真っ白な雪と温泉と肉じゃが♀



「あの、赤井。仕事でここに行くんですけど…あの、仕事自体は数時間で終わるし、ここの近くって蟹が美味しい温泉街があるんですよね。雪を見ながらの温泉っていうのも良いでしょ?だから…その、一緒に行きませんか??」
 
 そう言って、色とりどりな付箋が貼ってある「オススメ温泉宿特集!」と書かれた旅雑誌をテーブルに置いた付き合い初めたばかりの恋人と、テレビで流れる最強寒波のニュースを見比べて私は一言。
 
「温泉には行きたいが、ここまで寒いのはちょっと…。」
 
 こうして、私と降谷君の初旅行は中止が決定した。
 
 
 それから、わかりやすくぶすっと不機嫌になった恋人は、「貴女はそんな人でしたよね。ああ、そんな人だった。じゃあ僕一人で寒〜い場所に行って頑張って凍えながら仕事して、そのあとで雪を見ながらあったか〜い温泉に入って、最高の酒でも飲みながら特上の蟹を食べてきますよ!!!」と言いながら、先ほどテーブルに置いた雑誌を乱暴に鞄の中に戻した。どう考えても仕事よりその後の温泉がメインになっている気がするが、あえて突っ込むのはよしておこう。これ以上彼の機嫌を損ねるのは得策ではない。
 もちろん、彼との旅行が嫌で断ったわけではない。そして、寒いから嫌だ、というのも嘘ではない。が、本当でもない。
 引っ掛かったのは、「温泉」。私の身体には沢山の傷があって、中には銃創なんて物騒なものもある。一度日本で風呂が壊れて銭湯に行った時に、随分と変な目で見られたことが忘れられないのだ。確かに普通の女に比べたら色気もないしタッパもある、筋肉質だしそこらの男にだって負けない自信もある。けれど、同姓の女性達から異様な目で見られるのだけは耐え難かった。まるで、自分が女であることすら否定されたような気がして。
 
「寒いのは嫌だが酒には興味がある。お土産楽しみにしている。」
「すみません、僕仕事以外では包丁より重いもの持たないって決めてるんです。」
「そうか、郵送でもいいぞ。」
「知ってます?こういう地酒っていうのは、現地の風情が味わえない人に飲む権利はないんですよ。つまりお前に送る酒なんてない。」
「ひ、ひどい理屈だ…。」
 

 
 機嫌を損ねたまま、降谷君は出張に行ってしまった。出発する新幹線の時間を聞いていたので、その時間に合わせて「お土産はいいから、気をつけて行ってきてくれ。」と連絡を入れると、ものの数秒で「おいしい酒と蟹を食べてきます。お前は家で肉じゃがでも食ってろ。」と返信がきた。…いや、仕事に行くんじゃないのか君は。
 返信がきたスマホをじーっと見つめて、そんなに怒ることないじゃないか、と思う。そりゃあ私だって降谷君と旅行してみたいし、美味しいご飯も食べたい。寒いかもしれないけど、雪景色のなか二人で肩を並べて歩きたい。「寒いね」なんて言い合って手だって繋ぎたい。それなのに、肉じゃがでも食ってろ、とは酷い言い種だ。
 
 …言われたからには肉じゃがでも作って夕飯に食べよう。そうだ、普段はしない飾り切りでもして見映えも良くしよう。今までて最高の出来映えにして、呑気に酔っぱらいながら蟹を食べてる降谷君にこそ、私の作った肉じゃがが食べられないことを後悔するように仕向けてやるのだ。
 今日は定時退社をして肉じゃがの材料を買って帰ることが決まった。肉は国産黒毛和牛だ、ざまあみろ降谷零。 
 

 そうして、朝の支度をして仕事に向かったのだが、昼過ぎからひっきり無しにスマホに連絡が入った。それはすべて降谷君からで、「積もった雪に太陽が反射して綺麗です」とキラキラと真っ白に光る道と真っ青な空が美しい写真だったり、「積もった雪で木が悲鳴をあげています(笑)」と雑木林が雪で真っ白になっている写真だったり、「旅館に着きました。今から酒を飲んで温泉に行ってきます。日本に生まれて良かった!!!」と、真っ白な雪山をバックに窓際に置かれた日本酒の瓶と、彼の褐色のゴツゴツした指のピースが画面の左からにょきっと飛び出している写真だったり、色々だ。
 「蟹サイコー!」という写真が送られてきた頃には、私も予定通り家に帰って肉じゃがを作り食べている時だったのだが、いくら人参を梅の形に切っても、いんげんで鮮やかな緑をいれても、スーパーで一番高い肉を使っても、肉じゃがは美味しく感じなかった。
 温泉に誘われたからって、別に人が少ないときに温泉に入るなり、なんなら部屋の風呂を使うなりしたら断るまでもなかったかもしれない。私も降谷君と一緒にこの場所に居たかった。
そんな、今さらどうしようもないことを考えては、気分が落ち込んでいく。これ以上食欲もわかなくて、折角の肉じゃがだがほとんどをタッパーに入れて冷蔵庫に入れてしまった。
 そして、「やっぱり私も行きたかった」…なんて言うのはシャクなので、「雪綺麗でいいな。楽しんでおいで。」とだけ打ったメールを送り、そのままシャワーも浴びずにベッドに潜り込む。私のいるここは、今日は快晴で日向に出ると暖かいくらいだったのに、1人で入ったベッドはとても冷たくて寒かった。
 
 
 翌日、今日は降谷君が帰ってくる日だ。朝起きてスマホを確認すると、私が昨日送ったメールを最後に彼からの連絡は無かったようだった。…可愛いげのない返事にまた怒らせてしまったのだろうか。それとも、酒に酔って寝てしまったのだろうか。できれば後者ならいいな、と思いながら、のっそりとシャワーを浴びて仕事にでかける。 
 そして、その日に限って仕事は散々で、期限ギリギリの報告書に不備が見つかって訂正に追われたり、アポイントをとっていた相手との約束の時間に遅れそうで慌てて事務所を飛び出したら、重要なデータの入ったディスクを持って行くのを忘れていて部下が必死に追いかけて届けてもらったりもした。
挙げ句の果てにもう帰ろうと思っていたところに急な任務が舞い込み、そこから4時間ビルの上でスナイプの待機をする羽目になった。
 
 そして、やっと自宅に戻ってきたのは日付が変わる少し前。明日が休みなのが救いだ。今日はもうすぐ寝よう。ご飯もシャワーももう要らない。
 疲労困憊で部屋の鍵を開けてドアを引くと、奥のリビングに明かりが灯っているのに気づいた。部屋も暖かい。こんなことができるのは、ただ1人。
 
「おかえりなさい、赤井。おつかれさま。」
 
 そう言って優しく出迎えてくれる、私の恋人だけだ。
 
 
 
「降谷君…」
「はい、降谷ですよ。」
「出張は…お、お疲れ様。」
「ふふ、なんですかそれ。僕より赤井の方がよっぽど疲れた顔してますよ。」
「ああ、今日は本当に散々で……」
「?」
 
 なんだか彼の姿を見た途端に疲れが半減するから不思議なものだ。そして、今さらになって、昨日の夜ぶすくれて、ろくに食器も片付けずに出社していたことが気になってくる。寝巻きだって洗面所に脱ぎ捨てたままだし、ベッドだってぐしゃぐしゃの布団がそのままだ。
 おろっと目が泳いだのがバレたのか、彼はまた優しく微笑んで、
 
「手洗いうがいくらいしてきたらどうですか?」
「っああ、そうだな。」
「それで、そうだな。疲れた貴女にもてなしを受けようなんて期待もしてないんですが、どうしても気になるというなら冷たい水でも入れてもらっていいですか?暖房で喉がカラカラで…」
「…わかった。」
 
 自分の考えがまるっとお見通しだというような降谷君に背を向けて急いで洗面所に向かうと、やはり脱ぎ捨ててあったはずの服は洗濯かごにキチンと入れられており、その上タオルまで新しいものに交換されていた。女としてだらしない部分ばかり見せているような気になり、思わず苦い顔をしてしまうが、のんびりしている場合ではない。手を洗い、うがいをし、新しいタオルで手を拭くと、次はキッチンへ向かう。ここまではいいとこなしだ、水くらいしっかり入れて名誉挽回しなければ。
 水を入れることが名誉挽回になるかは分からないが、今はもうそれくらいしかすることがないから仕方がない。そんな情けないことを思いながらミネラルウォーターを出そうと冷蔵庫の扉を開けると、
 
「これ、は」
 
 そこには、小さな小さな雪だるまがちょこんとコチラを向いて立っていた。
 

「ふ、降谷君!」
「なんですか?」
「雪、ゆきだるま!これ、君が…これ!!」
「はい。酒じゃなくてすみませんね。」
「いやっ、これ…!すごい!どうやって持って帰ってきたんだ!?凄い!雪だるまだ!!」
 
 雪だるまを手のひらに乗せて、年甲斐もなく子供みたいにはしゃいでしまった私を見て、「雪、綺麗でいいなぁって貴女が言ったから」なんて言う私の恋人はこれ以上にないほどに最高だった。
 バタバタと冷蔵庫に戻り丁寧に雪だるまを元に戻したら、またバタバタとリビングに戻り、降谷君に飛び付く。首に腕を回して、彼の肩口にぎゅーっと顔をすり付ける私を、降谷君もぎゅっと抱き締め返してくれる。
 
「…旅行、断ってすまなかった。」

 メールでは失敗したが、顔を見なければ私だって少しは素直になれるかもしれない。

「君との旅行が嫌なわけじゃなかったんだ。本当は、…一緒に行きたかった。昨日の写真も全部羨ましかった。隣で見たかった。でも、」
「温泉が嫌だったですよね。」
「…」
「昨日1人で温泉に入ってて、ずっと前に銭湯で嫌な思いしたって話してたの思い出しました。僕も、赤井に嫌な思いさせてすみませんでした。」
「…君は悪くないよ。」
「今度は、部屋に温泉がある所をちゃんと予約しましょう。それで、雪を見ながら二人で酒飲みながら入って、美味しいもの食べましょう。」
「……うん。」
 
 そして、降谷君の肩口から顔をあげると、優しいブルーの瞳が私をうつしていた。
 
「降谷君、その前に」
「?」
「お帰りのキスを忘れていた。」
 

 そしてそれから、昨日食べられなかった肉じゃがを食べて、揃って連休をとる打ち合わせをした。昨日と同じ肉じゃがだとは思えないほどに美味しくなったそれは、2日目だから、なんて理由ではないはずだ。
 冷蔵庫の中に入った雪だるまは3日もせずに溶けてしまったが、次は2人揃って旅行をして、今度は冷蔵庫に入りきらないくらいの大きな雪だるまを作る約束をしたので寂しくはない。彼と一緒なら、どんなに寒いところでも、きっと楽しい場所になる。

2018-01-13
「#幼馴染」のBL小説を読む
BL小説 BLove
- ナノ -