赤井秀一♀は狙った獲物は逃しません



 赤井の人生初の告白は、あらゆるところに衝撃をもたらした。なぜかというと、各国の諜報機関が勢ぞろいした会議の昼休みに、警察庁からほど近い格安牛丼のチェーン店で、会議の参加メンバーが多くいる環境にて行われたからだ。

「…は?」
「だから私は安室君が好きだ。安室君も私のことを好きになってくれ。」

 赤井は日本への飛行機内で考えていた告白の文言を一字一句違わず安室に伝えた。箸を置き、安室の手をとり、握り締め、目を真っすぐ見つめて、ありったけの自分の想いが正しく彼に伝わるように。それは、彼らの目の前で食事をとっていた公安の者が「昼下がりの牛丼屋に、百万ドルの夜景と薔薇の花束の幻覚を見させる女、それが赤井秀一」と吹聴して回ることになるほどに素晴らしいものだったのだが、それは一旦置いておこう。

「好きになってくれって言われても…。」
「ちなみに聞くが現時点で安室君は私のことが好きか?」
「いや、まあ以前よりは友好的な関係を築けているとは思っていますが、」
「私を女として見ているかと聞いている。あっ、でもセックスができるかどうかではないぞ。私を慈しみ、愛しているかということだ。」
「…慈しんでも、愛してもないです。」
「そうか分かった、なら今後そうしてもらおう。」
「……ハァ???」





 コナンは頭を抱えた。己の尊敬する赤井の恋を応援しようとしていたら、ある日突然もう諦めると悲しげな顔で言われてしまい、そして、今度は「安室君に告白したんだ。」とソファで長い脚を組みながら報告された。ちょっと僕、すべてが急展開すぎてついていけないな。

「諦めることを諦めたんだ。」
「あっ、うん。それに関しては良かったと思うよ。でもいきなりなんで告白なんて。」
「どうせ諦めきれないなら、早い方がいいと思って。」
「はやいほうがいい」
「なんか、安室君のことを考えてウダウダしてる自分にイライラして、もう終わらせようと思って。」
「イライラして」
「安室君が私のことを好きにさえなってくれたら終わるだろう。」
「おわる…」

 甘酸っぱいはずの恋の始まりを「終わらせる」と表現する人間を初めて見た、イライラしたから告白したって斬新だな、世の中には色んな人がいるんだな。まあ、幼児化をした自分がいるくらいだからイライラして告白する人くらいいるかもな…と、コナンは一種の現実逃避をした。なにもかもが男前すぎるぜ、赤井さん…。

「ボウヤも言ってくれただろう、安室君の幸せ同様に私の幸せも大切だ、と。」

 コナンは、とりあえず告白するに至った流れと、告白した結果を赤井から聞き出した。
 告白を牛丼屋でしたという点にまた頭を抱えたが、もう終わったところは仕方がない。これから大切なのは、「安室透が赤井秀一を好きになること」なのだ。
 赤井は告白の際に、どうしたら自分のことを好きになってくれるかを確認したらしい。そして、安室はいくつかの項目を挙げたようなので、赤井としてはそれらをすべてクリアしていったらミッション終了、幸せなGOAL、そういう算段らしい。男女交際って、そんな備品のチェックみたいな形で進められるもんなんだね。
 
「いいかボウヤ、あくまで大切なのは、安室君の為に赤井秀一という女を変えるんじゃない。私が、私の意思で赤井秀一という女を安室君の隣に立てる女にしていくんだ。」





 赤井に告白された。それはそれは熱烈で、衝撃的な告白だった。
 まず、赤井が自分をそういう目で見ていたということに衝撃を受けた。自分で言うのもなんだが、僕は一時本気で赤井を殺そうと思っていたし、実際に奴を陥れるために潜伏先に乗りこんでいったこともあるし、観覧車の上で殴りかかっていったこともある。自分に対してそんな態度をとっていた人間に好意を抱くことがあるなんて、正直考えもつかなかった。というか、前にやたらとボディタッチをしてきたり、思い出すのも恐ろしい、か、壁ドンとかをしてきたのだって、もしかして口説かれていたのだろうか。…僕が鈍いわけではないと信じたい。
 それとまあ、会議の中休みでフラッと寄った毎度お馴染みの牛丼屋で、男前な告白をされたことにも衝撃をうけた。衝撃的すぎて、赤井がFBIの給料3カ月分の婚約指輪を差し出してきた幻覚をみた。実際に差し出してきたのはカウンターに置いてあるガリだったが、本気でそれがダイヤモンドに見えたのだ。ガリすらもダイヤに変える、恐ろしい女だ。
 衝撃的すぎて、午後の会議はらしくないミスを連発したが、会議が再開することには赤井の告白劇は参加メンバー全員の知るところになっていたため、皆が生温かい目でみてくれた。各国の諜報機関のトップが出ている会議だ、もう流石としか言いようはないが、赤井の告白は、台詞から間の取り方まで完全再現されていたし、数日後には明らかに監視カメラの映像であろう角度から、赤井の告白シーンはデータ化されていた。おい誰だこんな無駄なデータを作ることに労力を注いだやつは。

「安室君、私は私以外の何者にもなりようがないが、君の隣に立つことを許してもらえる存在になりたい。私が君のパートナーになるには、どうしたらいいか是非教えてくれないか。一緒に幸せになろう。」

 会議が終わり解散、となった後に、僕を混乱の嵐に陥れた赤井秀一は、これまた男前な口説き文句と共に、大量の惣菜(自分で作ったらしい)を僕に渡して、高いヒールでカツカツと小気味いい音をたてながら、颯爽と帰っていった。
 あの日から、いやでも赤井のことを考えさせられている。仕事中にも、ふとした時に赤井のことを思い浮かべるし、プライベートなんてもっと酷い、朝起きてから夜眠るまで赤井がチラついて離れない。

 ―― 一緒に幸せになろう ――

 そもそも、僕が、幸せなんてものを考えていいのだろうか。
自分がのし上がるために、数多くの人を踏み台にして、自分ですら自分を信用することはできない。安室透であり、降谷零であり、バーボンである僕の幸せとはなんだろう。僕の未来とは、なんだろう。そこに赤井がいる未来とはなんだろう。なんでそこに赤井がいるんだろう。逆に考えると赤井がいないってどういうことだろう。

 あの時、あの衝撃の告白のとき、彼女にはなんと言われたんだったかな。

「と、とりあえず僕の隣に立つんだったら、仕事でミスするようでは困ります。」
「そうだな、君と同じスピードで歩くんだから、私だけつまづくわけにはいかないからな。」
「まあ、その点では貴女のことは信頼しています。」
「ありがとう、君の信頼を裏切らないように精進するよ。」
「あ、あとはそうですね…。そうだ、料理。簡単な料理くらいはしてほしいです。」
「そういわれると思って料理は練習中なんだ。ああそうだ、わけあってエプロンを駄目にしてしまったので、新しいエプロンを一緒に選んでくれないか。」
「え、ああじゃあ今日の会議終わりにでも買いに行きましょうか?」
「そうしよう。」
「あとは、えっと」
「この服は?」
「え?」
「私のファッションはどうだ?今日のは特別ヒールも高いし、君より背丈が大きくなってしまっているだろう?それに煙草の匂いだって染みついている。」
「いや、別に悪くないんじゃないですか?よく似合ってますし、…少し前にしてたフワッとした格好もよく似合っていましたよね。いまさら煙草の匂いがしない赤井っていうのも違和感がある気もするけど…あっ、あの甘い香りは悪くなかった気もします。」
「ほぅ、なるほど。あとは?」
「あとは…」

 あの時自分は赤井になんと言っただろうか。
 人を好きになることなんて、ここ数年まったくなかった。毎日が生と死の瀬戸際をさまよっているような潜入において、愛や恋やにうつつを抜かしている暇がなかった。…というのが言い訳なのは分かっている。人を見て、美人だな、抱きたいなと思うことはあったが、誰かを愛するなんてことは、すっかり忘れてしまったのだ。
 自分で自分も愛せないのに、誰かに愛される資格なんてないんだと思っていた。正直、今もそう思う。
 最近のランチは、あの日、赤井に押しつけられた大量の惣菜だ(家よりも職場で食事をとることが多いため冷蔵庫に保管させてもらっている)。そしてまた、それを食べながら、赤井のことを考える。大きな袋で渡された大量のタッパーに入った食事は、とても1人では食べきれないし、食べる前に腐らせてしまうかとも思えたが、もう今日食べるこの肉じゃがで最後になっていた。肉を咀嚼して考える、白滝を飲み込んで考える、じゃがいもに箸を入れて考える。赤井と過ごす未来、赤井と共に並んで歩く一生、赤井と一緒に幸せになること。自分の幸せ、赤井の幸せ。しあわせ。愛、あい、LOVE。
 そして、思う。僕に幸せになる資格があるのかどうかも分からないし、赤井を好きかと言われたら正直よくわからない。けれど、僕の未来に赤井がいない、ということは、どうにも張り合いがなく、人生がひどくつまらないものになってしまう気がする。そして、

 もしこの先に僕の幸せがあるとして、もし、幸せというものに匂いや味があるとしたら、赤井が作ったこの肉じゃがと同じ味がしたら、それはとても嬉しいことかもしれない。





 赤井はあれから頑張った。何を頑張ったかというと、安室に愛を伝えることを頑張った。
 あの時、安室は確かに言ったのだ。あんなに必死になって調達した色々な服も、自分の好きな黒い服も、いい香りのするボディクリームも、煙草の匂いも、全部嫌いじゃない、と。安室君は他にも色々言っていたが、要は赤井がどんな格好をしようと、どんなことができようとできまいと、すべてが「赤井らしくていいんじゃないか」と。つまり彼は、私らしい私に対しては何ら嫌悪感をもっていないということだ。
 なら、彼に愛される女として後は何が足りていないのだろうと考えると、もうこれしかなかった。

 私が私のままでいいのなら、あとは安室君が私を愛する覚悟をするだけだ、と。

 もちろん、愛にだって色々ある。親愛、友愛、性愛…それは分かっている。ただ、私が欲しいのは安室君からの恋人としての唯一無二の愛情だ。仕事上のパートナーとしての愛などではない(でもそれも欲しい)。
 仕事のパートナー、友達、家族、それとは違った恋人としての愛を持ってもらうためには、まずは自分の愛を信じてもらうしかないだろう。
 彼があの時に条件として挙げた、任務遂行についてはミスをするはずがない。料理についても、安室君が選んでくれた緑のエプロンをして今日はついにアジをさばいて南蛮漬を作ることに成功した。Tシャツは収納しやすいように、どんなものでも同じサイズに折れるように練習したし、慣れるともうその折り方が一番楽なようにすら思ってきた。水回りを綺麗に保つには、毎日簡単にでも掃除をすると良いと聞いたため、キッチンやお風呂は毎日5分もかけず軽く掃除するようにしたら黒ずまなくなってきた。靴が汚れているとだらしなく見えると言われたので、腕のいい靴磨き屋を紹介してもらって一張羅のパンプスのみ磨いてもらったら、自分がいい女になれたような気分がして楽しかった。そして、一番の問題になるかと予想した「笑顔を絶やさない」ということに関しては、安室君を見ると愛しさが溢れて自然と笑顔になれたので結果オーライだ(FBIの仲間にはだらしがない顔と表現されたが、奴らになんと思われようと安室君にさえ伝わればいいのだ)。
 もう私は安室君に愛される準備は万端だ。そして、そろそろこの前渡した食料が尽きる頃だろう。今日は、さっき作った南蛮漬けにカレーと肉じゃがを持って、彼に会いに行ってみよう。




 
 仕事が終わり、警察庁を出たところで派手な赤い車を見つけた。その傍らには、その車に見劣りしないほどに、態度も身体もデカイ女が車に寄りかかって立っており一瞬ひるんだが、その女が自分をみつけて優しく微笑んでいるのだから何ともいえない気分だ。

「おつかれさま安室君、今日はこれを君にプレゼントしにきたんだ。」
「おつかれさまです…。」
「おや、この前のタッパーは洗ってくれたのか?ありがたい。どうだ?君の舌を満足させられただろうか?なにか次に食べたいものはあるか?」
「あっ、これ全部美味しかったです…。いや、次って、僕なんかの為にこんなことしなくても、」
「安室君それは違うな。君の為に料理をしているんじゃない。私が、君のために料理をしたいから、私の為に料理をしているんだ。」
「…そういうもんですか?」
「そういうものだ。安室君は、私の我儘に付き合ってくれているくらいの気持ちで食べてくれればいいんだよ。しいて言えば、君に食べてもらえないことが一番困る。」
「…」
「安室君?」
「赤井は、僕がこれを食べないと困るんですか?」
「勿論、これは安室君に食べてもらう為に作っているんだ。」

 赤井は、僕と一緒に幸せになろうと言ったが、赤井は僕がいてもいなくても、変わりなく生きていけるものだと思った。もし僕が死んだとしても、赤井が背負っているものを考えると、間違っても後を追ってくることはないし、赤井の周りにいる沢山の優しい人たちと笑いながら生きていけるはずだ。
 僕を愛していると言った赤井は、僕以外の多くの人に愛されているし、赤井のことを可愛いと言っている男のことだって知っている。そんな赤井にとって僕は、本当に必要な人間なんだろうか、と思う。僕は、いつでも誰にでもなれて、いつでもいなくなることが出来る。自分ですら、自分のような人間が必要不可欠であるとは思えないのに。

「そうだな…私は安室君がいなくなると困るよ。昔だって、バーボンがいてくれたから命を救われたこともあったし、まあ、安室君には随分追いつめられたこともあったが、それも今の私には楽しくて大切な思い出だ。そして…降谷君には、私と一緒に歩いてくれると約束してもらえないと、とても悲しい。きっと泣いてしまうだろう。」
「……はは、なんですかそれ、泣いちゃうんですか?あの赤井が?」
「ああ、この私を泣かせることができるなんて、この世に君か玉ねぎくらいしかいないんじゃないか?」
「僕は玉ねぎと同等ですか?」
「そうだな。玉ねぎがなくては君に食べてもらう為のハンバーグだって肉じゃがだって作れないだろう?降谷君がいないと、赤井秀一は作られないんだ。」
「ははは、なんだ、なんだそれ。それなら仕方ないですね。赤井が泣くと僕も困るし、貴女の作る肉じゃがが食べられなくなるのもとても困る。結構気に入っているんです。だから、今度からは貴女が料理を作る時にはずっと、僕が玉ねぎ持って、赤井にプレゼントしに行きますよ。それなら赤井も泣かないで済むでしょう?あれ?でもこれじゃあ玉ねぎで結局泣いちゃうんですかね??」
「…プレゼントされるより、一緒に玉ねぎを買いに行きたいと言ったら?」
「どうせなら世界で一番おいしい玉ねぎでも、一緒に探しに行きましょうか。見つけるのに時間はかかるかもしれないけど、赤井の最高の弱点をみつけてやりますよ。ざまあみろ。」
「……君は最高だ降谷君!!愛しているよ!とても!玉ねぎよりも!!」
「わっ!ちょっ、やめてください!ちょっ…!!」

 定時もとうに過ぎた時間の警察庁の玄関前では、とんでもない美女がとんでもないイケメンを抱きしめて持ち上げて振り回す、なんていう奇行を止める者はいなかった。





 赤井秀一は安室透を、降谷零を、バーボンを、皆必要だと言ってくれた。正直言って、僕の幸せが何かはまだよくわからないが、赤井と過ごす未来は、なかなかに幸せなような気もした。そして、僕を必要としてくれている赤井を、きっと僕も必要なんだろうし、それが愛かと言われたら、そうなのかもしれないと思った。
 ただ、どうせならば、男として、僕が赤井に幸せにしてもらうばっかりではなくて、僕だって赤井のことを幸せにしたいと思う。
 アイツが沖矢昴だったころに、コナン君達に向けていた笑顔。誰にも言ったことがなかったが、僕は結構あの顔は気にいっていたのだ。温かくて穏やかなあの笑顔は、見ているだけで幸せになれたものだ。ああ言った顔を、普通に赤井にもさせてあげたい。少年探偵団ではなく、この僕が、赤井に。
 赤井は何が好きなんだろう。とりあえず、赤井に似合いそうな真っ赤な薔薇でも渡してみようか。そうしたら、きっと彼女は綺麗に笑ってくれるだろうから。





 赤井秀一は、今の自分がとても好きだった。安室君のために料理を作り、任務とあらばライフルを撃ち、休日になれば好きな服を着て買い物に出かける。毎日がとても充実して、輝いている。そして、そんな自分を安室が愛してくれている。楽しくないわけがない。
 
「赤井さん、最近綺麗になったね。」
「なにを言っているんだボウヤ、私はずっと綺麗だったろう?」
「…それでこそ赤井秀一だね!」

 明日は安室君と3回目のデートだ。年齢を考えろと安室君には怒られてしまうかもしれないが、思い切って脚を出して、真っ赤なピンヒールをはいて、襟元には少しだけレースのついた女の子らしい服を着ていこう。
 きっと、素敵な時間を安室君と過ごせるだろうから。

2017年10月18日
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