赤井レストラン



「ぬぬい!ぬぬぬぬぬいぬぬぅぬい。」
「ぬ?」
「…まだ諦めていなかったのか。」

 最近、安室君の「レストランに行きたい」という話を毎日聞いているような気がする。夕方の情報番組で観たレストラン特集がよほど気に入ったようで、暇さえあれば「レストランに行きたい」「連れていけ」と言うようになっていた。
 そもそも、レストランに行くのはいいとして、彼らは見た目はぬいぐるみ(中身もぬいぐるみだとは思うがその点はよくわからない)。行ったとしても大々的にレストランで表に出すわけにもいかず、結局は鞄でコソコソしなくてはならない羽目になると何度説明しても「最近のレストランはプライバシー確保の為に半個室になっている所が多いと言っていました。大丈夫です。」の一点張り。半個室と言っても、隣との境になっている椅子の背もたれが少々高い程度で完璧に中が見えないわけではないのだが、その辺りは全く聞き入れてはくれない。

「ぬぬいぬいぬいぬぬーぬんぬぬぬ。」
「…ぬぅ。」

 最初は安室君と一緒になってレストランに行きたそうにしていたシュウは、流石俺の分身なだけあって俺が連れていく見込みがないと判断したのか早々に諦めていた。そして、最初は行きたいと駄々をこねる安室君をなだめてくれていたのだが、最近ではあまりのしつこさにやや呆れ気味だ。

「レストランに行っても、はしゃがず、騒がず、鞄の中でじっとしていられると約束できるなら連れて行ってやろう。」
「ぬい!?ぬぬぬいぬいぬぬうぬいぬぬいぬいぬ!?!?」
「当たり前だろう。君達は自分の特異性については理解しているな?大っぴらに外で動けないということも。」
「ぬぬい!ぬいぬいぬぬぬいぬーぬぬぬっぬぬっ!!」
「今議論すべきは人権問題ではない。確かにぬいぐるみと言う点で不便を強いられていることは否定できないが、子供がお酒を飲めないように、女性専用車両と言うモノがこの世に存在するように、自然保護区が定められているように…住み分けというものは少なからず必要なのだよ。分かるな?」
「ぬぬい〜ぬいぬ〜〜。」
「駄々をこねても駄目なものは駄目だ。オムライスが食べたいというなら買って来てやるし、ビーフシチューが食べたいというなら作ってやろう。パフェは…まあどこかで調達できるだろう。」
「…ぬっぬぬい!」
「安室君。聞き分けてくれ。」
「ぬい!」

 フンッと顔を大きく反らしてプリプリと怒る安室君を見て、ああ、これは今晩のメニューもインスタントラーメンになりそうだとげんなりする。レストランに連れていくまでご飯は作らないと宣言してからここ3日、我が家の食事は炭水化物のオンパレードとなっていた。
 まあ、特別食にこだわりがない俺としてはメニューがそうなっているのは別にいいのだが(でもコレを言うと安室君の機嫌が更に地に落ちることは間違いないので口にはださないが)、家の雰囲気が悪いことだけはいただけない。
 フゥーと煙草の煙を吐き出して、どうしたものかなぁと考える。レストランに連れていけないことは可哀そうだとは思うが、やはりどう考えても彼らが外で大々的に動いてしまうと混乱は避けられない。だからといって、折角連れていったとしてもずっと鞄というのも可哀そうだ。
 短くなった煙草を灰皿に擦りつけてて火を消すと、ついついすぐに次の煙草に手がのびてマッチをひと擦りする。息を吸いながら煙草に火をつけ、もう一度大きく煙を吐く。…どうしたものか。

「ぬい。」
「ん?」

 そんな俺達を見兼ねたのか、今まで沈黙を保っていたシュウがここで口を開いた。

「ぬい。ぬ。」
「君がレストランをする?どういうことだ?」
「ぬぬいぬ、ぬんぬぬぬ。」
「ほぉー、だがしかし君は料理ができないだろう。どうするんだ?」
「ぬ…ぬぬんぬんぬ。ぬー。」
「…それは、レストランと言うよりはバーだな…。」
「ぬ、ぬ。」
「…と、シュウが言っているが…安室君、これでどうだ?シュウが酒を作ってくれるというなら、俺は軽いつまみくらいは作ろう。」
「ぬぬいー…」
「安室君、レストランじゃなくて悪いが、俺とシュウで今晩は君をもてなそう。君が気に入っている海外ドラマを見ながら3人でののんびり酒を飲む。それでどうだ?」
「…ぬ!ぬぬいぬいぬぬぬいぬ!ぬぬいっ!!」

 と言う訳で、今晩は我が家で小さなバーが開かれることになった。



 バーの為に買いだしに出た俺は、シュウが買ってきてほしいと言った酒やリキュールを調達していたのだが、どう考えても安室君の酒の好みではなく自分の欲しいものをピックアップしていることに思わず苦笑いを浮かべてしまう。
 まあ、家でレストランをするなんてことは俺には想像もつかなかったことだ。彼の一言のおかげで安室君の機嫌が直ったと思うと、少しくらいは彼の思惑に乗ってやってもいいだろう。それに、基本的には彼と俺の好みは一致している。少々値の張ることだが、俺にとっても悪い話ではない…と言うところまでシュウはお見通しなのだろうが、とにかく、言われたままに酒をカゴに入れる。
 家で2人で俺の帰りを待っているであろう姿を想像すると、思わず口元が緩んでしまいそうだったが、キュッと引き締めて買い物をしていると、急に後から声をかけられた。

「あれ?赤井。こんな所で会うなんて珍しいですね。」

 それは聞きなれた声で、振り返ると案の定降谷君がぽかんとコチラを見ていた。

「ああ、降谷君。君こそ平日の昼からこんなところで何をしているんだ?」
「僕は上のお使いがてら休憩ですよ。お客様にプレゼントする為に注文していた酒が届いたというから取りにきたのですが…赤井は、また、すごい量の酒ですね。」
「ちょっと事情があってな。」
「事情?」

 そして、俺は一連の流れを降谷君に説明した。彼はきっちりとスーツを着ていたから、本当に仕事中に軽く休憩に来た程度だろう。あまり引き留めないようにと思い短く、かいつまんで話していたのだが、話が進むにつれて彼の目が見る見るうちにキラキラと輝いてきた。…輝いてきた?

「あ、赤井と赤井さんがバーをするんですか?」
「ああ。…?」
「それって、僕も行ってもいいですか?勿論、僕だって酒は持っていくし、お邪魔させてもらえるならつまみは全て作りましょう。なんなら、安室が食べたいと言っていたオムライスなどのレストランメニューだって作ってもいい。」
「ほぉ。」

 降谷君のそれは、なかなかに魅力的な提案に聞こえた。
 彼が来てくれたら、本来安室君が食べたいと言っていたものも食べさせてあげられるし、喫茶店で働いていた彼ならパフェでもなんでも作れるだろう。安室君の期待に、より近い形で希望を叶えてあげられるかもしれない。

「ちょっと待ってくれ、一応彼らに確認をとろう。」

 しかし、俺としては来てくれたら大助かりだが、今日の主役はあくまで安室君だ。彼の降谷君嫌いはもう有名なところではあるが、彼だってオムライスとパフェを天秤にかけると降谷君の参加を認めてくれるかもしれない。
 そう思い、一度籠を床において、スマホで家に電話をかける。
 電話をかける俺の様子を、目の前の降谷君が物凄い形相で見ているが、なんだろう、そんなに安室君達と一緒に酒を飲みたいのだろうか。いや、彼がずっと会いたいと言いていたのはシュウだったから、もしかするとシュウに会うチャンスだとでも思っているのかもしれない。

「ぬいぬ?」
「ああ、安室君、俺だが。」
「ぬいぬぬぬ?ぬぬんぬ?」
「いや、買いだしは何も問題はないよ?シュウも問題なく用意しているか?」
「ぬいぬー。ぬぬぬいぬいぬぬぬ。ぬぬ。」
「はは、結局氷を作るもの君に手伝ってもらったのか。まったく仕方のないやつだ…っと。それはいいのだが、電話したのは君に確認したいことがあって。」
「ぬいぬ?ぬぬぬ?ぬ?」
「いやいや、そうじゃなくてな。今、偶然店で降谷君と出会って話をしていたのだが、君さえよければ降谷君も今夜家に来たいと言っているのだがどうだろう。君が食べたがっていたオムライスやパフェを作ってくれるそうだが、」
「ぬ。」

 ―ガチャ。
 普段あんなにお喋りな安室君が、たった一言だけを発して電話を切った。
 ツー、ツーと2回鳴り完全に通話が切れたスマホを耳に付けたまま、そっと目の前の降谷君に目を合わせると、期待に目を輝かせてまだじっとこちらを見ていた。
 「駄目です」とたった一言。考える余地もなく下されたその判断を降谷君に伝えるべく、ゆっくりとスマホを耳から離して口を開こうとするが、まあ、なんと言うか、非常に言いにくい。
 きっと彼はがっかりするだろう。――シュウに会えなくなったことを。

「降谷君。」
「はい。」
「駄目だった。」 
「…はい。」
「すまないな。」
「……いえ、安室に電話しだした時点でなんとなく予想はしていました…。どうぞ3人で楽しくお過ごしください。」
「…すまないな。」
「いえ…ああ、そうだ。」

 案の定ガッカリ…と言うか、まるで何かに絶望したとでも言わんばかりに落ち込んだ降谷君が、ゴソゴソと買い物袋を漁り出し、「これどうぞ」とチーズを差し出してきた。

「これは?」
「最近気に入ってよく買っているのですが、1つ差し上げます。今日のつまみにでもしてください。」
「…いいのか?」
「ええ。いくつか買ったので。また感想でも教えてくれたらそれでいいですよ。」
「ありがとう…助かるよ。」

 そう言って彼に手渡されたチーズは、確かに酒のつまみにはぴったり合いそうなものだった。それだけを渡してガックリ帰っていった彼の背中を見つめて、おそらくシュウに食べて欲しくて渡されたソレを今晩彼が食べるのを想像してツキリと胸が痛んだことには気付かないふりをして、重い籠を持って会計へ向かった。



 そして夜。
 わざわざ安室君がどこからか用意していた腰に巻くタイプのエプロンを俺とシュウでお揃いでつけて我が家で小さなバーが開催された。

「ぬぬいーぬいぬいぬぬいぬい!」
「ぬ。」
「安室君、あまり飲み過ぎないようにな。」
「ぬぬいー!ぬいっぬい!」
「ああ良かった、そのマリネはなかなか自分でも上手くできたと思っていたんだ。ん?またおかわりするのか?」
「ぬいぬー!ぬいぬいぬ!ぬぬんぬぬぬっぬぬぬ!」
「はいはい、まだ冷蔵庫にもあるから出してくるよ。シュウ、その間に俺の酒追加で作っておいてくれ。」
「ぬ。」
「ぬぬいー!!」

 安室君もシュウも、そして俺も楽しく酒を飲んで、レストランには連れて行ってやれなかったけど、たまにはこういうのもいいものだと、程よく酒が回った頭で考える。今度から定期的に開催してもいいと思えるくらいには楽しい。
安室くんが気に入って見ているドラマはアメリカが舞台で、無能な警察と優秀な探偵が出てくるミステリーだ。話としてはなかなか面白いのだが、なんにせよFBIが随分と間抜けに描かれているので、俺としては少しだけ微妙な気持ちになってしまう。
そんなドラマに安室君とシュウは展開を予想しながらぬいぬい言って推理勝負をしているようだが、実はもうお酒はほとんどが安室君が作っていてシュウは何もしていないということは指摘しないでもいいだろう。レストランだなんだと騒いでいたが、要は3人でこうしてゆっくり食事を楽しみたかっただけかもしれないな…。

「ぬぬいー!!」
「はいはい、今戻るよ。」

 マリネを取ってバタンと閉めた冷蔵庫の片隅で、今日降谷君にもらったチーズがちょこんと置かれているのが見えたが、それはまあ、今日は十分につまみもあるしまた今度出せばいいか。

2018-03-01
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