深夜のケーキとチキンの行方♀



 やっと仕事が一段落ついた。そもそも、赤井はここ3日間は休みだったはずなのだ。それなのに、緊急で呼び出しをくらって着の身着のまま召集され、そのまま3日…4日?缶詰めだ。年末に家族や恋人も過ごす余裕もなく罪を犯す奴なんてものは小物と相場が決まっているが、今回のは小物は小物でも面倒なやりくりが得意な小物だった。日本という地でFBIが大っぴらに動けないのをいいことに、あの手この手でチマチマチマチマ…。そうして、結局そんなしょうもない相手を制圧するのに思ったよりも時間がかかってしまったのだ。
 解散、と号令がかかった途端にどっと疲れが出た。もう家に帰って風呂に入って泥のように眠りたい。軽くシャワーを浴びたのは、2日前で、しかもそれも5分もかけずに済ませたし下着以外は着替えもできなかったので身体中が気持ち悪い。しかし、赤井は家に帰っていまからすべきことが待っていた。風呂掃除だ。
 
 赤井は召集がかかるまでは、間違いなく休暇を楽しんでいた。昼間は久しぶりに真澄と一緒にカフェでゆっくりして、夜は時間もあるし沖矢時代に作っていたシチューをじっくりことこと煮込んで、風呂に入って…と、絵に描いたような穏やかな休日を過ごしていたのだ。その時、学校で流行っているらしいバスボムを真澄から分けてもらって使ってみたりもしたのだが、それがなかなかに厄介なものだった。確かに、風呂にいれた瞬間はブクブクと泡とが出て、それに紛れて星や月の形をしたモニュメントが飛び出すなかなか面白いものだった。肌触りも良好で、少しとろみのついたお湯が心地よく肌をなぞり、心なしかしっとり保湿されたような気がして最高のバスタイムを満喫させてくれたのだ。そう、そこまでは良かった。問題は風呂を抜いたあと、なんだか浴槽中がツルツルとしてしまい、掃除をしなければ次のお湯を溜めるに抵抗がある程になってしまったことだった。
 帰ったらすぐ風呂に入りたい、だが、家で待っているのはあのツルツルした風呂だけだ。家に掃除用具はない、買って帰らなければ。家の帰りにある薬局に寄って風呂を磨いて…ついでだからトイレやシンクの水回りは掃除したい…でも眠い…。
 
 定まらない思考のなかで赤井は仕事帰りに薬局へ足を運び、そして、結局は色々ある面白そうな掃除用品を沢山買ってから帰宅した。
 人間、疲れているとき程なにをしでかすかわからないもので、結局赤井は風呂掃除だけでなく水回り全般にコンロ周りや換気扇、床の拭き掃除に至るまで部屋の大掃除をばっちり済ませた。ここを綺麗にしたらあそこの汚れが目立って、またそこも掃除して…とやっていたら、昼前に帰宅したにも関わらず、辺りはどっぷり暗くなってしまっていた。
 
 とりあえず何か食べるものとタバコが欲しい。そう思い、掃除で汚れた服を脱ぎ捨て、いつものカッターシャツに黒いズボンの上に軽くコートを羽織ってコンビニへ向かうことにした。
 外は、今にも雪でも降るのではないかというほどに寒く、道行く人もどこか急いでいるような気がする。赤井も早く温かいものでも買って帰ろうとやや足を速める。
 
 コンビニにつくと、まっすぐ進んで弁当コーナーに向かうと、ふと、いつもはないものが目に入ってきた。おにぎりの下の棚に並ぶ、赤と緑のラインが鮮やかな大きな箱、それに3割引!という真っ赤なシールが張り付けてある。
 
 そこで赤井はようやく思い出した。自分がちゃちな犯罪者を追いかけ、家の大掃除をしている隙にクリスマスが終わっていたということに。
 
 クリスマスが終わった今、チキンもケーキも一気に価値を失ったかのようにこぞって割引のシールが貼られていた。赤井はそれを見て、少し前に母親に言われた台詞を思い出していた。
 
「折角美人に生んでやったのに、お前は宝の持ち腐れという言葉を知っているか。男はどうだかしらないが、女は売り時というものがあるんだよ。お前が馬鹿みたいに仕事している間に売り時を逃してしまったら、まったく、美人に生んだ甲斐がない。今度はお前から仕事以外の話が聞きたいものだ。」
 
 と、チクチクといい男はいないのかだとか、お前がそんなのだから真澄までうんたらかんたら、と小言を言われたのだ。
 赤井としては別に結婚なんて焦ってするものでもないし、子供が欲しいといった欲求もないから母の言葉は特に気にするに値するものではなかった。しかし、その言葉通りだとすると、自分も世間から見ると婚期を逃した女として分類され、割引シールでも貼らない限りもらってくれる相手もいなくなると思われているのかもしれない。
 まぁ、嫌々もらってもらうくらいなら結婚なんて一生しなくて結構、とは思ったが、なんとなく赤井は割引シールの貼られたケーキに愛着を持ってしまった。 
 賞味期限を確認すると、明後日まで大丈夫なようだ。それなら、バスボムのお礼に真澄でも呼んで食べればいくらか消費できるし、いよいよになったらボウやでも子供達にでも食べさせたらなんとか無駄にすることもないだろう。そう考えて、一番小さな箱を手に取った時だった。
 
「赤井?うわっ、貴方クリスマスの夜に一人でそのケーキ買うとか寂しすぎません?」
 
 と、失礼極まりない声がきこえてきたのは。
 
「安室くん…クリスマスの夜に一人でコンビニ弁当を買いに来た君には言われたくない台詞だ。」
「こっちの仕事にクリスマスもなにもないですよ。年末の厳重警戒にあたって、今は特に忙しいことなんて知ってるでしょう?」
「家で温かい料理を作って待ってくれる彼女はいないのか?」
「いたらこんな時間にこんな所にいませんよ。貴方こそ、料理を作って待つ男でもいないんですか?」
「さっきの台詞をそのままお返ししよう。」
 
 そんな軽口を交わしながら安室くんのもつ袋を見ると、クリスマスチキンにおつまみセット、パンに小さなシャンパンに…と、見事にすべて割引シールが貼られた物で溢れていた。
 それを見られていたことに気付いた安室くんが、やや具合が悪そうに口ごもりながら、
 
「…いいでしょう、買い物上手だって言ってください!ケチ臭いんじゃないですからね!そもそも、このチキンだってケーキだって数時間前まではしっかり価値のあるものだったのに、今なってはそこまで古くなったわけでもないのにクリスマスが終わったからってだけでなく安くなるんですから、あえてそこを狙って買ってるんですよ。」
 
 と、聞いてもないのにペラペラと話をしだした。
 
「クリスマス用に作られたメニューだからいつもより豪華で美味しいものが多いし、それをこの値段で食べられるなんて凄いお得なんですから。ちなみに、この袋に入っる洋風オードブルは隣のスーパーで半額で買ってきました。鴨ですよ!鴨!こんなの普段はあのスーパー売ってませんからね!ちなみにいうと、貴女が買おうとしてるそのケーキ、結構甘くてホールで食べるには大変だからこっちのショートケーキセットをオススメします。」
 
 そう言って安室くんが指した後ろのショーケースにあるショートケーキ2つ入りのパッケージにも、大きく3割引!と書かれたシールが貼っていた。
 
「くくっ…捨てる神あれは拾う神ありとはいうが、君は間違いなく拾う神だな。」
「はぁ?僕は他人の捨てたもんなんて拾いませんよ。自分にとって価値のあるものしか拾いませんからね。」
「ふふ、そうか。ところで提案なんだが、実は私は甘いものがそう得意ではないんだ。」
「はぁ。」
「君に勧めてもらったケーキも2つもあったら食べきれない。だから、私がそれを買うから1つずつ分けて食べないか?その袋に入っている鴨にも興味がある。その代わり、私の家を提供しよう。さっき大掃除が終わったから家はピカピカだし、休暇中に飲もうと思って買った最高のバーボンもある。どうだ?」
「明日僕仕事なんですけど…」
「わかった、明日の朝は君の職場までの運転手もつとめよう。これでどうだ?」
「……のった。」
 
 そして、赤井が綺麗に磨いた家で割引シールだらけの惣菜とケーキを上等のバーボンで楽しみだしてしばらくした頃、空からは真っ白な雪がチラチラと降り注ぎ街を白く染めていった。

2017-12-23
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