大嫌いな、赤♀♀



 赤は嫌いだ。

 気に食わない奴の名前に入っている文字だから。そして、「女」の象徴のような色だから。
 幼稚園の時、私は男の子は青で女の子は赤の名札をつけるルールが死ぬほど嫌いだった。「私も青がいい」そう言った子供の私に向かって、「れーちゃんは女の子でしょ。女の子の色は赤色なのよ」と笑いながら言った保育士の顔は今でも鮮明に思い出せる。
 少し大きくなって、初潮を迎えたとき、自分の股から垂れ流れる真っ赤なものを見て死にたくなった。お腹の奥の重苦しい痛みや真っ赤なそれが、私が女である現実を突きつけてきたから。
 勝手に大きくなる胸も、それを見てニヤニヤ笑う男も大嫌いだった。
 高校生の時、「女が学なんかつけても碌なことがない」と言ってきた教師。大学で主席をとった時「女のくせに可愛げがない」と聞こえるように陰口を叩いてきた男。「もとは可愛いのにお洒落しないと勿体ないよ!」とキラキラした唇をしながら話かけてきた女。そして、「男の機嫌をとれば出世できる女はいいよな」と言った同期の男。

 皆みんな、みんなみんなぜーーーんぶ大嫌いだ。

 そんな中でも特別、心底嫌いなのが、
「降谷君、今日はパスタでも食べに行かないか?」
 そう言って目の前で笑う、赤井秀一という女だ。

 〇△◇

「ジョディがここのサーモンのパスタが絶品だと聞いて一度食べに来たかったんだ」
「そうですか」
「アイツの舌は信用できるからな。――ところで、君は本当にチキンで良かったのか?」
「ええ。貴女のオススメのやつだと、私の腹は膨れそうにないので」
 そう言った私に対して、正面に座った赤井はへにゃりと目元を緩ませて「君の食べっぷりは気持ちがいいからな」と優しく微笑みかけた。

 例の組織が壊滅して、私たちの間のあれこれも落ち着き、私と赤井は顔を見ると一緒にランチをする程度の間柄になった。
 決して約束するわけでもないし、勿論プライベートで出会うことなんかもなかったが、同じ組織を追っていた者同士、なんだかんだと顔を合わせる機会は多かった。そんな中で、赤井は私をランチやディナーに誘ってくれるようになったのだ。

 目の前で、銃を扱うとは思えない程に細くて白い指をオシボリで丁寧に拭くその指先には、薄いベージュのネイルがしてあった。最初に赤井がネイルをしているのを見た時は驚いて、不躾ながらもじっと指先を凝視してしまったものだが、一月程度で次々と色が変わる指先に今はもう慣れてしまった。
 服は相変わらず真っ黒のシャツとズボンではあるが、きらりと光る小さな石がついたネックレスが首元で揺れて、足元は十センチはあるだろうというヒールが音を立てていた。
 パスタが来るまでに出されたセットのサラダとオニオンスープを飲んで、「スープは少ししょっぱい」だとか、「この前買ったじゃがいもを放置していたらすっかり芽がでてしまった」だとか言うお喋りな口元には、薄いピンクのルージュがひいてある。

 ああ、嫌いだ。

 私は赤井の話をニコニコとききながら、改めてそう思った。
 自分の足元は、動きやすさ重視のローヒールのパンプスで、服装だって無難にグレーのスーツだ。女がパンツスーツを履くのを良しとしない風習のせいで、膝から下はストッキングに覆われた褐色の足が露わになっている。
 大きい胸のせいでジャケットの前ボタンが閉められず、カッターシャツのボタンが最期の砦だとでも言うように苦しそうに胸元で閉められていた。アクセサリーもなにもついていない身体に、必要最低限しかしていない化粧。
 同じテーブルについて一緒にお喋りしているというのに、赤井と自分の違いに気分が悪くなりそうだった。

 この国では、赤井のような女は受け入れられない。

 女は女らしく、スカートを履き、男の言うことをハイハイと聞いて、出しゃばり過ぎず――……時代錯誤と言われようと、古い時代を生きた人間が今の社会のトップに立っているのだがら、結局はそう言うことなのだ。
 女であるというだけで、自分より能力が劣る男の下につき、上にいけば陰口を叩かれる。そんな国なのだ。

 だから私は、大嫌いなスカートを履いてひたすらに昇りつめると決めた。
 誰も自分のすることに口を出せないような地位と権力を身に着けて、堂々と自分の好きな服を着て、自分の好きなものを食べて、自分が思うように行動するために。

「お待たせいたしました。サーモンと小松菜のクリームパスタと、ガーリックチキンのコンソメパスタです」
「ああ、チキンのを彼女に、サーモンを私に」
「かしこまりました」
 赤井の目の前にちょこんと置かれたクリームパスタと、私の前にドンと置かれたチキンのパスタ。実際に見ると、私のも大抵量が多いが、赤井のは思ったよりも少ししか入っていない。
「…貴女は見た目そのままに小食ですね。足りますか?」
「十分すぎるくらいだ。――あの、いつも申し訳ないが」
「はいはい。食べきれなさそうな分、先に小皿に分けておいてください。手伝いますよ」
「すまないな…」
 赤井がくるくると器用にパスタを巻き付け、それを二回程繰り返して小皿にそれを取り分ける。そして、ご丁寧に小ぶりのサーモンと小松菜も小皿の上に乗せて、最後にクリームソースをかけると、小皿の中にもう一つのパスタが出来上がった。
 それを申し訳なさそうな顔で差し出してくる赤井に、一つため息をついて小皿を受け取る。
 この習慣は、一緒に食事をした最初の時に、赤井が残した料理があまりにも勿体ないと私が怒ったことから始まったものだった。一度も手を付ける前に私の分を取り分ける。食べられる量だけ自分の皿に残す。それがルールだ。
 最初は、まるで子供を相手にするようなこの約束になんとも言えない気持ちになったものだが、これも、赤井のネイルと同じですぐに慣れた。慣れたどころか、最近では赤井が皿に取り分けるときに、小さなお皿に器用に盛り付けをしてくれるものだから、感心すら覚えるようになった。
「普段不器用なわりに、こういうのはこだわりますよね。貴女」
「見た目が悪いものなんて君も食べたくないだろう?食べてもらっているんだ。これくらはするさ」
「ふぅん」
 自分のパスタを口にする前に、私はいかにも面白くないような顔をしながら赤井から受け取ったパスタを食べた。さすがジョディさんのオススメで、単純に旨い。しつこくないクリームソースに、サーモンの塩見がいい具合に混ざっていた。パスタももちっとした太麺で、なかなかに私好みだ。
「美味しい」
「そうか、良かった。なら私も食べようかな」
「……私は毒見か」
「ははっ、まさか!」
 君は本当に美味しそうにものを食べるから、ついつい見てしまうんだよ。そう言ってまた器用にパスタを巻きだした赤井に、私はぎゅっと歯を食いしばった。

 今まで、モノを美味しそうに食べる私は必要とされたことはなかった。簡単に素早く食べられるモノをさっと食べてすぐに仕事に戻ることや、なんならカロリーバーのように、手っ取り早くエネルギーをチャージできるものなら必要とされる機会は多かったが、そんなことを言われたのは、初めてのことだ。
 口の中にクリームパスタのほのかな甘みを残しつつ、降谷は目の前のチキンにかぶりついた。ニンニクが良くきいていて、いかにもな料理だ。タンパク質とカロリーを手っ取り早く美味しく摂取できるこれは、「いかにも」だ。
「、これも美味しいです」
「それは良かった。お腹の空きがあったらデザートも頼もう。私はあのスペシャルティラミスと言うのが気になる」
「…デザートが別腹なの、相変わらずですね」
 イタズラがバレた子供のような顔をしてニコッと笑った赤井を見て、私は二切れ目のチキンにかぶりつく。

 ああ、嫌いだ。赤井も、チキンも、ティラミスもみんな嫌いだ。

 〇△◇

 私と赤井が出会ったのは、バーボンと言うコードネームをもらい、少しした頃だった。スコッチと二人で呼び出されて、次は一体なんの任務だと思っていたらジンに連れられてライがやってきたのだ。

 一目見て、私と同じだ、と思った。

 ジンのあとをまったく面白くなさそうな顔をしてついてきて、愛想の欠片もない、なんなら私たちに声を届けるつもりも無いのだろうと思わせる程に小さな声で一言。
「ライだ」
 と言った赤井を見て、この女も、私と一緒で女であるからこその余計な苦痛を強いられているのだろうと思った。
 ライのことを、「ジンの女だ」とか「まな板で色気もない、かわいげもない、どうしてあんな奴がコードネーム持ちなんだ」という奴らの声は嫌って程に聞こえてきた。
 私だって【女の探り屋】と言って無粋な声をかけられたことは山のようにあったが、私の場合はニコリと笑ってうまくいなしていたし、それこそ、大嫌いな女と言うことを武器にして仕事をしていたこともあったので、言わせたい奴には勝手に言わせておけのスタンスだった。(もちろん、身体に触れさせたことはないが、女を使うというのはそれだけではない)
 ただ、ライの場合は、そういった声が聞こえていないはずはないのに、全てを無視する形で対応していた。そして、与えられた任務をただ忠実にこなし、時には右の腕から頬まで血まみれになって組織の幹部たちの前に現れたことだってあった。当然だが、それはライの血ではない。
 ライはひたすらに任務を遂行し、そして着実にあの組織での地位を上げていったのだ。

 あの時、私はまだライがこちら側の人間だとは知らなかったが、実はこっそりとライに心酔していた。女の身でありながら、淡々と、男にも負けずに堂々とするその姿が、あまりも自分の理想のように思ったのだ。
 いずれは倒すべき敵だとは分かっていた。しかし、あの時の私は、ライの煙草を吸う指先一つにまで憧れ、そして、まるで神にでも会ったかのような心地になっていたのだ。

 忘れもしない。あの日までは。

 それは、分かりやすい嫌がらせだった。ライと私に「女のくせに」とやたらと絡んできていた嫌味なジジイが、私達にとあるパーティーに出ろと言ってきたのだ。
そのパーティーは、政界の大物から他国の重鎮までが参加するもので、その会場の中では口約束ですら莫大な金が動くというものだった。そんな場所には、嫌な話だが同然「裏の取引」と言うものも着いてまわってくる。私達にはそれを探りに行けという名目で潜入の命令が下りたのだ。
 ライの相手はジン、私の相手はスコッチ。「最高に、とびっきりイイオンナに着飾って舐められないようにしろよ」と下品に笑ったその男に対して、やはりライは面白くなさそうな顔をして、私はにっこりと綺麗に笑って了承の返事をした。

 そしてその日、私は無難にクリーム色のドレスを選んだ。Aラインに広がるスカートのフリルには所々金糸が使われており、動くたびに光を反射してキラキラと光るのだというが、私には正直そんなことはどうでもよかった。肩を出して、胸の形を綺麗に整えて着たドレスは、自分で言うのも変な話であるが私によく似合っていた。私によく似合っていて――私を最低の気分にさせるのに、これ以上ないというほどのドレスだった。
 それなりに値の張るダイヤがあしらわれたアクセサリーをつけ、薄いブルーのシンプルなボレロを羽織り、いつもより少しだけ気合を入れてメイクをした。
 私のドレス姿をみたスコッチが「似合っている」とも「綺麗だ」とも言わず、ただ困ったように笑っていたので、「どうですか?」と自分から声をかけた。スコッチからは「まあ、いいと思う」と、マイナス一億点のような台詞を吐かれて思わずこちらが苦笑いしたのも懐かしい。アイツも、決して器用な男ではなかった。

 そうして、スコッチを腕を組んでパーティー会場に行くと、ジンとライはまだ到着していないようだった。
 わざわざあの二人を待つ必要もないので、先に入って適当にドリンクを飲みながら情報を集めていると、なんとまあ、無駄に金があると人間とはこんなにも碌なことをしないものなのかと思わされるような話ばかり聞かされて、笑顔を作るもの一苦労だったものだ。品のない目で見つめられることもあり、全裸になってもいいから今すぐにでもこの鬱陶しいドレスを脱ぎたいと何度思ったか分からない。
 しかし、そんなことを思いながらも、私は未だ姿を見せないライのことが気にかかっていた。私がここまで不快な思いをしているのだ。ライだって、本当はこんな場には出てきたくないはずだ、と。
 ライが任務に私情を持ち込むようなことをしないのは分かっていたが、自分と同じ思いをライにさせて、少なからず着飾ってくるであろうライをこんな下品な連中の目にさらしたくなくて、私はライが来る前に任務を終わらせてしまいたいとすら思っていた。
 しかし、当然ながら降谷一人でどうにかなることを組織がわざわざ四人も送り込むわけもなく、ライはその会場に姿を現した。

 赤、だ。

 オールバックにして髪を後ろで一つにまとめたジンのジャケットにするりと絡みつく白く長い腕。股下数センチまでざっくりとスリットの入った黒のロングドレスには、左の胸もとから足元にかけて真っ赤なラインが一筋入っていた。
 真っ赤なハイヒールに、そして真っ赤な唇。髪は左に流し、首元には眩しいほどにダイヤが埋め込まれたチョーカーが光っている。
 そして何より、ライの姿に鼻の下を伸ばしながら話かけてくる男に対して、ライは真っ赤な唇をきゅうっと吊り上げて、目尻を優しく緩めて、ジンに絡めた腕をそのままに微笑みかけたのだ。
 
笑ったのだ。あの、ライという女が。男の機嫌をとるために。

 そこからの記憶はひどく曖昧だ。ただ、あの時から私の頭の中にはライが纏う「赤」が鮮明に焼き付いていて、何をしていてもあの赤がチラつくようになった。

 ライは、理想だと思っていた。
 誰に媚びることもなく、ただ自分の能力を示す。
 何を言われようと傷つくことなく、自分の道を真っすぐ前を見て歩き進む。
 理想の女だと、思っていた。

 裏切られたような気持ちになったのは、完全にライにのめり込んでいた、ただの自分の失態だと思った。

 〇△◇

「ティラミス、少し甘すぎたな」
「それは残念でしたね」
「君は、料理は手伝ってくれるが、デザートは絶対に手伝ってくれないもんな」
「手伝ってもらうのが当然だと思ったら大間違いですよ。それに何度も言っているでしょう。甘いものは嫌いなんです」
 ぷくっと頬を膨らませて私の一方後ろをあるく赤井に呆れたような声をかけながら、午後から始まる会議に向けて私達は庁舎へと足を向けていた。カツカツと気味がいい音を鳴らしながらあの高いヒールで歩く女が、すねた子供の様に頬を膨らませているなんて、あまりのギャップに少しだけ笑いそうになったのは秘密だ。
 ライの時は知らなかったが、赤井は結構女の子らしいものが好きだ。少しミーハーと言ってもいいかもしれない。
 友達が美味しいと言ったものを食べたくなったり、デザートは別腹だったり。可愛いものが好きで、「マカロンが旨いかどうかは分からないが食べる時に間違いなくテンションは上がる」などと男らしいのか女の子らしいのかよく分からないことを言ったりもする。
 メイクだって季節ごとに使う色を変えるし、意外とデパートコスメなんかが好きで時間があればぶらぶらとうろついている。服だって、今は仕事でパンツを履いているが、マネキンが来ているスカートやいかにも女性らしいコートを欲しそうに見つめることだってある。
 ふたを開けると、私が「ライ」に描いていた理想の女性像とはまったく違った人間なのだから、探り屋の名も泣くというものだ。
 さっきまで膨れていたのが嘘のように、いつの間にかすっかり機嫌の直った赤井は、私の隣に並んで「次は中華に行こう」などと嬉しそうにお喋りをしていた。カツ、カツと響くヒールの音に、少し低い赤井の声、そして、真っ赤に色づく街路樹。
 目の前に、ひらりと赤い葉が落ちてきて、降谷の頭にはまたあの時みた「赤」が鮮明に思い浮かんだ。

「ねえ、赤井。急に変なことを聞きますけど、女に生まれて後悔したことってあります?」
「女に生まれて、後悔したこと?」

 あまりにも突拍子のない問であることは分かっていた。でも、脳裏に焼き付いたあの赤がちらつくと、どうしようもない気持ちになるのだ。
 女だからと馬鹿にされないように、必死で生きてきた自分の方が哀れだと言われているような気さえして――どうしようもなくなるのだ。

「女に生まれて後悔したこと、というのは難しいな。性別は自分が選べるわけじゃあるまいし」
「あー、まあ、そうなんですけど。あの、」
「でもそうだな。女として生まれたのに、勿体ないことをしたなと後悔していることは山のようにあるな」
「…勿体ない?」
「例えば折角女として生まれてきたのに、若い時はあまり肌を出すのが好きじゃなくて露出が控えめな服ばかり着ていたな。胸がないのがコンプレックスで、そこを隠したかったとも言えるが、今思えば若い時のあの肌艶は今になって手がはいるものではないだろう?もっと見せびらかしておけばよかったな、と」
 そう言って指を一つ折り曲げた赤井は、今後は少し上を向いてうーんと唸った。そして。
「それに、そうだな。写真をもっと残しておけばよかったな、と思うかな。これは女だからどうこうってわけではないかもしれないが、どうも写真をとったり記録を残すという習慣がなくてな。特に友人たちと一緒の時の写真を残しておけばよかったなと思うことはあるよ」
「? 貴女、私と食事行く時、結構写真撮ってますよね?まぁ、私を映さないように気は使ってくれている様子ですけど…」
「この反省をもとに、最近は写真を頑張っているんだよ。特に君と一緒にいる時はね」
「またどうして」
「君を直接写真に収めることはできないが、一緒に食べたものは残しておけるだろう?それを見て、間接的に君を思い出せる」
「ふっ、なんですかそれ。まるで私を忘れたくないみたいな」
「忘れたくないよ。君のことは。何一つ」
 いつの間にか、ヒールの音はやみ、真っ赤な街路樹をバックに二人で向かい合っていた。赤井のグリーンの瞳が私を貫き、瞳の奥には上手く笑えていない自分と赤く染まった木々が映っている。
「君は私の理想の女の子だからね」
まっすぐ自分を見つめながら言われた言葉の意味が最初分からなくて、しばらく考えて理解して、そして、腹の奥底から激情という名にふさわしい、物凄い感情が湧き上がってきた。

 私を、馬鹿にしているのだろうか。
女に生まれながら、女と言う性を拒絶しながら生きる私への、最高の皮肉だ!

「なっ」
「君は可愛い女の子だよ」
「なっ、そっ」
「そうだな、例えば、一生懸命背伸びをして見栄を張る様なんて、まるで幼い子供が大人ぶる姿を見るような気持ちになって、微笑ましいよ」
「は、はぁ??おまえ、私を馬鹿にしてっ」
「それに、本当は甘いものも見た目が可愛い料理も好きなのに、嫌いだと言って絶対に食べない意地っ張りなところも可愛い」
「…」
「君はうまく隠しているつもりかもしれないが、私が取り分けた食事を食べる君は蕩けそうに幸せな顔をしているし、そのあとにガツガツと沢山ものを食べる君は実に豪快で見ていて気持ちが良い」
「赤井、」
「まぁ、できるなら。君が心から好きなものを豪快に食べる姿が見れるのが理想だが、高望みはしないことにするよ」
警戒心の強い君を折角ここまで手懐けたんだ。今さら焦るつもりはないよ。と、どう考えても失礼きわまりない台詞を吐いた赤井に対して、私はなにも言い返すことはできなかった。

「君は自分が女であることが嫌なようだが、私は君が女で良かったと心底思っているんだ。零れ落ちそうな程大きな瞳に、君が好きなものをいっぱいに映してやりたい。色とりどりのお菓子に、キラキラと光るアクセサリー。美味しいパスタに、可愛い服。君が自分で自分のことを可愛い女の子と認めなくても、私の中で君は、一目見た瞬間から可愛いプリンセスだったんだよ」
 プリンセスにしては、少しばかり気が強すぎるが。
 そう言って、赤井はまたカツカツとヒールの音を響かせながら歩き始めた。私は、しばらくの間、だんだん小さくなっていく赤井の後姿を呆然と眺めていた。

 足元のヒールはいかにも歩きにくそうで機能的ではない。履くと痛くなりそうだし、そもそも私には似合わない。
 いかにも女性受けを狙いましたというメニューを食べるのは、店の戦略にまんまとはまったと思われるのが嫌でどうにも手がでない。サーモンとアボカドの料理なんて一番最低で、タピオカなんかもどこがいいのか分からない。
 ネイルだって、いくら控えめな色であっても仕事をするのに不必要なものだ。チャラついていると思われると信用だってされないし、そもそも自分の職業ではそんなことをしていたら上司に酷く怒られてしまうに違いない。
 でも、本当はヒールだって履いてみたかった。サーモンとアボカドだって大好きだし、可愛いネイルだって一度でいいからしてみたい。

 赤井みたいな女は、嫌いだ。
自分の理想の女でなくなってからも尚、私がやりたくてもやれなかったことを平然とやってのけるから。

 カツカツと、立ち止まる降谷をよそにヒールの音は止まることなく進んでいった。長い髪をなびかせて、すらっとした手足を振って歩く女は、遠くから見ても完璧にイイオンナだ。
 しかし、そんなオンナが、私を可愛いプリンセスだと言う。私なんかを、可愛い女の子だと言う。

 再び降谷の目の前に、真っ赤な葉が落ちてきた。
 自分だって、この葉のような真っ赤なルージュを引いても許されるとでも言うのだろうか。

 降谷は、足元に落ちたその葉を一つ拾って、唇にぎゅっと押し当ててみる。
 こんなことをしても色がつかないのは分かっている。分かっている、が、この世界に、私がこの色を身にまとうことを許してくれる存在がいると思うと、今すぐにでもこの赤が欲しくなったのだ。
 目を閉じて、葉に唇を這わす。水分を失いパリッとした葉は、葉脈が一つ一つ筋張っていて決して触り心地はよくない。当然だが、熱も通っていないので、無機質な冷たさしか感じることはできない。しかし――ちゅ、と唇から葉を離すと同時に目を開けた時に私の瞳に映った赤井は、こちらを見てあまりにも温かく、優しく微笑んでいた。

 赤は嫌いだ。
 でも、私はどうしようもなく赤が欲しい。

 赤井に向かって一歩踏み出した私の足は軽やかなヒールの音を響かせることはないけれど、赤井のところまで確実に歩いていくことはできる。

 赤が欲しい。

 この世界で初めて、私が私として生きることを許してくれたのは、大嫌いな赤だった。

2019年11月15日
第3回BLove小説・漫画コンテスト結果発表!
テーマ「人外ファンタジー」
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