っていると、キッチンに入った彼は1分も立たないうちにこちらに戻ってきた。その手には、以前俺が好んで飲んでいた銘柄のスコッチウイスキーが握られている。

「貴方が、ちょっとでも答えに近づいてたらスコッチ、一緒に飲もうと思ってましたけど、今はまだ飲めそうにありませんね。」

 先ほど燃えるような目をして俺に詰めよっていた彼からは想像できない程に優しく、ゆっくりとそれをテーブルに置き、まるで我が子を愛でるかのような柔らかな目をしてその琥珀色を見つめながら彼はするりとボトルを撫でた。

「ところで貴方、今日の宿は決まっているんですか?」
「いや、これから適当なところでも…」
「はあ?今日飛び込みは無理ですよ。東都で人気グループのコンサートがあるからってホテルはどこもいっぱいです。」
「そうだったのか。」
「はぁ…泊まっていってください。シャワーとソファくらいは貸しますよ。」

 その後、彼の言葉通りシャワーを借りてリビングに戻ってくると、さっきまで俺が座っていたソファの上に乱雑にブランケットが置かれていた。「乾燥するのが嫌なので暖房は消します」なんて言ったのだからもう少し厚めの毛布の方がありがたいとは思ったが、言ってもどうせ用意はしてくれないだろう。宿を提供してくれているだけありがたいと思おう。

 ソファに寝そべると、脚は少し飛び出るが一応はゆっくり身体を休めることはできそうだった。たしか、自分がライで彼がバーボンだった頃もこんなことがあった。バーボンと2人で任務をしたあと不運にも雨に降られ、2人して一番近いセーフハウスに飛び込んだのだ。順々にシャワーを浴び、さて寝ようとなったとき、彼は当然のようにベッドを使った。俺もそれなりに疲れていたので近くの別のセーフハウスに向かいベッドで寝ようとしたが、「なんですか、僕が追い出したみたいに思われるでしょう」と良く分からない理屈を通されて、結局は狭いソファで寝ることになったのだ。まあ、その時のソファとここのソファでは寝心地が全く違うので比較にもならないかもしれないが。
 そう、それで確か、ギシギシと軋む硬いソファで碌に眠ることもできずにぼんやりとしていたら、あれはもう深夜と言って良い時間だっただろうか。別任務で動いていたはずのスコッチがベロベロに酔っぱらってその家に入ってきたんだった。

「あーっ!!!ライ!丁度良かった!!!」

 夜だと言うのに俺の姿をみて大きな声でそう叫んだスコッチは、俺の寝ていたソファの傍らまで来て床に座り込んで、バンバンと俺を叩きながら弾丸のように喋りだしたのだ。

 いやさぁ、今日はあの代議士の身辺調査だって言ってたじゃん?ほら、前3人で接触したの、覚えてる?そう、それでさ、アイツめっちゃ美人の娘いただろ、おっぱいと目が大きい子。今日はなんとかその子と会う約束取り付けてさぁ、まあまあ良い感じのイタリアンなんかに言って来たわけ!まあ、こっちとしては、そこまで行ったら情報はもちろんだけどあわよくばって思うだろ?あのおっぱいを一回くらい生で拝みたいって思うだろ!え?またまたーそんな強がらなくていいって!!
 ん?ああ、まあその子とは結構会話も弾んで、だいたい聞きたいことは喋ってくれたけど、まあ確実に親父の方はアウトだな。厄介なもんにまで手を出してるから、俺らが動かなくてもその内誰かに消され―…じゃなくて!そんな話はどうでもいいんだよ!あの子さ、酷いんだぜ!色々楽しく喋ってると思ってても、隙あらばお前の、ライの話ばっかしてんの!「以前一緒にいらした長髪の方はお知合いなの?」「何をされている方なの?」「もしできるならもう一度お会いしたいわ」なんて!口を開けばライライライライ…!!切れ長の目で見つめられながら、あの男らしい腕に抱かれてみたい、って知るかよ!な!ほんとに!
 ざっくり胸元の開いたお綺麗なドレス着て柔らかそうなおっぱい出して、目の前で他の男のことばっかり言われる俺ってなんなの!?つうか、前もそうだったんだよ!覚えてるか?俺らが組んだ最初の任務で近づいたあの研究員の女!アイツも口を開けばライがライでライとライに…って、ライライ言ってんの!あー!思い出した!そう!俺がちょっと可愛いなって思った子は皆お前!口をそろえてお前がタイプだって言ってるわ!!半年前の真希ちゃんも…え、嘘だろ真希ちゃん覚えてないの?真希ちゃんだよ!おっぱい大き……っああそうだよ!おっぱい好きで何が悪い!男であれを嫌いなやつなんていないだろ!!

 一方的に喋るスコッチの姿を、あの時俺はどうやって聞いていたんだったか。
 ソファに寝たままだったか、それとも、面倒そうに煙草でもふかしながら聞いていたか…何も思い出せない。思い出せるのは、酒臭いスコッチが床に座り込んでギャーギャー騒いでいる姿だけだ。
 今なら、ちゃんと真面目にスコッチの話を聞いてやるのに。おっぱいが好きならアメリカの美人をいくらでも紹介するし、スコッチが狙う女が言い寄ってきたとしてもしっかりパスして渡してやる。アイツが嫌がった寒い日の任務は代わってやってもいいし、バーボンと喧嘩するのも控えるように努力する。だから、

「スコッチ…すまない、スコッチ…」

 え、ええーー!!なんで謝るんだよ!そんなんされたら俺余計にみじめじゃね?いいっていいって、真希ちゃんも今回の娘も正直そんなタイプでもなかったし!おっぱい大きいのがいいなってくらいで!
 だから謝んなって!いいのいいの、俺はもっと可愛くて料理上手で性格のいいおっぱい大きい子嫁さんをゲットするって決めてるから!お前も、変な女に引っかかんなよ?つうか、それ以前に変な任務でコロッといかないでくれよ!死ぬなよ!!

 そう言って馬鹿みたいに大笑いしたスコッチに向かって、「うるさいっ!!!何時だと思ってるんですか!?」というバーボンの怒鳴り声と凄い勢いで投げられた枕がクリーンヒットして、「ぐへっ」と間抜けな声を上げながらスコッチは倒れ込んだ。





「…い、あか……、赤井!」

 いつの間にか降谷君の家のソファで寝てしまっていたようだった。気がつくとすぐ目の前に降谷君の顔があった。ここまで近づかれるまで眠っていたなんて、時差ボケが今になって出ているのだろうか。
 とても懐かしい夢を見ていた。スコッチが元気で、馬鹿みたいに笑って、未来の話をする…優しくて悲しい夢だった。

「赤井、」
「っ」

 降谷君の手が自分の顔に近づいてきて、頬をなでられる。どうやら俺は泣いているようだ。涙をぬぐう彼の手が次から次への濡れてしまっている。なぜだろうか、悲しい訳でも辛いわけでもないのに、涙がボロボロと止まらない。
 降谷君は何も言わずに、ただただ涙をぬぐい続けてくれているが、彼のその瞳に映るのは心配ではなかった。俺の泣く姿をただ見ているだけ、そんな感じだ。

「スコッチのこと、」
「うん。」
「本当は助けられると思っていた、俺なら助けられると。」
「うん。」
「でも結果的には俺は何もできなかった、無力だった。守れられると思ったものが掌からこぼれ落ちていった瞬間、物凄い喪失感があったんだ。」
「うん。」
「明美だって、俺のせいで死んだようなものだ。俺が守ると誓ったのに、守るどころか危険に身を晒させた。」
「うん。」
「俺が守りたいと思ったものは、守れると驕ったものは、全部俺を置いていってしまう。自分の信念を貫いて死んだ、なんて綺麗事だ。誰だって死にたいやつなんていない。そんなのは、生きている俺たちが死者の死の理由付けをして自分自身をなぐさめているだけだ。」
「うん。」
「スコッチも明美も…、本当は俺が守ってやりたかったんだ…っ!」
「…赤井、泣くな赤井、こっちを見ろ。」

 頬に添えられていた褐色の手が力を持ち、無理やり顔を上げ彼と目を合わせられる。
 そして降谷君のブルーの瞳を見て、ぞっとした。それは、さっきまでの何も映していない虚無の瞳ではなかった。見ているだけで火傷しそうな、熱量を含んだ強い眼差し。ボロボロと落ちる涙の向こうで熱い瞳がこちらを見ている。じっと見つめ返すと、きゅっと目が細められ、ニヤリと口角が上がり、

「やっと落ちてきたな、赤井秀一。」

 そのまま、熱烈に唇に噛みつかれた。





 いつも冷静で余裕ぶった態度が気に入らなかった。赤井と最初に出会った時、俺はやりたくもない殺しだって形振りかまわずやって、なんとかして組織の上層部に食い込もうと必死だった。毎日毎日、必死で走りまわっていた。
 それなのに、ふと顔を上げると、常にライの背中がみえるのだ。こっちは必死で足を動かしているのに、ポケットに手を突っこんだまま、大きな歩幅でゆっくりと煙草をふかしながら歩くアイツにどうしても追いつけない。こんなことは人生で初めてだった。
 
 スコッチの件があり、ライが、赤井がNOCと判明して組織を追われて、そして赤井秀一が死亡したという知らせを受けた。

 勝ち逃げなんて許せないと思った、だから必死で探した。ちょっとでも手がかりがありそうな場所には何度もアイツの姿をして探りを入れに行った。ベルモットなんかは当初から俺の計画に呆れたような様子だったが、無理を言って何度も何度もあいつの格好をした。
 FBIの同僚達に会った時も、アイツの家族に会ったときも、アイツの死を裏付けるようなリアクションをみせられるだけで、大きな収穫がないなんてことはしょっちゅうだった。それでも諦めきれなかった、アイツの生存を。

 そして、遂に沖矢昴に辿りついた時には、歓喜で身体が震えた。今度こそアイツに勝てる、完膚なきまでに叩き潰してやれる!!そう息巻いて工藤邸に乗り込んだが、結果は完敗。アイツの余裕を崩すどころか、こっちが逆にしてやられた形をとってしまった。
 勿論、悔しかった。だがそれ以上に、赤井は死んで尚赤井秀一であり続けていたことに安心した。万が一にでも腑抜けられていたとしたら、潰し甲斐がないからだ。

 赤井秀一という男がとにかく気にいらない。存在しているだけで腹が立つ。
 アイツの余裕を切り崩したい、俺と同じ場所まで引きずり下ろして、泥水をすすって、必死になって走るアイツを見てみたい。
 それが今、己の腕の中で情けなくボロボロ涙をこぼしてスコッチ達を守りたかったと叫ぶのだ。

 ああ、赤井秀一、お前のこの姿をずっと見たかった―――。

 これでやっと同じ舞台に立てる。
 これでやっとコイツの手を握れる。
 これでやっと

「赤井秀一、お前が抱えてるもの半分寄こせ。一緒に抱えてやる。俺はお前を置いていかない。お前が俺から逃げたとしても、地の果てまでも追いかけてやる。だから、俺の手を取れ。」





 その日、2人はまるで何かの儀式を行っているかのようにスコッチウイスキーを飲み交わした。そして、降谷のセミダブルのベッドで、ただ抱きしめあって眠った。赤井は夢もみずにぐっすりと眠った。





 自分の腕の中で死んだように眠る赤井を見て、全身に甘いしびれが走った。赤井の抱き心地はごつごつしてて決して良くはない。だが、コイツから流れ出た涙の跡をみると、震えそうになる。
 今ここにいるのは、間違いなく生身の、1人の人間である赤井秀一だ。涙の跡がそれを証明しているかのようだった。
 どうしようもないことに悩み、囚われ、苦しみ、人並みに後悔もするし、悲しいと涙を零す。俺がみたかったのは、そういう人間らしいコイツだ。

 コイツが起きたら、2人揃ってスコッチの墓にでも行こうか。アイツが好きだったビールと日本酒でも持っていて、墓の前で飲むのもいいかもしれない。俺達が一緒に行ったら、きっとアイツはひっくり返って驚くだろが、きっと笑ってくれるだろう。「なんだよお前ら、やっと仲良くする気になったのか?もう俺はお前らのことかばってやれないんだから、人様に迷惑だけはかけんなよ!」とでも言ってくれるに違いない。

 ああ、スコッチ。お前の死の真相を赤井に問い詰めない俺を許してくれよ。いつかそっちに行く時には、面白い土産話でも沢山持って行ってやるから、今はまだ俺と赤井がこの世界でもがき、苦しみながら、必死で生きている様でも見守っていてくれ。

2017年12月28日
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