赤井秀一♀は男心がわかりません



 夜景の綺麗なレストラン。テーブルには先ほど開けた真っ赤なワインがグラスの中でキラリと輝いており、血がしたたる程に真っ赤なローストビーフが付け合わせのマッシュポテトと一緒に上品に盛り付けられていた。名称の良く分からない緑の葉っぱもちょこんと肉の上に乗っており、それが皿をより鮮やかに、そして美味しそうに演出している。
 私は、先日買った深くスリットの入った黒いドレスに真っ赤なピンヒールを履き、脚を組んで椅子に腰かけていた。首のチョーカーは有紀子さんからの貰い物だ。黒い革製のベルトに目の前の彼と同じ綺麗なブルーの石が埋め込まれており、一目ですっかり気に入って最近はよくコレをつけている。
 ナイフとフォークを持って肉を切り分け口に運ぶと、ぐにゅりとした生々しい歯ごたえがした。しかし、決して硬いというわけではなく、噛めば口の中でみるみる溶けてじんわりと肉の旨味が広がり、思わず顔が緩む。旨いものを食べている時ほど幸せなことはない。

「あの、赤井。」
「なんだ?」
「…美味しいですか?」
「ああ。君も早く食べるといい。」

 自分で言っておきながら、ここの支払いは降谷君だというのにこの言いぶりはどうだったかな、と少し考える。自分で作ったものでもあるまいし…と思わなくもないが、先ほどからワインばかりを飲んで、薄暗い照明の下でも分かる程にほんのり顔を赤く染めている降谷君に旨い肉を薦めるのは仕方がないことでもあるだろう。
 私の言葉を受けてか、ようやくナイフとフォークを持った彼は見惚れる程に美しいマナーで肉を切り分けて、くるりと丸めてフォークで刺して口元へ運んだ。彼の目がふわっと幸せに染まるのを確認して、なぜだか誇らしい気持ちになる。ほらみろ、この肉は旨いだろう。

「…赤井。」
「なんだ?」
「……美味しいですね。」
「そうだな。旨い。」

 そうして私はまた肉を口に運びじっくり味わって食べると、ぐいっとワインを飲み込んだ。私には少し甘めのワインではあるが、この肉に一番合うといってソムリエが選んでくれただけあってとても旨い。…さて。

「降谷君。」
「なんですか?」
「折角こんなに旨いものを食べに来ているんだ。言いたいことがあるならさっさと言って、それから集中して食事を楽しんだ方がいいと思うのだが、どうだろう。」
「はぁ…」
「さて、君の話は何かな?別れ話以外なら何でも聞こう。」
「…」

 なぜだがギュッと歯を噛みしめて表情を曇らせた降谷君を見て、これでもし本当に別れ話だったら今すぐこの店で一番高いワインを開けて一気に飲み干してやろうと考える。まあ、それでも別れる気は更々無いのでその後で色々とお話合いをすることになるだろうが。
 しばらく待っても一向に口を開かない降谷君が遂に顔を伏せて下を向いてしまい、もしかすると自分で考えているより大変な話しが始まるのではないかと少しだけソワッとする。これは、今切っている肉を口に入れる前にナイフとフォークを置いて話を聞くべきなのか…いや、でも肉は切ってすぐ食べるのが一番美味しいのだ。肉の断面から酸化は始まる、そう、こうして肉にナイフを入れている時点から肉と私の勝負は始まっているのだ。
 よし、じゃあこの肉を食べてからちゃんと話を聞こう。そうしよう。
 皿の音を立てることなく一口サイズに上手く切れた肉を口に入れて咀嚼していると、意を決したように降谷君が顔を上げて真っ直ぐ私の顔を見つめてきた。おっと、ちょっと待ってくれ。今肉を飲みこむから。

「赤井!」
「っ…よし、どうした降谷君。」
「僕と結婚してください。」
「なんだ、そんなことか、いいぞ。」
「……はい?」
「ああ、良かった。その話か、驚かせないでくれよ。」

 そして、最後の肉にフォークを刺したその時、降谷君がバタバタと慌ただしく腰を上げて、さっき以上に顔を真っ赤にしながら店を出て行ってしまったのだった。

 

「まあ会計は済ませてくれていたからいいんだけどな。」
「…あかいさん…。」

 コナンは頭を抱えた。いつもの黒いジャケットをソファにかけて赤井が工藤邸のリビングでまったりと珈琲を飲んでいる姿を見て、今もきっと忙しく国の為に働いているであろう降谷に思いを馳せて涙を堪えるのに必死だったのだ。
 一世一代のプロポーズを「そんなこと」と済まされた彼の心境はいかに…いや、考えるまでもなく最低の気分であることは間違いないだろう。

「赤井さん、それはあまりにも…。」
「…何か悪いことでもしたのだろうか?」
「悪いというか…僕は降谷さんが不憫でならないよ…。」

 コテン、と首を傾げる女性は心当たりが欠片もないと言ったような不思議そうな顔をしている。どうして普段は俺が驚くほどに頭が回ると言うのに、愛だとか恋だとかいう方面に関してはこうもポンコツになるのだろうか。
 俺も大概ポンコツだと言われるが、そんな俺ですら赤井さんがポンコツであることは分かる。ポンコツが認めるポンコツだ。Top of ポンコツ。

「赤井さんはさ、降谷さんにプロポーズされてどう思ったの?」
「そうだな、役所に婚姻届を取りにいくのはいつがいいかな、と。日本人はこういうことにお日柄ってやつを気にするだろう?私はいつでもいいが、きっと彼なら大安吉日が良いと思うだろう。」
「そうじゃなくて!」
「ん?」
「もっとこうさ、『嬉しい…!』とか『私を貴方のお嫁さんにしてくれるなんて感動!』とか、そういうのだよ。」
「ほぉー、ボウヤは結婚相手にはそんな台詞を言って欲しいタイプなのか。」
「話をすり変えないで!!!」

 一瞬、目の前で蘭が「私を新一のお嫁さんにして」と涙ぐむ姿を想像して悪くは無いなとは思ったが、今はそういう話をしているのではない。
 今は、目の前のポンコツ赤井さんと、傷心中であろう降谷さんの話だ。

「前も言ったよね。」
「…ん?」
「この前降谷さんと喧嘩した時!僕なんて言ったか覚えてる!?」
「あー…」

 そう、この二人付き合うまでも色々あったが(と言っても赤井さん一人で色々していただけかもしれないが)、付き合ってからもそりゃもう色々あった。
 つい先日だって、ポアロで働いている安室さんに向かって赤井さんが「君、足を怪我しているな」と言ってそのまま抱き上げて連れて帰るという事件があった。それはもう、惚れ惚れするほどに美しいお手本のようなお姫様抱っこで、だ。
 その場にいた誰もが気付かなかった怪我に気付くのは流石と言うしかないが、いかんせんやり方が悪い。安室さんが連れ去られた後のポアロでは「ひぇ…あれ世良ちゃんのお姉さんよね。」「そうなんだ!格好いいだろう!」「なんというスパダリ…!」といつもお馴染みJKトリオが園子を中心として騒ぎ立て、梓さんも「なんか、大人の女性って感じで素敵…!」とうっとりして完全に恋する乙女の顔になっていた。そして、俺はというと、お姫様抱っこされた直後の呆然とした安室さんの表情と、カランコロンと爽やかな音を立ててポアロの扉が閉まるのと同時くらいにそっと両手で顔を押さえた安室さんの姿を見て、これはまた面倒なことになるぞという確信にグッタリしていたのだった。
 ちなみに、それから暫くの間ポアロで「姫」と呼ばれて顔を引きつらせる安室さんがいたこと、そして案の定「なぜか安室君が口をきいてくれないんだがどうしてだろう」と赤井さんから相談されたことを追記しておこう。

「あの時僕散々言ったよね。」
「…」
「なんて言ったか覚えてる?」
「男には男のプライドというものがあって…」
「うん、で?」
「格好良くみせたいとか、女性に頼られたいとか、そういう気持ちを持っているものだから…」
「うん。」
「むやみやたらに男のプライドを傷つけてはいけない…。」
「そう言ったよね、で、今回の赤井さんはどうなの?安室さんが緊張しながらも一世一代のプロポーズをした時に、ねえ、赤井さんなんて言ったって?」
「…」
「あーあ、安室さん可哀そう。」

 ズズズとストローでアイスコーヒーを飲み干すと、ここに来て漸くことの重要さが分かったのか赤井さんの顔色がサッと悪くなった。だが、申し訳ないがまったく同情する気にはなれない。

「…降谷君に嫌われてしまっただろうか。」
「それは分からないけど、少なくともショックだったと思うよ。」
「そんな…だって…」

 モゴモゴと珍しく口ごもりながらソワソワと手を彷徨わせる赤井さんが、一度ズボンの後ろポケットに手をやった。これは、煙草を探しているときの赤井さんの癖のようなものだが、残念ながら赤井さんは今煙草を持っていない。健康の為に本数を減らしたらどうかと安室さんに言われたからと、嬉しそうに煙草を処分したからだ。
 何だかんだ言って、赤井さんはこんなにも安室さんが好きなのに、どうしてこうも上手くいかないのだろうか。でもまあ、その原因の一つは間違いなく―――。

「降谷君と結婚するなんて、当たり前のことだと思っていたんだ…。」

 赤井さんの、この自信過剰すぎる考えにあるのだろう。
 好きな人と結婚することが、どれほどの奇跡かということをまったく分かっていないのだ。自分に自信のあることは悪いことではない。むしろ赤井さんの長所と言っていいだろう。だが、それを当然だと思う彼女の隣にいることは容易ではない。特に安室さんなんて、プライドが高い割に自己肯定感が低いあの人は、きっといつも不安だらけだ。自分が赤井さんの隣にいてもいいのか、そして、自分が赤井さんを幸せにすることができるのか、ずっと不安に思っているに違いないのだ。

「赤井さんはさ、安室さんのこと好きだよね。」
「勿論。彼なしの生活なんてもう考えることはできないよ。」
「それをさ、ちゃんと言ってあげればいいと思うよ。」
「…いつも伝えているぞ?」
「そうじゃなくて、いつも通りの言葉じゃなくて、安室さんがプロポーズしてくれたみたいにさ、特別な言葉で伝えてあげるんだよ。」
「……難しいな。」
「難しくなんてないよ、赤井さんの気持ちを口に出すだけなんだから。」
「でも、いつも通りの言葉では駄目なんだろう?」
「うん。でもきっと、赤井さんならできるよ。赤井さんと安室さんなら大丈夫…なんたって、名探偵の僕が言うんだから!」
「…ボウヤは本当に凄いな。魔法使いと言っていた意味が少し分かる気がするよ。」
「僕は、赤井さんと、安室さん、皆の幸せを祈ってるからね。」

 自信過剰で大胆なわりに不器用で可愛いこの女の人が、愛する男の人と笑って暮らせる日がきますように。僕にはそう祈ることしかできないけれど、きっと大丈夫。その日はもうすぐやってくるに違いないのだ―――。

 

 日も長くなってきた警視庁の前、赤いマスタングが堂々と路上に駐車されていた。モデル顔負けのスタイルの女が車に寄りかかりながら立っている為取り締まられることはないが、よくもまあ警察の目の前にこうも大胆に車を横付けできるものだと歩道を歩く人達の視線は少し冷たい。
 本当なら煙草の一本や二本吸いながら待っていたいのだが、残念ながら赤井のポケットにはコナンにもらったレモンキャンディしか入っていなかったので、それをコロコロと口の中で転がす。レモンの清涼感が強くて、口の中が少しだけひりついた。

「赤井。」
「やあ、お疲れ様。」

 玄関を出てくる前からじっとりとコチラを睨みつけて、グレーのスーツをパリッと着た降谷君がこちらに向かって来た。例のレストランの件があってから、まともに顔を合わすのはこれが初めてだ。

「こんなところまで何の用ですか。」
「用?用が無くては未来の旦那様に会いに来てはいけないのかな?」
「お前ッ…!」

 ギュッと眉間に皺を寄せて言葉を飲み込む彼を見て、今更ながら心がキュッと苦しくなる。ああ、やはり私は彼を傷つけてしまっていたのか。
 彼を傷つけていた。そう思うと、途端に色々なことが恐ろしく感じた。もう私の顔なんて見たくないと思われていたらどうしよう、と。
 恐る恐る彼の腕に手を伸ばすと、流石に振り払われることはなくすんなりと掴ませてもらうことができたので、クイッとスーツの袖を引いて、じっと反応を伺う。ああ、どうしたものか。恐ろしくて彼の顔をまともに見ることができなくなってしまったではないか。
 無骨な自分の手が上質そうなスーツに皺を作り、ぎゅうと摘まんでいることすら怒られるような気がして、一瞬手を離そうかとも思った。しかし、この手を離してしまったらもう二度と触れさせてくれないかもしれないような気がしてきて離すこともできない。
 彼の姿を見るまでは、彼に触れるまでは何も不安なんてなかったのに。
 彼に会って、この前のことを謝って、スマートに車にエスコートして…なんて考えていたのに、不思議なことに声の一つも出すことができない。出会い頭に軽口を言えたことが不思議なくらいだ。
 先に彼を傷つけたのは私だと言うのに、まるで私の方が傷ついたかのような振る舞いに、呆れられるんじゃないかと、また不安に襲われる。グルグルと悪いことばかりが頭の中を巡りどうしたものかと思っていると、いつの間にか痛い程力を入れて彼の服を握り締めていた私の手に褐色の手が添えられた。するりと私の手の甲を撫でたそれは、きゅっと優しく私の手を覆う。

「赤井、怒ってないから。」
「…降谷君。」
「……悪かった、不安にさせたな。」
「違う…私が悪くて、」
「赤井、とりあえず場所を移そう。車、乗せてくれるか?」

 本来彼を乗せてドライブするはずだった私の相棒は、とっくの昔に準備万端だった。彼の好きなコーヒーはタンブラーに入れて用意しているし、空調だって効かせている。シートも彼が座りやすいと言っていた位置に変えているし、エンジンはとっくの昔に温まっている。そう考えるとウジウジと余計なことばかり考える私よりもこの相棒の方がよっぽど男らしいような気がして笑えてきた。
 先ほどまでこの手を離したら…なんて考えていたのが嘘のようにすんなりと離すことができたそれをそのまま助手席にかけ、ガチャリとドアを開ける。

「どうぞ。」
「ありがとう。」

 彼が乗り込んだのを確認してそっとドアを閉めると、すぐに運転席の方へ回る。ふと、周りにいた数人がコチラを見ていることに気がついたが、路上駐車はもうおしまいにして車を移動するのだから文句もつけられないだろう。
 自分も運転席に乗り込みシートベルトを付けると、助手席の彼は既にシートベルトを締めてボトルホルダーに置いていたタンブラーをじっと見ていた。

「仕事終わりで疲れているだろう。アイスコーヒー、飲んでくれ。」
「ありがとうございます。僕の為に用意してくれたんですか?」
「…私も欲しかったからな。ついでだ。」

 肯定するのがなんだか恥ずかしくなって私のついでに用意したなんてことを言ってしまったが、彼が嬉しそうに目を細めてタンブラーに手を伸ばすのを見ると、私の嘘は見抜かれているようだった。
 エンジンをふかして発車させると、行き先は告げずに車を進める。彼も何も聞くこと無く、コーヒーを飲みながらぼんやりと前を見つめてくれているので、どうやら自由にさせてくれるらしい。信号にひっかかることなく高速道路に乗った車は、海岸沿いの道を走る。ビルの隙間を縫うように張り巡らされた首都高だが、海岸沿いの道までくると景色が開けて夜景を楽しむことができるので私は結構気に入っているのだ。

―――特別な言葉で、正直に自分の気持ちを伝えると分かってくれるよ―――

 ボウヤは簡単に言ったが、なかなか難しいものだ。
 自分の気に入っている道に連れて行ってのんびり夜景を楽しんでもらう、というのは果たして特別なことになるのだろうか。本当なら、降谷君がプロポーズしてくれたようなレストランでも予約しようと考えていたが、なんだかそれは違う気がしてやめた。
 男のプライド、というものは正直まだよく分かっていないが、降谷君なら美味しい料理よりも、私の隣でゆっくり夜景を楽しんで貰った方が喜んでくれるかな、と思ったのだ。

「降谷君。」
「…はい。」
「この前は、嬉しかったんだ。」
「……はい。」
「私は、…何と言えばいいかな。君と結婚して一緒になる、ということを当たり前のように思っていてだな…。あの時は、肉が、旨くて。…君にも食べて欲しくて、君が折角連れて行ってくれたレストランだから、二人で旨い肉を一緒に食べたかったんだ。あの肉は私が今まで食べた中でもとびきり旨くて、肉が好きな君も絶対に好きだと思ったんだ。肉が冷めたら旨味も減るだろうし、早く食べた方がいいと思って、でも、君の言葉を軽く受け流したとかそういうことじゃなくて、本当にあの時は、あの肉が、旨くて」
「赤井。」
「ん?」
「…ふふふっ、肉、よっぽど気に入ったんですね。」
「…ああ、最高に旨かった。」
「そんなに気に入ってもらえるなんて、あの店にして良かったです。じゃあ、また二人で行きましょう。それで今度は、僕もちゃんと肉、出されてすぐに美味しいうちにちゃんと食べます。」
「それは、…いい考えだ。」
「そして、デザートまで二人でしっかりと楽しんだら、その後にプロポーズ、やり直させてもらっていいですか?」
「え」
「さっきから言ってますけど、僕、別に怒って無いんです。ただ、お前を幸せにするって意気込んでたのに、まともにプロポーズすらできなかったことが不甲斐なかったんです。要するに、情けなくなっちゃったんですよ。」
「でも、それは私が君の男のプライドを傷つけたからじゃ」
「プライド?…ああ。コナン君にでも相談しました?」
「ああ…」
「うーん、そうだな。傷つかなかったと言えば嘘になるかもしれないけど、それよりはやっぱり情けない気持ちの方が強かったかな。赤井は単純に旨い肉を旨いうちに俺に食べさせてくれようとしてただけなのに途中で帰っちゃったし…僕だってあれから反省したんですよ、貴女を一人残したこと。」

 赤井は、ドライブしながら大切な話を切り出したことを後悔していた。甘く優しい声で話す降谷をいますぐにでも抱きしめたいと思ったからだ。一般道ならまだしも、ここは高速、停止するわけにはいかない。

「降谷君。」
「ん?」
「どうしよう、今すぐ君を抱きしめてキスしたい。」
「運転に集中してくださいね。」
「っ降谷君!!」
「…まあ、そんなに急がなくても、結婚したらいつでもキスもハグもできますよ。」

 とりあえずは、プロポーズのやり直しから。そう言う彼に、結局あの店の肉がただ旨かった話をしただけで、ボウヤのいう特別な言葉で自分の気持ちを伝えた覚えがまったく無いことに気がついたのだが、その時の私にとっては、そんなことより次にまたあのレストランへ行く日程を考える方がよっぽど重要だった。
 頭の中で必死にスケジュールを思い出しながらこの日はどうか、あの日はどうかと、まるで遠足を待ちわびる子供のように彼を質問攻めにしたのは今思うと少し情けなかったかもしれないが、クスクスと笑いながら日程の調整をしてくれる降谷君があまりに優しくて温かくて、間違いなくあの瞬間私は幸せだったのだ。

 

「…で、どうなったの?」
「見ろ、コレを。」

 そう言って左手を掲げる赤井さんの薬指にはキラリと輝く指輪がはまっていた。ふふんと自慢げに俺にそれを見せつけた後自分でもう一度じっとりと眺めてホゥと息をついた赤井さんの、まるで幸せが溢れてきたかのようなそのため息に俺まで幸せな気分になる。

「良かったね。」
「ああ、ボウヤのおかげだ。」
「僕はなにもしてないよ。」
「いや、ボウヤのおかげだ。ありがとう。」
「…どういたしまして。」

 やはりこの赤井さんはこうして自信ありげに笑う姿がよく似合う。これからは喧嘩することなく仲良く平和に―――とはいかないかもしれないが、少なくとも、もうこの瞳が悲しみに溢れることがありませんように。そんなことを考えながらコナンはそっと微笑んだ。

 そうして、「次の大安に籍を入れに行くんだ」なんて嬉しそうに話す赤井さんを見ていた俺はまだ知らなかった。
 籍を入れに行く気満々の赤井さんと、まずは親御さんへの挨拶だ、結納だ、結婚式だ―――と計画を練っていた降谷さんがまた大喧嘩をして赤井さんが家に駆け込んでくることを。結婚式をするしないで揉めて赤井さんが壮大なる家出をすることになることを―――。

2018年5月15日
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