雪の日



  降谷零は、赤井秀一という男は一見すると冷静沈着で物事を客観的に見る目を持っている様にみられがちではあるが、実に主観的に動く人間だと思っていた。まだ彼らがバーボンとライだった時から、赤井のその片鱗を見つけていたし、そういうところが赤井の嫌いなところの1つでもあった。
 
「今日の任務はこの男の暗殺です。僕がこの道までおびき出すんで、ライは合図を待って狙撃してください。」
 
 その日の任務は、とてもeasyなものであった。武術に精通しているわけでも情報収集に長けているわけでもない、ただただ私欲に負けて組織の金を掠め取ろうとした男の暗殺。わざわざコードネーム持ちの2人でやるほどの任務でもなかったが、前の仕事からのアクセスが良かったからという理由で回されただけのものだった。勿論、こんな仕事は1時間もあれば十分かたがつく。人を1人殺すのに簡単も何もないが、この時の俺たちは組織の信頼を得ることに比べると人の命が随分と軽く思えたのだ。
 そんな簡単な任務で、ライは難色を示した。正確に言う、任務の内容自体には特に文句をつけたわけではないが、別の方法をとろうと言い出したのだ。まぁ、僕の計画にケチをつけられたのは決して面白くはなかったが、遂行できれば方法なんてなんでもいい。そう考えてライの話を聞いていたのだが、どう考えても効率が悪い計画をつらつらと喋りだしたので驚いたものだ。ずっと黙って聞いていても、この男は何を言っているんだろうかという不信感しか芽生えないようなくだらない内容を喋り続けるライも、僕が考えていることを読み取ったのだろう、途中からは妙に言い訳がましく、いつも自信あり気なライらしくない必死になにかを取り繕うかのような物の言い方になってきた。
 
「いや、どう考えても効率が悪いでしょう。」
「だが、俺の言っているやり方ですれば一般人に見られるリスクを背負うこともないし、より安全にできるだろう。」
「まあそうですけど、僕が一般人にばれるような誘いをかけるとでも言いたいんですか?もし本気でそう思っているなら心外ですし、その作戦がベストだと思っているなら僕は貴方を買い被りすぎだったと認識を改めざるを得ませんね。」
「うー…ん、」
「貴方が渋る本当の理由はなんですか?この男、なにか他に隠し持っていることでも?」
「いやそうじゃないんだが…今日は寒いだろう。」
「は?」
「寒いだろ?雪までちらついている。そんな日に例え5分だろうと外で寝そべってスナイプまでの時間を待機するのが嫌だ。」
 
 当然、そんな理屈が通るはずもなくその日ライは27分間の待機の末に一発の狙撃をすることとなった。
 
 
 それからだ、僕はライの思考と行動が至極単純な回路で繋がれていることに気づいたのは。
 雪が降っている日は寒いから外で待機したくない。ピーマンは美味しくないから食べたくない。買い物するのは面倒だから行きたくない。実にわかりやすい理屈だ。ただ、寒いも美味しくないも面倒も、全てが主観的な感想であって他人には計りようのないことであるのだが、観察しているとライが何をするにも、周りが勝手にその理由を深読みしていることが多かったことにに気がついた。
 
「貴方って、随分と甘やかされてますよね。」
「それが雨の中3時間待機していた俺への言葉だとしたら、なかなかにジョークがきいている。」
「温かいコーヒーくらいは用意しておいてやるから、早くシャワーでも浴びてこい。部屋が汚れる。」
 
 

 そうして時は流れ、今、かつてのバーボンとライは降谷零と赤井秀一として新たに関係を構築していこうとしていた。世界中をまたにかけた大捕物を共に成し遂げた仲間であるということは、この男と仲を深めようとするに十分すぎる理由であるし、どこでどう間違えたのか、この男に惚れてしまったこともまぁ致し方ないことだと思っておく。男に、しかも赤井秀一に惚れるなんて僕の人生プランにはなかったはずなのに、世の中本当に不思議なものである。
 ライが赤井秀一になっても、やはり彼の行動のほとんどは主観的な考えに基づいて行われていた。今になって、それがたまたま世間の考えと一致しているからこそ、FBIと言う組織でやってこれたのだろうと理解したが、ここまで分かりやすい人間が諜報機関で上手く立ち回れるということは、奇跡に近いようにすら思う。
 
「降谷くん食事を一緒にとらないか。」
「いいですよ、何にします?」
「腹が減ったから肉が食べたい。焼き肉に行こう。」
 
 まぁ、惚れた欲目とはよくいう物の、以前は嫌いで仕方のなかった赤井のこの考えも、最近では可愛いと思えるようになってきたから不思議なものだ。
 
「赤井、いつもブラックなのに今日は珍しいものを飲んでいるな。」
「ああ、なんとなく苦いより甘い方が飲みたかったんだ。」
 
 赤井の行動に嘘はない。裏を読もうと探りを入れる必要もなければ、赤井がまっすぐに表現した気持ちを疑う必要もない。だからこそ、赤井といるのは楽だったし、そんな赤井とずっと一緒にいれたら楽しいだろうと思って惹かれたのかもしれない。
 今は、まだまだ赤井に気持ちを伝えることもない。完全に友達として接してこられているのも分かっている。ただ、
 
「えっ、赤井。どうしたんですか?」
「ちょっと君と話をしたくて待っていたんだ。」
「わざわざこんな雪の日にこんな寒い場所で…明日じゃ駄目だったんですか?」 
「いや、まあいつでもいいんだが、君の声が聞きたかったんだ。」
「…へぇー。」
 
 雪の寒さに僕の声が勝ったということは、俺は少しは期待をしていいのだろうか。
 
「温かいコーヒーを用意しますから、早く部屋に入りましょう。身体が暖まってからでもお喋りは遅くないはずです。」

2017-12-17
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