1年の終わりと始まり



 世間は年末、Uターンラッシュで各交通機関はパンクし、お土産コーナーには人が溢れろくに前に進むこともできない。それに引き換え、都市部はガランと寂しくなり、いつの間にかクリスマス向け商品からお正月の特設コーナーに早変わりしたコンビニの棚が静かに並ぶ。
 人々は年末年始の長期休暇を、どこかしらのんびりしたムードで楽しんでいるようだ。毎年思うが、街を流れる気の抜けた琴と笛の音色が余計に思考回路を鈍くさせているような気がする。あの音色を聞くと、こんな時にまでせかせか頑張っている自分が馬鹿のように思わされるのだ。
  
 さて、降谷は潜入捜査中ということもあり、一般的な警察が行う年末特別警戒なんてものには参加せずに済んでいる。だが、だからと言ってのんびり炬燵に入って蜜柑を食べて…という訳にもいかず、組織の方で長年コンタクトを図っていた科学者が急遽来日するとあって、3日3晩駆り出されていた。
 つい先程やっとその任務から解放されて一息ついたところなのだが、結局、組織としても降谷としてもその人物から大きな情報を得ることはなかった。結果的に働き損になってしまったことが疲れを増幅させているのか、あとは家に帰るだけでゆっくりした年越しができるというのに足取りは重い。
 
 家まで帰る途中に、店員以外いないコンビニに入った。来店をしらせるピロピロという間抜けな音が響くと、俺の顔を見て即座に笑顔を作り「いらっしゃいませ〜」と明るい調子で店員が声をだした。世の中のだらけきったムードのなか、愛想のいい若い男の店員に少し感心する。降谷はその店員の元まで一直線で進むと、肉まんを1つ頼んで、お釣りがないようにぴったり支払った。肉まんは袋に入れてもらうことなくそのまま受け取り、またピロピロと間抜けな音を鳴らしながらドアが開いたその時には「ありがとうございました〜」と明るい声をBGMにもう1口目をかぶりついていた。
 さっきまでの会食では、洒落たフランス料理を上品に食べていたのだが、どうも腹の探り合い貶し合いで、おそらく旨いのであろう折角の料理もあまり楽しめず仕舞いだった。楽しめない食事というのは何故か腹もふくれない。だから、コンビニの光に誘われるようにしてフラフラ肉まんなんぞを買ってしまったが、特別旨くもないが不味くもない。ただ、ああ肉まんだ、温まるな。まぁ、これで腹が膨れるかと言われればそこまででもないけど、食べないよりはマシ。そんな感じだ。
 
 そこで、チラリとプライベート用のスマホを見ると本来なら昨日に忘年会と称した飲み会をしているはずだった赤井から連絡が入っていた。
 12月半ばあたりから2人だけの忘年会を約束していたにも関わらず急にドタキャンする旨を謝罪する連絡を入れたのが4日前で、そこからこちらのスマホを確認する余裕もなかったが、何度か赤井から連絡が来ていたようだ。
 
 まず一通目は、謝罪に対する了承の返事と、年末まで仕事をする俺に対するねぎらいの言葉。二通目は俺と約束していた時間に家族と過ごすことになったから自分のことは気にせず仕事を頑張れという励ましの言葉。三通目はその家族と過ごした時の写真(真澄ちゃんが半纏をきてミカンを頭の上に乗せている写真だった)と、そろそろ仕事は終わりそうかと心配する言葉。この連絡は5時間ほど前に送られてきていた。
 なんでお前、よりによってこの写真を送ってくるんだよと妙に可笑しくなり、一か八か電話をかけてみる。大晦日の2:34。寝ているかもしれないが、なんとなく声を聞きたかった。
 
 しばらく呼び出し音が鳴り、やはり寝ていたかと切ろうとタップしかけたとき、ブツリと通話が繋がる音と寝起きなのであろう、少しかすれた赤井の声が聞こえてきた。
 
「すみません、起こしてしまって。」
「いや、連絡が来たということは仕事が終わったのかな?お疲れ様。」
「ええ、本当に疲れましたよ…。約束、破ってすみませんでした。」
「仕方がないさ。こういうのはお互い様だ。」
 
 シュッとマッチを擦る音が向こうから聞こえてきて、その後にふぅーっと大きく息をつく赤井に少し呆れる。起きて1分もたたない内に煙草とは、もう立派な中毒だ。
 
「もう今年は会う機会なくなっちゃいましたね。次会うのは年明けの…6日でしょうか?」
「ああ、あの会議が6日だからそうなるかな。」
「そっか…あっ、本当に寝ているところを起こしちゃってすみませんでした。えーっと、そうだ、今年一年お世話になりました。来年も宜しくお願いします。」
「くくっ、なんだいきなり改まって。」
「いや、日本人足るもの年末年始の挨拶はしとくべきかなぁと思いまして。」
「まったく君は、変なところで律儀だな…。」
「まぁいいじゃないですか。とにかく、夜に起こしちゃってすみませんでした。また6日、この埋め合わせをなにかしますよ。」
「気にしなくていいが…まぁ、楽しみにしておこう。」
「ふふっ、それではもう切りますね。よいお年を。」
 
 そこで、向こうからもよいお年を、と軽く返事が来て電話を切る。その予定だったのだが、俺のこの言葉を境に急に赤井が、黙り込んでしまった。
 もう既に電話を切るべく耳からスマホを離そうとしていたのを、不思議に思いもう一度しっかり耳に当てなおす。…寝てしまったのか?
 
「赤井?」
「来年が、」
「?」
「来年が俺にとってよい年になるかどうかは、君にかかっているよ。少なくとも今年は、仕事終わりにこうして君から連絡をもらえて、年の最後の日に君の声を聞くことができて、なかなか悪くない年だった。来年はもっとよい年が過ごせることを期待しているよ。」
 
 それでは、よいお年を。
 そしてブツリと切られたスマホからは、ツー、ツーと単調な音が鳴り響き、俺の思考回路をストップさせた。

2017-12-31
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