0・1・2・・・



 赤井と降谷がパートナーとして人生を共に歩むようになってから数年、彼らに新しい家族ができた。
 男同士であることもあり2人とも子供を望むことはなく、当然のように自分達の人生はこの調子で目の前の男と向き合って終わっていくのだろうと思っていた。ただ、降谷が任務で突入した屋敷の奥まった場所、薄暗く決して綺麗とは言えない部屋に小さな男の子が弱々しく横たわっているのを見つけてその子を抱き上げた時、何故か降谷はこの手を離してはいけないような気がした。今にも折れそうな身体を大切に包み込み屋敷から出てきた降谷を見た赤井も、何故だかその子を守らなければいけないような気がした。そして、人生において大きな決断である養子をとると言う選択は、あっさりと、それはもう簡単に決断されたのだった。
 当然、周りからは反対の声の方が大きかった。犬や猫じゃあるまいしそんなに簡単に決めていいものではない、せめてもう少し考えてからにしろ、なんて言葉は散々言われた。特に降谷の方では、出自不明の者を家族に引き入れることは出世に響くと警察関係者からは良い顔をされなかった。賛成してくれたのは工藤夫妻だけだっただろうか。だが、2人は周りの反対を押し切り、衰弱したその子が治療のため入院していた病院を出る頃には、すべての手続きを終えて自分達の子供として迎え入れたのだった。
 
 子は男で年齢は5歳と答えたが、名前は無いという。正確にはあるようだが、名前だけは何度聞いても口ごもるのだ。まあ、この子が発見された時の状況を考えても、決して良いとは言えない扱いだったことは想像に容易い。呼ばれていた名前にいい思い出はないのだろう。そう考えて、2人の家族として迎え入れて新しい人生のスタートをきるにあたり、赤井と降谷はまずは名前を考えることに決めた。姓名判断や字画など色々あるが、結局はお互いの名前から、ゼロとイチの子だからニ、…瑛二と名付けた。
 瑛二は我儘を言わない物分かりのいい良い子ではあったが、自分の意見をまるで言わない大人しい子だった。言われたことは確実に理解してこなす、頭のいい一面を見せていたが、どうにも張り合いがない。そこで、何かしらに興味を持てばいいと、赤井と降谷は自分達の持つありとあらゆる知識を瑛二に与えたし、できることならなんでもさせた。工藤夫妻や新一はしょっちゅう遊びに来て瑛二を連れ出せば、やれ買いものだやれ映画だと様々なものを見せ経験させた。あれだけ反対していた同僚や家族も、「瑛二君にどうぞ」と言っては何から何まで買い与えてくれた。そのおかげで、瑛二が小学校に入学する時なんてほとんどの物が誰かしらにプレゼントされたもので用意が終わってしまい、赤井と降谷が買ったのはランドセルくらいなものだったというのだから笑えない話だ(それも、ランドセルだけは自分達で買うからと必死で辞退した結果なんとか買えたものだ。何も言わなければ恐らくランドセルすらプレゼントされたものになっていただろう)。
 その頃になると瑛二の顔にはだんだんと笑顔も言葉も増え、子供らしく我儘を言うこともあったし、夜に甘えてベッドにもぐりこんでくるようにもなっていた。当時の瑛二のお気に入りはなんといっても2人の父親に買ってもらったランドセルで、毎日背負って鏡の前で飛び跳ねては、FBIに写真を送ったり警察庁に見せびらかしに行ったりと、小学校入学まえから随分と忙しそうにしていたものだ。

 小学校に入学してからは、やや友達を作るのに時間がかかったが、しばらくすると良い友達が数人できた。持ち前の頭脳で成績は優秀。赤井たちの英才教育(本人達にそのつもりはない)の甲斐もあり運動神経も抜群、とてもじゃないが同じ年の子で瑛二に太刀打ちできるものはいなかった。そんな瑛二を2人の父親は誇りに思ったし、なにより大切な存在であると慈しんだ。

「…降谷さん、赤井さん、俺はいつまでこの話を聞けばいいんでしょう。」
「そんなこと言わないでよ新一君!そんな、そんな自慢のいい子な瑛二が家出っ…家出って僕達が何をしたって言うんだよ!!」
「まあ瑛二ももうすぐ中学生ですからね…色々あるんですよ。きっと。」
「少し前に生まれたと思っていたが、もう大人になってしまったとでも言うのか。いささか早すぎはしないか…。」
「いやだ!瑛二はいつまでも俺達の子だ!大人になんてならなくてもいい!ほら赤井、覚えてます?小学1年生の春の遠足で、瑛二がどの班に入るかでクラス中が取り合いになったっていう話。」
「勿論覚えているさ、あの時から瑛二は人望があってとても良い子だった。バレンタインの時も沢山のチョコをもらってきてな。」
「そうそう、本当は甘いものが苦手でチョコなんて食べられないクセに断るのは女の子が可愛そうだし、貰ったものは自分で食べないと相手に失礼だとか言って。」
「ああ、瑛二は本当に優しい…なぜ家出なんて…。」
「うっ、瑛二…お父さん達を嫌いになったのか…!!」
「あー!!もう、とりあえず俺が話を聞くからお2人は帰ってください!瑛二は明日、責任もって送り届けますから!!!」

 そして、うだうだと言う2人の男をなんとか家から追い出した工藤新一はハァーと大きく息をついた。新一にとって、頼りになって格好よくて尊敬できる男である2人も、自分達の息子のことになると、どうやらいつもの通りスマートになんでもこなすという訳にもいかないらしい。
 2人が子供を迎え入れると聞いた時は驚いたものだが、今となっては3人で一緒にいるのが当たり前の光景になったし、瑛二のいない生活なんてものは考えられないだろう。新一にとっても瑛二はなくてはならない存在で、小さな時からホームズも読み込ませたし、サッカーも教え込んだ。自分では弟のようなものだと思って接してきた。
 さて、そんな可愛い弟があんな最強の2人の父親に初めて反抗して我が家に逃げ込んできたのを、度胸があると褒めるべきか、面倒事を持ちこむなと怒るべきか、親に心配をかけるなと諭すべきかは分からないが…。

「おーい。赤井さん達帰ったからそろそろ出てきて話をきかせろよー。」

 とりあえず、瑛二の好きなホットミルクティーでも飲みながらゆっくり話を聞くとしよう。



「新一兄さん、ごめんね。迷惑かけて。」
「迷惑なんかじゃねえよ。むしろ家出先に俺んとこを選んでくれて光栄なくらいだ。」

 透き通るような真っ白な肌に青灰色の瞳、髪は真っすぐ綺麗な黒髪が襟足程まで伸びており、あの2人と血のつながりがないのは分かっていても、どこかしら2人に似ているような顔立ちをしていた。
 いつもは明るい笑顔に打てば響く軽快な会話を楽しめるのだが、さすがに家出中とあってどことなく表情は暗い。少し俯いて床をじっと眺めている瑛二は、どうやら俺に話す言葉を選んでいるようだった。さっきから、あ・う、と言葉にならない音を何度か発し、「…ごめん」と自信な気に小さな声で謝るというのを繰り返している。

「瑛二が俺達のこと嫌いになったんだ〜って降谷さん騒いでたぜ?」
「そんな…嫌いになったわけじゃないんだよ。」
「ならどうしたんだ?なんか悩みか??」

 そしてまた口を閉ざしてしまった瑛二に、これは長期戦になるかもなんて覚悟を決める。2人には明日には帰すなんて大口を叩いたが、これは場合によっては延長を申し込まなくてはいけないかもしれない。
 テレビもなにもつけていない部屋には、時計の秒針の音と、ずずっと熱いミルクティーをすする音くらいしかないので余計に喋りにくいのかもしれない。いっそなにか気分転換に音楽でもかけるかなぁと新一が考えていると、お茶受けに出したクッキーを2枚ほどポリポリ食べた瑛二が重い口を開いた。

「しばらくの間でも僕がいなくなったら、父さん達2人でゆっくりできるかな、と思って。」
「…は?」
「僕がいなかったら、2人とももっとちゃんと幸せなのかなって思って。」

 これは思ったより厄介な案件のようだ。

「いや、お前がいなかったら、って…むしろさっきの取り乱し様見てただろ?お前がいなかったらあの2人はもう駄目だよ。」
「いや、本当にいなくなるってわけじゃなくて、しばらくの間だけでも2人で過ごしたら、もっとお互いのこと見れるようになるかな、って。」
「どういうことだ?」



 俺には2人の格好いい父さんがいる。クソみたいな最悪の場所から助けてくれた時から父さん達は俺にとってのヒーローで、幸せな家族を俺に与えてくれた。それに、英語や算数といった普通の勉強だけじゃなくて、色んなところで色んな経験をさせてくれて、今では学校の勉強は誰にも負けないし、腕っ節にも自信がある。少し前にハワイで初めて銃を撃たせてもらった時も、秀一父さんの同僚と言う人に素質があると褒められたし、偶然ひったくりを捕まえたときは零父さんの上司の人に正義感が強いのは父親譲りだとえらく褒められて将来は警察官になってはどうかとスカウトまでされた。とにかく、俺は父さん達の子供になれて最高に幸せなんだ。

「でもさ、父さん達はなんかそうでもないような気がするというか、なんか間違ってる気がするんだよ。」
「間違ってる?」
「俺がまだ小さい時、秀一父さんが俺に『降谷君はどれだけ遠く離れていても必ず瑛二のところに帰ってくるから』みたいなことを言ってきたことがあってさ。その時は意味がよくわからなかったんだけど、この前零父さんちょっと大きな怪我をしたじゃん?その時にようやく意味がわかってさ。…つまり秀一父さんは、自分じゃ零父さんの生きる意味にはなれないって思ってるんじゃないかって。」
「生きる意味?」
「なんていうかな、よくわからないけど、零父さんが大きな怪我をして、それこそ死ぬか生きるか〜みたいになった時、自分じゃ引き留めきれないって思ってるような気がするんだ。」
「あー…。」
「でもさ、俺からしたら零父さんが秀一父さん置いてどっかに行っちゃうわけないと思うんだよ。むしろ連れて行きそうじゃない?」

 なのにさ、何に対しても自信満々で、ちょっとしたゲームしても子供の俺相手にだって容赦も遠慮もなく勝ちに来るような秀一父さんが、零父さんに対してだけ自信がないってどういうことなんだよって思わない?
 それに、零父さんだって同じようなもんだよ。たまーに、たまにだけどさ、秀一父さんが俺と喋ってて笑ったりすると、わかりやすくホッとした顔するんだよ。それで、「瑛二が良い子だから父さん達は幸せだよ。」なんてしみじみ言うんだ。なんだよ、って思わない?父さん達が俺を良い子だと感じてくれるのは、間違いなく父さん達に育てられたからだと思うんだ。ジョディさんとか風見さんとか、色んな人が僕に親切にしてくれて、今新一兄さんが僕の話をこうして聞いてくれてるのだって、元はと言えば父さん達を慕って集まってくれた人達でしょ?俺が良い子だから可愛がってくれてるんじゃなくて、そもそも父さん達の子だからこうして良くしてくれてるんだと思うんだよ。なのに、自分には何の価値もありません、俺が良い子だから秀一父さんも幸せだし自分も幸せー…って、なんかおかしくない?
 なんか2人ともおかしいんだよ。あれだけお互いのこと大切にして、もう貴方がいないと生きていけません〜みたいな顔して、なんでそんなに自信がないんだよ、って思ったらなんか、腹がたってきてさ。俺がいなくなって2人きりにしてゆっくり話でもしたら、2人ともちゃんと分かりあえるのかなって。



 もうすぐ中学生とはいえ、まだ小学生の瑛二がここまで考えているとは、と新一は舌を巻いた。確かにあの2人はお互いのこととなるとやや普段の冷静さを欠ける点があるとは思っていた(特に降谷)が、まさか瑛二がそれを感じ取り、この年齢にしてここまでの考えを持っているとは思いもしなかった。
 一緒に暮らしていた瑛二だからこそ気付いたこともあるのだろうとは思うが、この年にしてこの洞察力は、とてもじゃないが普通じゃない。

「それに、育ててくれたのは凄い感謝してるし2人とも大好きだけど、なんか俺がダシに使われてるようなのが面白くないんだよね…。」

 そう言って、にっこりと笑いながら残り少なくなったミルクティーを飲み干す目の前の子どもを見て、古い記憶を思い出す。
2人のもとに来たばかりの瑛二は警戒心の塊のような子供で、なにをするにも大人の顔色を伺っていた。しばらくすると自分の感情を表に出すこともできるようになったが、それと同時に本当の子供じゃない僕は父さん2人に迷惑をかけているかもしれない、本当の子供じゃないから…なんてワーワー泣いていたこともあった。
ああ、そんな日々が懐かしい。今のここにいる瑛二は間違いなく2人の子供であるし、むしろ、父親達以上にハイスペックになりそうな未来がみえた気がして少しの恐怖を感じたのだった。

2017-12-19
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