ポアロにて女子会♀



「えーっ!!梓さん、あのイケメン彼氏と別れちゃったの〜!?」
「しーっ!園子ちゃんしーっ!!!」
 
 なんてことない日曜日のポアロに、元気な叫び声が響きわたった。注文されているコーヒーをカップに入れてそちらに目を向けると、真っ赤な顔をして園子さんの口を押さえるポアロの看板娘と、モゴモゴとしつつ隠そうともしない興味を梓さんにぶつける園子さん、そして、それを苦笑いで見つめる蘭さんとコナン君がいた。
 カチャリと音をたてカウンターにコーヒーとクッキーを置くと、俺と同じようにあちらのテーブルを見ていた赤井秀一が振り返り「ありがとう」と、真っ先に左手をクッキーに伸ばした。見かけによらず甘党な彼女のために、キャラメルとマシュマロが練り込んであるソフトクッキーを用意したが、モグモグと口を動かしながら優しく目尻が下がったのを見ると、お気に召してくれたようだ。
 
「えーっ!なんで!?なんで!?!?クリスマスはラブラブデートだー!!なんて言って安室さんにシフト押し付けてたじゃない!」
「ちょっ、園子ちゃん!!」
 
 さて、そろそろ助け出してあげないと梓さんが茹で上がってしまう。真っ赤な顔がさらに真っ赤なり狼狽える彼女に一言。
 
「こら、他のお客様のご迷惑になるので…そういう話はこっそりとしましょう。」
 
 コトッとコーヒーを追加でテーブルに置くと、僕の意図を察したコナン君がピョンと椅子から飛び降りて赤井の隣に移動した。えっえっと戸惑う梓さんのエプロンを外して引き取ると、ぽんっと肩を押して蘭さんの隣に座らせる。
 
「梓さんは今から休憩タイムですので、ごゆっくり。」
 
 そうして人差し指をしーっと立て、おまけにバチッとウインクまで残してカウンターに戻ってきた俺を、「あざとい」なんて言った女には今度からクッキーのサービス無しだ。

 
「も〜、大人には色々あるのよ〜。」
「またまた梓さんっ!後学のために!是非!是非教えてよ!ねぇ、蘭も気になるわよね!!」
「えー、まぁそりゃあ…気にならない訳じゃないけど…」
 
 パワフル女子高生2人を前にすると、梓さんも若干押され気味のようだ。声のボリュームがまったく秘密話に適していないが、常連ばかりのここで、それに文句をつける無粋な客はいない。皆、微笑ましく可愛らしい女の子の話を聞き流してあげている。
 それは、目の前の可愛気のないこの女も同様で、まるで幼い子供に向けるような慈愛に満ちた様子でそれを見守っている。彼女たちは、俺や赤井にとっては綺麗で眩し過ぎた。
 コナン君だけはどことなく肩身が狭そうに目を泳がしているが、流石の高校生探偵でも自分の好きな女の子の女子トークなんてものは読めないようだ。いざというとき頼りになりすぎる彼を見ていたことが多かったからか、こうして年相応の反応をされると思わずからかいたくなるのが悪い大人というもので。
 
「コナン君はあっちのテーブルに行かなくていいの?」
「えっ!?僕は、」
「そうだボウヤ。″後学のため″聴いてきたらどうだ?」
「〜〜もー!2人ともからかって!!」
 
 ぶすーっとしてストローをくわえると、ブクブクとアイスコーヒーを泡立て始めたコナン君を「行儀が悪い」と赤井の右手が軽く小突く。その間にも後ろで女子トークは順調に進み、このままでは梓さんが白旗を挙げるのは時間の問題だろう。
 大人としてのプライドもあるだろう、そろそろ休憩時間の終わりでも伝えにいこうか。先ほどからチラチラと情けない顔をして此方を伺ってくる彼女に苦笑して、奥にかけてある梓さんのエプロンを手に取ろうとしたその時、
  
「そっ!そうだ!!赤井さん!赤井さんなら私達より経験豊富って感じじゃない!?赤井さん、ちょっとコッチ来てくださいよ!!」
「えっ?おいっ…」
 
 そう言って赤井が園子さんに手を引かれてテーブル席に座らされたと同時に、僕は梓さんのエプロンを畳んで置き直した。
 

 
「ねぇ安室さん…赤井さん大丈夫かな?」
「あの女なら大丈夫だろう。なんとでも言ってどうにでもするさ。」
 
 さっきまでのふてくされた表情を一変させて、心配そうに赤井の様子を伺うコナン君に問いたい。君はあの女を一体何だと考えているんだ。
 現役FBI捜査官、過去には僕と同様トリプルフェイスを使いこなし組織に潜入し、途中ヘマをして抜けてしまったが、最終的に組織の壊滅作戦では第一線で戦った。腕っぷしに自信のある俺と互角の接近戦をし、700ヤードの狙撃をなんてことない顔をして成功させる嫌みな女。そんな女が女子高生、女子大生に尋問されたくらいで、どうして心配する必要があるだろうか。
 彼女達に対しては流石に強く出れないのか、少々戸惑っている様子はあれど、むしろ純粋無垢なあの少女達にアイツがなんていう言葉で切り抜けるか、俺の方こそ後学のためによーく聴いておきたい。
 
 そういう俺に、コナン君は呆れたような視線を送ってきたが、なんてことはない。君も人のことは言えないはずだ。好奇心に忠実なのは、探偵の性というものだろう?

「ねえまず初恋は?初めての彼はどんな人だったんですか!?」
「うーん…私はそういうことを楽しむ年代の時にアメリカにいたから、君達の希望に添えるような話ができるとは思えないんだが…文化も違うだろうし。」
「へぇー、アメリカ…アメリカと言えば、やっぱりドラマみたいにオープンな感じでお付き合いを?」
「うーーん。」
「妹さんには内緒にするからっ!ねっ!お願い赤井さん教えて!!」
 
 冷静にみると、女子高生に拝み倒される赤井秀一というのは少し面白い光景だ。梓さんは、彼女達のターゲットが自分から赤井に向いたことを申し訳なさそうに縮こまりながらも、その目からは「私も話が聞きたい」という感情がだだ漏れで…なんというか、憎めない人だ。
 
「面白くない話かもしれないが、」
「うんうん!」
「初めて付き合った男はドイツ人だったかな?」
「キャーッ!流石アメリカ!グローバルね!!」
 
 おいおい話すのかよ、ギョッとしてテーブルの方を見ると、困ったように笑う赤井秀一の口がペラペラと動いていた。
 
「彼とは少し付き合ったけれど、結局どうにも価値観が合わなくてすぐに別れを告げたよ。それから、イギリス人とも、アメリカ人とも…そうだな、流石にフランス系のアメリカ人と付き合ったときは、女性に対する丁寧な扱いに驚いたものだ。フランス系の男とは人生で1度くらい付き合うことをオススメするよ。」
 
 そういう赤井の言葉に、今度はコナン君がギョッとした。本当に、何を言っているんだあの女は。
 
「な、なんでその人達は別れちゃったんですか?赤井さんなんて、美人だし、料理も上手で子供達にも人気があるし完璧な女性に見えるのに。」
「当時の私は包丁なんて握ったことはなかったよ。料理は最近勉強したんだ。そうだな、でもそいつらとの別れを切り出したのは、全て私からだったかな。人と付き合うには、まだまだ私自身が未熟だったんだ。」
「へ、へぇ…色々あるのね。」
 
 ちゃっかりカウンターから自分のコーヒーを持って移動していた赤井は、まるで新聞でも読むかのように淡々と話していた。もっと狼狽えて、面白い話でも聞けるかと思ったのにとんだ期待外れだ。こんな話、面白くもなんともない。
 そろそろ本当にシフト交代の時間が来てしまうこともあり、いい加減梓さんを呼び寄せようと口を開こうとした時、興味津々に目を輝かせる蘭さんの隣で、少しうつむきがちな梓さんがポロリと「じゃあ赤井さんは、フラれたことないんだ…。」と言葉を溢す。
 彼氏と別れたばかりで傷心の彼女にも、赤井の話は決して面白いだけのものではなかったのだろう。赤井は、いまにも涙をこぼしそうな梓さんの固く組まれた指をそっとほぐしながら手をとり、ゆっくりと、優しく微笑みかけて、
 
「いや、私にも1度だけフラれたことがあるよ。唯一私が本気になった相手…最高に格好いい日本の男だった。」
 
 そう語る赤井の目が、今でもその男のことを想っているかのように艶かめかしいものだったことが、妙に瞳に焼きついた。
 
 
 
 その日、バイト終わりで警察庁に出向くと、また赤井と顔を合わせた。「やあ、バイトお疲れ様」なんて軽く声をかけてくる女の、昼間の顔が頭に浮かぶ。
 
「提出書類を持ち帰っていて大目玉を食らってしまった。君は今からまた仕事かい?」
「…ええ。」
「あまり無理しないようにな。じゃあ、私はこれで」
「あのっ!」
「?」
「昼間話してた日本人の男…所在は分かっているんですか?もし別れたままになっているなら、探せますよ?名前とか…名前が判らなくても、出会った時期と土地と、身体的特徴とかがわかれば…」
「おや、そんなことを気にしてくれていたのか?」
「…貴女のそんな話を聞いたのが初めてだったもので、印象に残って。」
「お気遣い嬉しいが、遠慮しておこう。そういうものは、人の力を借りるものではないだろう?自分の力で、もう一度振り向かせてみせるさ。」
「…赤井秀一ともあろう女が、随分とご執心なんですね。その男性と、是非1度お会いしたいものだ。」
「ああ、なんてったって、最高に格好いい、日本の男だからな。」
 
 そう言って去っていく赤井が見えなくなるまでその場で立ちすくんでいた俺は、何故だか、吐き出しそうな程に胸から込み上げてくる何かを押さえるのに必死だった。

2018-01-14
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