日本の正月



 組織が崩壊し初の年末年始、赤井は数十年ぶりに日本で家族と年越しをした。大晦日には夕飯に寿司をたらふく食べた後で、初めて年越し蕎麦なるものを食べた。細く長く生きられますようにって願いがこもってるんだ!と嬉しそうに話す妹に、お前ももっと蕎麦を見習ったような生き方でもするんだなと嫌味を言う母親。平穏な幸せを絵に描いたような大晦日は、よくわからかない歌手の歌を聞きながらのんびりと過ごし、年越しはテレビから流れる除夜の鐘の音色をバックにアメリカとはまったく違う、おちついたカウントダウンをした。
 年が明けた1日には弟夫婦の家に挨拶に行き、これもまた初めておせち料理なるものを食べた。決して特別旨いものでもなかったが、一つ一つに意味がある縁起物だと言われれば全種類制覇したくなるもので、結局3重もあった料理を全て食べることになった。それに、嫁さんが気をきかして熱燗を切らせることなく常に出してきてくれていたので、弟と母と3人で朝からずっと飲ませてもらい、家を出る頃には皆ほんのり赤ら顔をしていた。昼頃には世良の家に帰り、駅伝を見ながら一眠り。ふと目覚めたときには、真澄がピザをデリバリーしていたので、夕飯にビールとそれを食べ、夜には母ととっておきのウイスキーで晩酌した。今まで会えなかった距離を縮めるように色々な話をして、母が弱音を吐くのを人生で初めて見た。
 2日は工藤家に挨拶にいくと、有希子さんお手製のおせちと雑煮を食べ、優作さんとまた日本酒を煽った。新一が呆れたような顔をして酒を飲む俺たちを見ていたが、結局は3人で色々な話をして大いに盛り上がった。有希子さんはおせちを片付けたあともお茶に茶菓子にコーヒーにと至れり尽くせりで色々出してくれて、隣の博士の家に挨拶にいく頃にはとうにお昼を通り越していた。博士の家でまたコーヒーとクッキーを出してもらい、志保と3人でおしゃべりをして、その日はまた弟夫婦の家に帰りおせちを食べた。
 3日は家でだらだらしながら真澄と駅伝なんかを見ていたが、各家庭から分けてもらった餅やらお菓子の類いをつまみにして1日中バーボンを嗜んだ。母が家の奥から最上級のウォッカを出してきて飲み比べなんかをしたりして、この日も気づくとまた辺りは暗くなっており、夕飯は母の作ったスパゲティとサラダを食べた。
 
 そして4日。今日は降谷君の家にお邪魔することになっていた。
 本当は年越しから一緒に過ごしたかったところだったが、彼が年越しと3賀日は家族と過ごすものだと言って聞かなかったので、彼と会うのがこんなにも遅くなってしまったのだ。
 一応、メールでは常にやり取りはしていた。年越しの瞬間に連絡を送ると、彼からも同時にメールが届いていたし、家族とのんびりと過ごしているなんて連絡をしても、すぐに返信がきていた。彼の方は一体誰とどう過ごしたのかと思ったが、何のことはない。1日は家でのんびりしたと言うが、2日からは出勤していたと言うではないか。日本中がこんなにもだらけきっているなか、一人でピシッとスーツを着て机に向かう彼を思っては尊敬を通り越して、どうにも不思議な気持ちにすらさせられた。
 
 さて、そんなに忙しい彼が俺のために今日と言う日をフリーにしてくれたのだが、彼とは初詣に行く約束をしていた。一緒に年越しができず、新年の挨拶もこんなに遅くなってしまったが、初詣だけは彼とと思い、誰からの誘いにものることはなかった。俺にとっては初詣という文化も初めてだ。どこか大きな有名な神社にでも行くのかと思っていたが、降谷君から本来は氏神様に挨拶に行くものだと教えてもらった為、降谷君の家から一番近い小さな神社に行くことになっていた。
 待ち合わせの場所につくと、冷たい風が吹き抜けた。今年の正月は天気がいいと言っていたが、風が吹くとやはりぶるりと身が縮まる。正月に散々寝たせいか朝早く起きたので待ち合わせより早めに来たが、これは時間ぴったりに来た方がよかったかと少し後悔する。
 
「赤井!すみません!!」
 
 待ち合わせ10分前、俺の姿を見つけた降谷くんが小走りで駆け寄ってきた。ふさふさしたファーのついたコートにジーンズ姿で此方に向かってくる彼は、大学生と言われたら違和感無く受け入れられる程に若々しいファッションだった。決して言わないが。
 
「すみません、待たせてしまって!」
「いや、たまたま早く来ただけだから気にしなくてもいいよ。」
「早く来るなんて珍しいですね。……」
「?」
 
 クリアブルーの瞳が俺を捕らえると、心なしかキラキラと輝いた。澄みきった空気と新年に輝く陽の光が溶た彼の瞳に、今年もまた自分の姿が映り込むことに幸せを感じる。衝動的に今すぐここでキスをしたいと思ったが、新年そうそう彼と喧嘩をするのはごめんなのでぐっとこらえる。
 
「降谷君、あけましておめでとう。」
「あけましておめでとうございます、赤井。それでは、寒いのでさっさと初詣を終わらせましょう。そして、ここの近所に美味しい定食屋があるのでそこで昼も済ませましょうか。今日からオープンしていると確認はとってます。」
「君のおすすめなら間違いないな、楽しみだよ。」
 
 そして、神社に向かって2人揃って歩き出した。境内に入るときは鳥居の前で一礼、道の真ん中は神様の通り道なので自分達は端を歩き、手水舎で手を洗う(その時も洗い方がある)。あまり混んでいない神社なので、さっさとお詣りをすませ、おみくじをひいて結果を見せ合う。組織壊滅までは想像もしていなかった幸せな新年に、どこかむず痒いものを感じながらも、おみくじの結果1つでワイワイ騒ぐのも悪くない、なんてことを平和ボケした頭はぼんやり考えていた。
 
 彼のおすすめの店はやはりとても美味しく、俺は唐揚げ定食を、彼はさばの味噌煮定食を頼み、一口ずつ分け合った。家に帰るとお酒を用意しているという彼の言葉を受けて、帰りにコンビニでつまみを買って降谷君の家に向かった。
 彼の家につくと、さっき買ってきたおつまみと彼の家に用意した酒を楽しみながら、2人並んでソファでテレビを観る。4日とはいえ、まだまだ正月らしいのんびりしたくだらない番組が多いが、このだらけきった1日にはそれくらいの番組の方が合っているような気がした。それに、降谷君もこの正月ムードに毒されているのか、いつもより俺との距離を詰めてくる。いつもはあまりないボディタッチも、今日は心なしか多いし、ふとトイレから帰って来た時にはぎゅうっと抱き締められたりもした。
 
「いつもより甘えん坊だな。」
「ええ、正月からこの日に休むために頑張った俺を甘やかしてください。」
「ふふ、喜んで。」
 
 そう言うと、にぱっと笑った彼は遠慮無くソファに座っている俺の前の床に座り込んで、腹に顔を埋めてグリグリと擦り付けながらまたぎゅうっと抱き締めてきた。
 そうなると、今日会ったその瞬間にキスがしたいと思ったことを思い出して、顔が上がった瞬間には彼の柔らかい唇を堪能しようと決める。
 ぐりぐり顔を埋める彼の金の髪がさらりと揺れて、心なしかいい香りがふわりと漂う。やはりこれも正月の魔力か、これほど引っ付かれていても全然色のあるムードにはならない。
 ふふ、とくぐもった声が聞こえてきて、降谷くんが笑っていることを知る。ああ、なんというか、とても穏やかだ。
 
「ふふふ」
「…降谷くん、そろそろ顔を上げて欲しいのだが。」
「ええー、もうちょっと」
「降谷君」
 
 いくらなんでもそろそろお預けもいいだろう、と少々拗ねたような声で呼ぶと、ちらりと上目使いで俺の顔を覗き込まれ、またにまーっと笑って腹に顔を埋められる。

「俺とのキスよりそんなに腹の方がいいのか。」
「ふふ、ええ、そうですね。今日に限っては貴方のお腹は最高に素敵ですよ」
「?」
「ふふふ、だって貴方」
 
 正月太りしてるでしょう。
 
 その一言でバリッと彼を引き離した俺は、洗面所に駆け込み鏡でどことなくふっくらしたフェイスラインと、だらしなくぽっこりでた腹を確認し、さっと血の気がひいた。
 
「ぷっくりした貴方も最高に好きですよ!赤井!」
 
 そう叫びながら洗面所まで響くほどに馬鹿笑いしている降谷君の声をバックに、鏡にはばつが悪そうな俺の情けない顔が映っていた。

2018-01-06
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