はじめまして



「すごい…こんなに旨いものを食べたのは初めてだ…!」
 
 赤井の目が見開かれ、キラキラとしたグリーンの瞳が顔を出した。パクパクと自分の弁当を食べ始めた赤井を止めることも忘れて、ただ呆然とその光景をみる。
 どうしてこうなった。
 
 
 
 ことの始まりは、昨日のポアロまで遡る。
 昨日は最後まで梓さんと2人でシフトに入っていて、一緒になって閉店準備をしていたのだ。今日の夕飯はどうしましょう、今から作るのはなんだか面倒ですね、なんていうどうでもいい世間話をしながらテーブルを拭き、食器を棚に並べ、閉店後の穏やかな雰囲気を楽しんでいた。
 
「僕は、夕飯どこかでテイクアウトでもしようかなぁ。」
「えー、私はどうしよう。いま給料日前であんまり余裕がないし…あっ、そうだ!私実は今はまっているものがあるんですよ!」
「へえ、なんですか?」
「安室さん、生姜焼きの素っていうの売ってるの知ってます?このソースを豚肉に絡めるだけであっという間に生姜焼き〜ってやつです。」
「そんなのがあるんですか。でも、生姜焼きなんてわざわざ素を買わなくても、適当に調味料入れると大抵美味しくできる気がしますけどね。」
「私も最初はそう思ってたんですけど、あなどるなかれ!ですよ。これが意外といけるんです!あっ、そうだ。バイトに来る前に買ってきたのが丁度あるから、騙されたと思って作ってみてくださいよ。これなら、今日の夕飯も簡単に済んじゃいますよ!」
 
 と、生姜焼きの素なるもとをお裾分けしてもらったのだ。
 実際、夕飯作るのが面倒だと思っていたのは事実だったが、こうしてこれをもらった以上早めに使って感想を伝えた方がいいだろう。冷凍してある豚肉も確かあったし、これなら明日の弁当も生姜焼き丼にでもすれば賄えるか、と簡単な気持ちでそれを使った。
 正直な感想としては、不味くもないが旨くもない。というか、やっぱり生姜焼きなんて普通に簡単に作れるし、あえてこれを買って作る必要性もない。そんな印象だった。 
 
 そして、話は最初に戻る。
 
 警察庁に出勤して、お昼時に弁当をレンジでチンして食べようとしたときに何故か赤井が来て、「いい匂いがするのを食ってるな。昼をまだとってなくて、そんなものを見せられたらますます腹が減ってしまうよ。」「あっ、じゃあ一口食べます??」。そんなやり取りがあり…これだ。
 
「君はすごいな!本当に旨いよ!」
「えっ、いやっ、ただの生姜焼きですよ。肉も安いやつだし…」
「いやいや、俺が作ってもこうはいかない。こんなに旨い生姜焼きを初めて食べた!料理上手とは聞いていたが、まさかここまでとはな!」
「は、はぁ…」
 
 心の中では、お前それインスタントのソースだから誰でも作れるよ、とか、そんなものが一番美味いとかお前今までどんな生姜焼き食ってたんだとか、つうか俺の昼飯全部食うなよとか、言いたいことは山ほどあった。しかし、口からでた言葉はそれらとはまるで違い。
 
「そんなものでよければ、また作ってきますよ。」
 
 そう、何を隠そう降谷零という男は赤井秀一に惚れていたのだ。
 
 
 
 結局何をしに警察庁に来たかよく分からなかった赤井は、降谷の一言にまた目を輝かせて、
 
「本当か!それは嬉しいお誘いだ。では、また君の都合のいいときにでも作ってくれると嬉しい。これは俺のプライベート用の連絡先だ。連絡を待っている。」
 
 と、喉から手が出そうな程欲しかった連絡先を簡単に置いて、颯爽と、それはもうスキップでもしそうな勢いで帰っていった。
 あまりにもすんなり手に入ったそれが夢ではないかと、結構本気で疑った。しかしそれは試しに送った「1週間後の金曜日もコチラに出勤するので、その時はどうですか」と送ったメールに、3秒で「是非」と返ってきたことで現実だと認めることができた。
 
 そして、そこから降谷は死に物狂いで料理本や料理サイトを研究した。惚れた相手にはインスタントではなくちゃんとした手作りのものを作りたいという可愛い男心だ。ただ、生姜焼きというシンプルな料理だからこそ、何をみても同じようなことしか書いておらず、逆に悩むことになってしまった。 
 肉は一晩漬けた方がいいのか、いやいや、漬けすぎると肉が固くなる。上等な肉にしたほうがいいのか、いやいや、逆に安い肉だからこそ生かせる料理だ。書いてあるものは様々で、研究を始めて2時間もあれば「要は好みの問題」という結論に至ることはできた。しかし、だからこそ難しい。結局降谷は次に赤井に生姜焼きを振る舞うまでの1週間、毎日生姜焼きを食べ自分なりの1番を探しだした。

 
 
 そして、いよいよ約束の日。赤井は花でも飛んでいるかのようなホワホワした表情で降谷の元に現れた。
 
「しまりがない顔になってますよ。」
「仕方がないだろう。あの日の味が忘れられなくて今日が楽しみで仕方がなかったんだ。」
「そんな大したものじゃないんですけどねえ…」
 
 呆れたような表情を作ったが、赤井が自分と会うまでのこの1週間をそんな風に過ごしてくれていた事実を知って顔が弛みそうなのをこらえた。自分と会うのが楽しみで仕方がなかったなんて、言われて嬉しくないわけがない!
 
「はい、じゃあこれ、念願のやつですよ。」
「ありがとう…!ここで食べても?」
「そのつもりでお茶も箸も用意してます。」
「最高のもてなしだ!」

 赤井が蓋を開けてまた目を輝かせる。研究に研究を重ねて作った生姜焼きだ。はっきり言って自信作だ。赤井が箸を割り、肉を数枚一気に口に運ぶ。モグモグと租借する姿を見て、赤井秀一が自分の作った料理を食べているという光景を目に焼き付けた。モグモグする赤井秀一かわいい。
 しかし、ここで1つ異変が起きた。もしかしたら、他のやつなら気づかなかったかもしれない赤井の微妙な表情を、自分は見逃さなかったのだ。
 
「ど、どうですか?」
「いや、美味いよ。とても。」
「…正直に言ってください。どうですか?」
「…これは前と同じ味付けか?」
「つまり?」
「.........前の方が美味かった。」
 
 な ん だ と 。
 
 
 
 そこから、もういい加減に生姜焼き以外が食べたいと赤井が懇願しても「心の底からお前が美味いと思えるものに出会えたらな」と、終わらない生姜焼き地獄が始まることを今は誰も知らない。
 そして、赤井秀一が惚れた相手の作った初めての手料理に舞い上がって最初の生姜焼きが特別美味しく感じたことも、今は誰も知らない。

2017-12-02
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