未完成な赤井秀一×明美



【明美編】

「どうしよう志保ぉ!」
「て言うかお姉ちゃんに怪我は!?無事なの!?!?」
「お姉ちゃんは大丈夫なんだけどさぁ…問題は相手の人だよぉ!人ひいちゃった!」

 少し抜けているところがあると心配していた姉から、半泣きで事故を起こしたと連絡があったときはコチラの心臓が止まりかけた。混乱しているのか要領を得ない話だったが、要は運転中に人をひいて今その人の付き添いで病院にいるようだ。相手はなんとか目も覚まして命に別条もなく、後遺症が残る怪我でもないようだが、お姉ちゃんが「病室から出ようとしたら名前聞かれちゃったよ!どうしよう!高額な治療費とか請求されたら!!」と言っていたのも気になるし、事故にあったというのに身内の1人も病院に駆けつけなかったというのも気になる。厄介な相手だったとしても組織の方がなんとかしてくれるだろうが、問題は組織の情報目当てにお姉ちゃんに近づいてきたスパイだった時だ。
 姉は比較的普通の生活をしているとは言っても、常に組織の監視がついている。だからこそ、私には言わないけれど、お姉ちゃんが組織の内情に詳しいんじゃないかと勘繰ったあまり良くない部類の人間が接触を図っているのだ。初めての親友だと嬉しそうに話をしていた相手が、敵対する組織の幹部の娘だったなんてこともあった。お姉ちゃんが大した情報を持っていないと知って手ひどく裏切って去っていったようだが、私の前では強がって何も言わなかったお姉ちゃんがどれだけ悲しい思いをしたのかと思うと殺してやりたい気持だった。お姉ちゃんが気になると言っていたバイト先の男が、実は組織にパイプを作って甘い汁を吸ってやろうと画策している下司野郎だったこともあった。お姉ちゃんの純粋な思いを踏みにじったアイツはちゃちな犯罪に手を染めてあっさり捕まったという話は風の噂で聞いたが、死のうが捕まろううがお姉ちゃんを悲しませた罪は償えない。
 今回の事故の男も、ただ単にお姉ちゃんに事故に巻き込まれた一般人ならばそれは申し訳ないと思うが、お姉ちゃんを傷つけるような相手ではないことを今は祈るしかない…。





「諸星さん、お加減はいかがですか?」
「もう痛みは無いし、あとは簡単な検査だけをしたら退院できるそうです。宮野さんこそ、そんな毎日お見舞いになんてこなくても…。」
「いえっ、元はと言えば私の不注意で怪我をさせてしまったので…すみません、お邪魔でしたか?」
「いや、事故についてはぼんやりしていた俺にも非があるので、50・50、お互い様ということにしておきましょう。」

 毎日諸星さんのお見舞いに行くのは、最初は勿論事故の負い目だった。フルーツを持っていったり、花を持っていったりして自分で言うのもなんだか、かなり甲斐甲斐しくお世話をした自覚がある(お節介かもしれないが)。
 ただ、途中からは諸星さんとお話がしたくて通っていたことは否定できない。諸星さんの仕事の話、諸星さんは海外暮らしが長いこと、私の大学での専攻、私の好きな食べ物や本の話…。

「へぇ〜!アメリカの大学を出てらっしゃるんですか!優秀なんだ…。」
「いや、俺より弟の方が優秀ですよ。アイツは幼い頃から、そうだな、ギフテットと言っていいかもしれないですね。それくらい優秀でした。だから俺は兄貴の体面を保つために必死でしたよ。」
「弟さんが…。」
「?」
「私にも優秀な妹がいるんです。まあ、私の方は姉の体面もどこへやら。今ではすっかり手の届かないところに行ってしまいましたね。」

 諸星さんは聞き上手で、ついつい色々と話し込んでしまうことが多かった。特に、優秀な弟がいるという話しを聞かされてからは、勝手ながら親近感に似た何かまで持つようになってしまった。
 私は、自分で言うのも悲しい話だが、壊滅的に男運がない。小学生の時の初恋の相手は隣のクラスの学年で一番可愛い女の子と付き合って、セオリー通り初恋は儚く散った。ただ、それだけで話が終わればまだ良かったのだが、その男の子は可愛い彼女が出来た途端にえらく高飛車になって、まるで自分が偉くなったかのように彼女を自慢してまわる姿を見せられて、幼いながらに酷く幻滅し、ショックを受けた。中学生の時に好きになった人とは付き合うことができたが、しばらくすると二股どころか五股をかけられていたことが発覚し、それを問い詰めると何故か逆上しこっぴどく振られた。高校生以降になると、組織関連で人が寄ってくることが多くなり、男性だけでなく女性に対しても人をすぐに信用できなくなった。
 だから、諸星さんに対しても警戒心は持っているつもりだ。
 でも、諸星さんはどこか今までの人とは違う気がする。もしかしたら、そうであってほしい私の願望がそうみせているだけかもしれないけれど、諸星さんは、真っすぐ私自身をみてくれている。そう感じるのだ。





「明日、退院がきまりました。」
「おめでとうございます…!良かった!」

 諸星さんの退院が決まって本当に良かったと思う反面、もう会う口実が無くなってしまったことを悲しく思う。また会いたい、とはとても言えない。元はと言えば私が事故を起こしたから諸星さんは入院生活なんて酷い目にあわされているわけで、私だったらそんな相手にまた会いたいとは思わない。
 でも、笑わないと。笑って退院を見届けて、きちんとサヨナラしないと。

「…そんな寂しそうな顔をしないでください。」
「えっ!いや、寂しいなんてそんな!退院が決まって本当に嬉しいですよ!」
「…なら、寂しいのは俺のほうでしょうか。俺は、これからも宮野さんにお会いしたいです。もし良ければ、また連絡を頂けると嬉しいのですが…。」
「えっ……れ!連絡なんてまどろっこしいことしなくても私だって諸星さんに会いたいです!そうだ、来週、来週のいつなら会えますか?私は火曜日と水曜日と…って、諸星さん…なに笑ってるんですか。」
「ククッ…いえ、これでも緊張して告白したつもりだったのですが、宮野さんが思ったより積極的で」
「だ、って!会いたいものは会いたいんですもん!!」

 くすくす笑う諸星さんの笑顔に、嘘はないと信じてもいいだろうか。





 それから、俺と明美の交際は順調にスタートした。明美は、組織の息がかかっているとは思えない程に普通の、どこにでもいる大学生といったような感じの女だった。ただ、完全に一般人と言えるかと問われればそうでもなく、警戒心はかなり強いように感じた。その証拠に、明美は妹の話を頻繁に出す割には、なかなかその核心を捕えるようなことは話さなかった。自宅の場所についても、最初は最寄駅だという駅まで送ることを許してはくれたら、別れてからじっと見ていると電車に乗りなおして数駅程戻った場所で改札を出ていたなんてこともあった。きっと、過去にも組織関連のことで色々あったのだろうと思わせるに十分な不審な動きと、こんな普通の女にそんなことをさせる組織には本当に反吐が出そうだった。
 
 その日も、海の見える場所に行きたいという明美の希望通りにドライブデートをしていた。車で流れる音楽を一緒に口ずさみながら海を眺めて喜ぶ姿に、自然と笑みがこぼれた。すると、ちょうど高速道路を下りたあたりで、珍しく明美の携帯に着信が入った。

「あっ」
「出てもいいぞ。緊急かもしれないからな。」
「ごめん大ちゃん、妹だわ。」

 明美は申し訳なさそうに、だが、どこか嬉しそうに電話に出た。この前、「滅多に妹からは連絡くれないの。ほんと、心配してるのはコッチだけなのかしら。」なんて愚痴をこぼしていたので、よほど妹からの電話が嬉しいのだろう。

「うん、うん、どうしたの急に。」
「…え?そうね、確かに食べたいとは言ったけど…お土産に?え?志保いまどこにいるの??」
「え!?なに!私も今丁度そこに来てるの!!うん!そう、前に話した諸星さんと!」

 どうやら、偶然にも妹がこの近くにきているようだ。確か、海に行きたいという理由も、妹と話していて海鮮が食べたくなったから、だったか。

「明美。」
「えっ、あ、いや、ちょっと待って!…ごめん大ちゃん。騒がしくしちゃって…。」
「いや、それはいいんだが、妹さんが近くにいるなら会いに寄るか?」
「でも、折角のデートなのに」
「デートはいつでもできるが、妹さんとは滅多に会えないんだろ?もしアチラの都合が良ければ会いに行けばいい。なんだったら、今日1日は君たちの運転手を勤めてもいいぞ。」
「…ありがとうっ!聞いてみるね!…ねえ志保!諸星さんがね……」

 そうして、組織への第一歩である明美の妹との、シェリーとの対面が思わぬタイミングで叶うこととなった。





「志保!おまたせ!」
「お姉ちゃん!…と、」
「諸星大だ。君のお姉さんとお付き合いさせてもらっている。」
「ふぅん。貴方が。」
「コラ、志保。ごめんね大ちゃん、この子愛想は良くないけど本当は凄く良い子なの。志保も、大ちゃんは大丈夫だから、ね。失礼な態度とっちゃダメよ。」
「いや、こちらこそ折角の姉妹水入らずに無粋に割って入る形になってしまって申し訳ない。もっとしっかりした場で妹さんには挨拶したかったのだが…。」
「そんな、無理言って連れてきてもらったのは私なんだから、大ちゃんは何も気にしないでいいのよ!」

 お姉ちゃんが車でひいて、そのままお付き合いすることになったという諸星大という男と初めて会ったが、どうにも私とお姉ちゃんの趣味は合わないらしい。私だったら、そんな胡散臭げな長髪をした目つきの悪い不健康そうな男はこっちからごめんだ。
 ただ、お姉ちゃんを見るソイツの目は、とても柔らかくて優しい。お姉ちゃんがアワアワしながら私とソイツを取り持とうと必死になっている姿を、そんな目をして見つめられたらツンケンしてるこっちが馬鹿みたいに思う程だ。

「妹さん、」
「志保」
「…志保さん」
「呼び捨てでいいわよ気持ち悪い。…貴方、お姉ちゃんのこと泣かせたら承知しないから。」
「……ああ、肝に銘じておくよ、志保。」
「こらーっ志保!また大ちゃんに偉そうな口きいて!!」





 そして、図らずしも志保と大ちゃんを会わせることになってから、どこをどう思ったのか志保は大ちゃんを一応は信用してくれたようだった。それまでは大ちゃんのことを胡散臭いや簡単に男を信じるなだ散々に言っていたのが嘘のように、「あの人ならまぁ、大丈夫じゃない?」というお墨付きまでもらって、私としては嬉しい限りだ。
 志保に認めてもらったということもあり、私は大ちゃんに組織のことを話すことを決めた。これはいつかは話さなければとずっと思っていたことではあるが、もうそろそろ大ちゃんに隠し事をするのに限界を感じたからだ。大ちゃんを好きになればなるほど、彼に隠し事をしているという事実が私自身を苦しめた。

突然の話に、大ちゃんは驚いたようだった。当然だ。今まで普通に付き合っていた女が、実は良く分からない組織の監視付きで、妹なんてその組織の重役だなんて、突拍子がないにも程がある。

「いいよ。こんな危ない女とは縁を切っても。今までも監視付きだったなんて、いまさら言われて気持ち悪かったでしょ?」
「明美…。」
「大ちゃんをこんな変なことに巻き込みたくないよ。…別れましょう?」
「…そんな顔をしているお前を置いて逃げ出すような男だと思われていたなら、そちらの方が俺はショックだ。」
「大ちゃん」
「君が何か隠していることは知っていた。勇気を出して話してくれたんだろ?ありがとう。…俺は君を守りたい。」
「…無理よ、組織からは逃げられないわ。」
「なら、俺がその組織に入ろう。そして、君と君の妹を守るよ。」
「そんな、」
「明美、俺を、惚れた女を1人残してさっさと逃げるようなマヌケな男にさせないでくれ。」

 真っすぐ私を見つめて、私と志保を守るといってくれた大ちゃんの言葉がどれだけ嬉しかったのか、きっと誰にも分からない。例えそれが偽りの言葉だったとしても、その言葉にすがりたいと、その言葉に騙されたいと思ってしまったのだ。

 そして大ちゃんは組織の仕事をするようになった。
 組織のことはほとんど教えてもらわないし、大ちゃんもソチラの話は私にはまったくしなかった。ただ、志保から、大ちゃんが組織の中でどんどん頭角を現してじきに幹部入りするなんて噂されているという話を教えてもらったくらいだ。
 私はそれを素直に喜べなかった。大ちゃんは、私たちを守るためにはまずは組織でも地位を得ないとと言って必死で頑張ってくれていたようだが、いつだか、夜にうなされているのに気付いてしまったことがある。唸るような声を出し、何かから自分を守るようにギュッと身体を丸めて苦しそうに息をする姿を最初に見た時はあまりに驚いて、すぐに大ちゃんを叩き起こしたものだ。それでも大ちゃんは「なにもない、心配かけたな。」と私に優しく声をかけてはくれるだけで、決して自分の辛さを教えてくれようとはしなかった…。

 順調に幹部入りしたあたりで、なにか大きな事件を解決?したらしく、更に大ちゃんの地位は上がったようだった。しかし、大ちゃんはその時からうなされる回数が目に見えて増えてきていた。心配して起こすしても、やはり「ありがとう」と微笑みかけてくれるだけで、私の聞きたい言葉は言ってくれない。
 大ちゃんは、忙しくなって私と会える時間が減ってきても、ちょっとした時間をみつけては会いに来てくれて、私を大切にしてくれた。それが、堪らなく幸せで、大ちゃんはまるで、私と志保を助けてくれる正義のヒーローのようだと思った。





 組織で仕事をすることに、なんの苦痛もなかったわけではない。FBIでの任務と同じようにスコープを覗き、引き金をひく。それは一緒だ。ただ、スコープの向こうにいるのが、殺されるほどでもない悪人だという点を除いては。
 なんの罪もないような一般市民を撃つことはさすがになかったが、殺す必要のない人間は何人も殺した。スコープ越しに血を噴出して倒れる相手をみて、吐きそうな最悪な気分になったのは、ここに来てから初めての体験だった。
 組織での腹の探り合いはスリルがあって楽しいが、常にライを演じ続けるのに疲れる時だって勿論あった。そんな時、俺の心の支えになっていたのは、間違いなく明美という存在だ。
 明美には、かなり無理を言って困らせたこともある。任務が終わった夜中の2時、急に連絡をいれてどうしても会いたいと言って部屋に上がり込んだことすらあった。そんな時もアイツは、「仕方ないなぁ」と言いながら、まったく困った様子もなく受け入れてくれるのだ。明美が下手くそな鼻歌を歌いながら料理を作ってくれているのをソファに座って待つ時間は、なによりも俺の癒しになっていった。
 明美と共に過ごす時間で、明美と明美の妹を守ること、ジョディの仇、FBIの仲間…自分がそのすべてを背負ってここに立っているということを再確認し、それを原動力に変えていた。

 そして、とうとうこの日が来た。明日は、FBIの仲間を引き連れてジンを捕える、勝負の日だ。
明美にも本当のことを言わなければならない。騙していたのかと罵られるだろうか、いや、酷いと泣かれるかもしれない。何を言われても覚悟をしなければ。そう決意して俺は明美に全てを打ち明けた。…明美の反応は、考えていたどれとも違うものだった。

「お前知っていたな?知っていてなぜ俺から離れない!?お前を利用していたんだぞ!!」





 ああ、知っていた。気付いていた。
 大ちゃんは酷い女だと言うかもしれないけれど、そういう意味では最初から貴方のことを信じていなかったのかもしれない。でも、あまりに貴方が私を真っすぐ見つめてくれるから、そこに希望をみてしまったのだ。もしかしたら、嘘で塗り固められた関係だとしても私に囁いてくれた会いの言葉だけは本物なんじゃないか、と。
 大ちゃんのことをずっとヒーローのようだと思っていた。やっぱり、悪い奴らをやっつける正義のヒーローだった。でも、最後まで私だけのヒーローにはなってくれなかった。
 いますぐ私を連れて逃げてと縋ってしまいたい。でも、大ちゃんは一緒に逃げようとは言ってくれないのだろう。当たり前だ。正義のヒーローが1人の女の為に仲間を裏切るなんてことはあってはならないのだから。

「言わなきゃわかんない?」

 いつ別れの言葉を言われてもいいように覚悟はしているつもりだった。でも、実際は思ったより全然駄目だ。
 …大丈夫、大ちゃんのこと恨むつもりはないよ。だって大ちゃん、私のことちゃんと好きだったでしょ?悔しいから言ってやらないけど、私、大ちゃんが思っているよりはマヌケじゃないし馬鹿でもないんだよ。私を見つめる瞳に、欠片も情がなかったとは思えないよ。

 



 結局、一世一代をかけた大勝負には負けてしまい、明美を1人残すことになってしまった。
 「惚れた女を1人残してさっさと逃げるようなマヌケな男にさせないでくれ。」以前明美に言った言葉だが、結果的にまんまと俺はマヌケな男になったというわけだ。もう何を言っても信じてもらえないかもしれないが、この言葉の全てが嘘ではなかった。ただ、全てが本当でもなかった。
 自分が利用されていると知りつつ騙され続けてくれた馬鹿な女がこの言葉を覚えてくれているならば、願わくば、あの言葉も俺の本心だったと騙されたままでいてほしい。愚かな俺はそう祈ることしかできなかった。

2017年12月28日
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