着ぐるみの恋♀



 正直、こんなバイトはすぐ辞めようと思っていた。時給がいいからと飛び付いた遊園地の着ぐるみバイトは、ガキんちょ共にはボコボコ殴られるし、着ぐるみは臭いし暑いし重いしで、思っていたよりも過酷だった。毎日辞めたいと思って、毎日出勤するのが苦痛だった。しかし、もういよいよ無理だとネットで必死に調べながら書いた辞表を握りしめて出勤した1週間前、俺の運命は変わった。

「君は、こんなに大変な仕事をいつも頑張っているなんて、凄いな。」
「子供たちの笑顔を見たら、仕事の辛さなんて吹き飛びますからね!」
「ふふ、子供が好きなんだな。」
 
 そう、1週間前にこの赤井秀一さんがバイトに入ってから。
 
 
 
 赤井さんを最初に新しいバイトだと紹介された時は、当然のようにダンサーだと思った。だって、今まで見たことがない程の美人で、ややお胸が寂しいところではあるが、手足が長くて顔も小さい、そんな人が俺と同じように着ぐるみ部門だとは思わないだろう。不思議に思って尋ねると、どうやら恥ずかしがり屋で、人に直接顔を見られるのは苦手なんだと、それも恥ずかしそうに教えてくれた。
 赤井さんは猫のミーコの着ぐるみ担当になった。ミーコは、我が遊園地の中でも人気キャラクターで開業中はずっとランドの隅から隅までを練り歩かなければならないという、着ぐるみの中でもキツイ仕事内容だった。他のキャラと違ってショー等でのダンスタイムがないからと新人が回されがちな仕事ではあるが、過酷さゆえ定着率も低い。俺は、「汗をかくような仕事をしたこともありません」という風に澄ました顔をした赤井さんなんて、正直3日ももたないだろうと思っていた。
 しかし、予想に反して赤井さんは休憩が少ないことに愚痴をいうでもなく、綺麗な顔で汗だくになりながら必死に働いていた。お客様から写真を求められると、腰に手をあてながらミーコの特製アイテムである星のステッキを高く掲げ可愛らしいポージングを完璧にきめ、質の悪い客に絡まれても、「ミーコ困ったニャン」と声が聞こえてきそうなほど可愛らしく上手くかわしてみせていた。そして、極めつけが周りのスタッフに対する配慮だ。美人で取っつきにくそうというイメージをことごとく壊し、積極的に「こう言う時はどう対応すればいいですか?」とか「キャラクターの性格的にこういう動きを取り入れてはどうでしょう?」などと、色んな人に話しかけてくれるのだ。俺みたいな野暮ったい男に対しても、美しい笑顔で「お疲れ様」なんて声をかけてくれる。…惚れない方がおかしいだろうこれは。
 そして、あれだけ辞めたくて仕方のなかったバイトは、俺にとって人生の楽しみになった。
 

 そんなこんなで1週間経った今日、俺は思いきって赤井さんに告白しようと決めた。ついこの間はネットの検索履歴は「辞表 書き方」だったのが、今では「告白 手紙 シュチエーション」だ。丸2日かけて必死で書いたラブレターを握りしめて今日の俺はやる気だ。
 今日も赤井さんは素敵だ。可愛らしく首をかしげて子供達と写真をとるミーコは、もう抜群に可愛い。心なしかミーコ自体が可愛くなっている気持ちすらする。俺の作戦はこうだ。仕事終わりに手紙を渡すのではひねりがないので、お互いに着ぐるみを着た状態で、片膝をついてロマンチックに手紙を渡してみるのだ。そうしたら、ちょっと卑怯な話だが赤井さんは手紙の受け取りを断れないし、俺がカエルのゲロスケに入っていると知っている赤井さんには間違いなく俺の気持ちは伝わるだろう。
 意を決してミーコの元へ歩き出す。一歩、また一歩とゲロスケの緑の足がミーコに近づいていく。俺の心臓はカエルの歌もビックリなほどリズミカルにビートを刻んでいる。ミーコが子供達と写真を撮り終わったタイミング、そこで勝負をかける!もう今ミーコが一緒に撮っている女の子が終わればミーコはフリーだ。カメラを構えていた母親らしき人がミーコにお礼を言って、女の子もミーコにバイバイをしている、今だ!

「やあゲロスケ!今日はこんな所にいるなんて珍しいね!森の君のお店は休業なのかな?」 
 
 わ、ワンタロウ…だと。
 ワンタロウはミーコに並ぶ人気の犬のマスコットではあるが、中身は俺の友達の山田だ。山田には今日の作戦を伝えていたというのに、なぜこのタイミングで話しかけてくるんだ!
 
「や、やあワンタロウ!君はこんな所でなにをしているんだい?」
「僕?僕はミーコを迎えにきたんだ!今から一緒にティータイムの約束をしていたからね!」
「そ、そうなんだ!いいなぁ。」
 
 や、山田…!そんな設定は聞いたことがない。嫌がらせか、嫌がらせかなのか。お前、前に聞いたときは「赤井さん?俺、ああいうキツイ顔した女は好みじゃねえんだよな。」って言ってたじゃないか。どういうことだ、何がお前をそうさせたんだ。なぜここになって、こんなに酷い裏切りを。
 
「ワンタロウ君!ごめんね?約束してたのミーコすっかり忘れちゃってた!」
「いいんだよミーコ。こうして君を迎えにくるのも僕の楽しみの1つだからね。さあ、とびっきりのお菓子を用意しているから、一緒に行こう!」
「ありがとうワンタロウ!楽しみだわ!!」
 
 そうして、ミーコはピンクの尻尾を可愛らしく揺らしながらワンタロウに腰を抱かれて去っていってしまった。
 
 そこから、ミーコに近づこうとすればワンタロウがどこからともなく現れてミーコを連れていったり俺を引き留めたり、ある時は巧妙に子供達と写真を撮るように促されて気づいたらミーコもワンタロウも遠くに行ってしまっていたなんてこともあった。
 今日は開業直後からミーコに接触を試みているというのに、アッと言う間にもうすぐ閉園時間だ。今日はもう無理かもしれない、そんな諦めムードが俺の中で漂ってきたところ、偶然にもミーコを目の前に見つけた。しかも、近くにワンタロウもいない、子供達もいない。どう考えてもラストチャンスだった。
 
「ミ、ミーコちゃん!!」
 
 やった、ついにミーコに喋りかけることができた!ミーコは俺の声に気付くと、これまた可愛らしくクルンと回って首をかしげた。くっ、あざといが可愛い!

「ミーコちゃん、僕、ミーコちゃんに話があるんだ!」
 
 そういって、さあ膝をつこうと前のめりに重心を下ろしていったその瞬間…。
 
「邪魔だどけぇ!殺されてえのか!!!」
 
 と叫びながら包丁を振り回してコチラに走ってくる男が見えた。…え、えええええ!なんだあの危ない奴は!警備はどうなってるんだと言うか包丁って普通にヤバいえええええ!!
 辺りは騒然とした。オルゴール調のBGMは悲鳴と泣き声でかき消され、お客様はパニックで大混乱だ。俺もしばらくは混乱して動けなかったが、ハッとした。あのヤバいやつはコチラに向かって走ってきている。ミーコも恐怖からかそちらを向いたまま微動だにしない。…ここは、男としてミーコを、赤井さんを守ってやらねば!!!
 震えそうになる足を必死に奮い立たせ、ミーコの腕をとろうと手を伸ばす。ひとまず逃げることが大切だ。
 あと数センチで手が届く、そんな時、なんとミーコはふらりと包丁男のいる方へ足を踏み出してしまった。なんてことだ、ミーコは恐怖のあまり、足がふらついているのではないか!
 これは大変だ早くこちらに引き寄せてあげないと、と焦る俺と引き換えに、ミーコはフラフラと、まるで引き寄せられるかのように男に近づいてしまう。男も自分に近づいてくるミーコに気づいたのか、今までは無我夢中で走っている様子だったのが完全にミーコにロックオンしている。
 もう2人の距離は数mもない。危ない、このままでは…
 
「っ赤井さん!!」
 
 俺がこう叫ぶのと、どちらが早かっただろうか。ミーコが一瞬膝を曲げて重心を下ろしたかと思うと、目にも止まらぬ早さでピンクで可愛い短い足がとんでもない勢いで男の腹にめり込んだ。俗に言う回し蹴りという技だ。
 
「……は?」
 
 そこからはよく覚えてないのだが、失神した男を、遅れてやって来た警備の人間が取り囲んで連れていき、バックヤードに帰ってきた俺に対してミーコの頭をとった赤井さんから「怪我はなかったか?良かった、君にもしものことがあつたらゲロスケを好きな子供達が悲しむからな。」とうっすら汗ばんだ美しすぎるお顔で男前過ぎる言葉をかけられ、気づいたら自分の家に帰ってきていた。おかしいな、記憶が曖昧だ。
 そういえば今は何時なんだろう。それすら分からないと思いスマホで時間を確認しようとすると、新着の連絡が来ていた。
 
「……………は?」
 
 「なんかスゲエ事件があったらしいけど大丈夫だったか?いやー、今日俺、仕事休みで良かったわ〜」と山田から連絡が来ていた。え、じゃあ今日のワンタロウなんだったの?誰だったの?…もうよく分からないが今日は疲れたので寝てしまおう…。

そして、一晩ぐっすり寝て翌日出勤すると、朝礼で上司から赤井さんが辞めたという話を受けてまた1日が始まった。

「は?」
 
 俺はいったいどこから夢をみていたのだろう。

2017-12-09
「#オリジナル」のBL小説を読む
BL小説 BLove
- ナノ -