コタツの魔力



「ねえ赤井、コタツって知ってます?」
 
 組織壊滅に向けて各国の様々な機関が連係し、いよいよ本格始動間近となったある日、降谷君はこんなことを俺に言ってきた。ただでさえ最終調整として慌ただしく過ぎる日々の中、彼とキールは未だに組織の中枢に潜入しているのだ。それはもう、想像を絶する忙しさなのだろう。
 
「赤井はアメリカンだから分からないかもしれないですけど、日本の冬と言えばコタツなんですよ。冬はコタツでみかん食べるって法律で決まってるんです。まぁ、コタツで鍋もいいし、コタツでアイスクリームってのもいいんですけどね。」
 
 彼は、特段俺の返事は求めてないのだろう。目線はパソコンに向けて、手は休みなくキーボードを叩きながら、ただただ話をしている。きっと、この部屋にたまたま俺と2人だから俺に話しかけているが、他のヤツがいたらソイツに話しかけているに違いない。
 
「俺ね、すべてが終わったら家でも買おうかと思ってるんですよ。郊外に、狭くてもいいから庭のある一戸建て。それで、綺麗な嫁さんと可愛い子供と一緒に犬飼って、夏はご近所さんと庭でバーベキューして、冬は愛しい家族とコタツでみかん食べてたりして。それで、うっかりそのままコタツで寝ちゃって、嫁さんに怒られるんです。」
「…驚いた、君、結婚して子供までいるのか。」
「は?いるわけないじゃないですか。いたらこんな時間にこんな所で貴方と2人で終わりの見えない仕事なんてしてないですよ。俺ね、子供が生まれたら、絶対に子供が寝るまでには家に帰って、例え一緒に何ができなくてもオヤスミの挨拶だけはするって決めてるんです。」
「…そうか、それはいい父親になれそうだ。」
「当たり前でしょう。俺を誰だと思っているんですか。」
「そうだな…そうだ、もしよかったら俺も君の家に招いてくれないか。俺も嫁と娘でも連れて君の家でバーベキューがしてみたい。まぁ、誘うのはボウヤ達でもいいかもしれないが。」
「なんだ、もう娘って決まってるんですか?」
「そこはフィーリングだ。」
「んーーー、そうですね。でもいいですよ。アメリカサイズのでっかい肉持ってきてください。そうしたら俺の家にいれてやらないでもないです。」
「そうか、それは楽しみだ。…ところで、少し前にボウヤ達が言ってたんだが、決戦前にこういう話をすることを世間では死亡フラグと言うらしいが、それは知っていたか?」
「…俺は、俺の未来と日本の未来の為に死にませんよ。」
「そうか、それならいい。」
 
 そして、また部屋にはお互いがキーボードを叩く音だけが響いた。俺だって死ぬ気はないが、あの組織に関しては最後までなにがあるか油断禁物だ。
 だが、もしお互い無事にすべてを終えることができたら、そう遠くない未来にさっき話したことが現実になる可能性もあるのかもしれない。
 そんな穏やかな時間が俺達に訪れるかもしれないなんて考えると、どうもくすぐったくて、どこか恥ずかしい。そんな未来も悪くはないとは思うが、どうもしっくりこない。…危険な世界に身を起きすぎたのだろうか。

「君の家族とのバーベキューを楽しみに、生き残れるように頑張るとしよう。」
「ハッ、それしか楽しみがないとは、寂しい奴ですね。」
 
 そう言ってやっと俺と目を合わせた彼の目の下には俺にも負けないくらいくっきりとクマができていて、おまけに似合わない無精髭なんかも生えていた。しかし、ニヤリと目尻を下げて笑った顔は何故だかとても眩しかったのだ。
 
 
 
 
 
「ーーーーい、ーーーーあかーーー…あかいっ!」
 
 ふと目が覚めると、俺の顔を覗き込む降谷君の顔が見えた。よく見ると、スーツを着て、いかにさっき家に帰ってきましたと言わんばかりの格好だ。
 
「ああ、お帰り。お疲れ様。」
「お疲れ様、じゃないですよ!まったく、コタツで寝るなってあれだけ言ったのにまた寝てるじゃないですか!しかも、貴方そこで煙草吸いましたね!?寝煙草はやめてくださいってあれだけ…!」
「まあまあ、そんなにかっかしなくてもいいじゃないか。そうだ、今日はシチューを作っているが食べるか?」
「…………たべます。」
「では温めよう。着替えておいで。」
 
 彼が寝室に入るのを見届けてから、どっこいしょ、なんて声を殺すことなくコタツから出ると、ヒヤリとした空気が身体中を襲った。折角コタツでぬくぬくしていた暖かさが一気に霧散してしまった。
 
 懐かしい夢を見たのは、コタツの魔力というやつだろうか。
 
 シチューに火をかけながら、結局、彼の家に友人としてバーベキューにお邪魔することはできなかったなぁと考えた。そして、自分がまさか彼と一緒にコタツに入る家族の方になるこの未来は流石に予想はできなかったと笑みが浮かぶ。
 家族と言っても生活の拠点が日本とアメリカなので、滅多に一緒にいることはできない。そんな生活だから犬は飼えない。男同士だから子供もできない。当然、俺がこんなのだから可愛い嫁なんてできない。
 子供には絶対オヤスミって言うんだ、なんて話す彼の理想の未来とはまったく違う道を2人揃って歩いている今を不安に思う日がないといえば嘘になる。いつか本当に、綺麗な嫁さんをここに連れてくるんじゃないかなんて、何回考えたか分からない。
 でも、もうどうにもあのコタツからは出られそうにないのだ。そこでうとうと寝てしまってさっきみたいに怒られても、もし寝煙草で布団の1つや2つ焦がしてしまったとしても、コタツから出るという選択肢だけは選べそうにない。
 
 シチューが温まった頃には、着替えの終わった彼がさっきまで俺のいたコタツに入ってテレビを見ていた。肩まで布団を引き上げているせいか、反対側の布団はほぼ巻き込まれて短くなってしまっている。
 
「降谷君、パンとご飯はどっちがいい?」
「あーーー、ご飯。」
「わかった。」
 
 シチューとご飯をよそい、彼のもとに持っていく。テーブルにそれを置くと、「ありがとうございます、いただきます」と丁寧に手を合わせてから食べ始めた彼と対角の位置にまた自分も入る。
 短くなった布団を引っ張って戻してコタツに足を入れると、すぐに彼の足にぶつかった。まだまだ温もりきっていない冷たい足だ。
 ちょっとでも早く暖まればと思い、自分の足を擦り寄せてみる。すりすりと足の形をなぞるようにして辿ると、シチューを食べている彼の手が止まり、俺の方をじっと見ていた。
 
「口にあわなかったか?」
「いえ、…貴方の方からそんな誘ってくれるとは珍しいなぁ、と。」
「馬鹿か。違う。さっさと食べて早く風呂にでも入って暖まってこい。」
「えーー、なんだ。期待しちゃったじゃないですか。」
 
 すっと足を引き、今度は彼にぶつからないように慎重に足を入れる。
 ニヤケた口元を隠しもせずにまた無言で食事を再開した彼は、シチューの中にご飯を投入してカレーのようにして食べていた。彼曰く「シチューはかけるもの」らしい。
 
 シチューはかけるもので、冬はコタツでみかんを食べるもの。どちらも彼が言った言葉だ。法律で決まっている、とも言っていたかもしれない。
 
 犬に嫁に子供。彼の夢の大半は叶えてやれないが、せめてと思ってコタツを出してからみかんだけは切らしたことがない、なんてことを知られてたらどう思われるだろうか。女々しいヤツだと嫌われるか?いや、面倒なやつだと鬱陶しく思うだろうか。

「…………降谷君、犬でも飼うか?」
「はぁ?貴方、お互いの仕事分かって言ってます?生き物飼うなんて無理ですよ。」
「...そうだな。」
 
 少しでも彼にとってこの家が居心地のいい所にしたい。そして、来年も再来年も、その次の年だって、いっでも冬には俺とコタツでみかんを食べていて欲しい。
 我ながら、浅ましい考えだ。
 
「...なんですか、赤井、犬欲しいんですか?」
「いや別に。ただ、君が欲しいかなぁと思って。犬好きだろう?」
「まぁ好きですけど...」
 
 そう言って最後のご飯を口の中に入れると、コタツの中で彼の脚が動いた。ゴソゴソと動いたその脚は、俺のそれを見つけると先程とは逆に絡み付いてきた。
 
「降谷君...だから、早く風呂に入ってこい。」
「ええー、駄目ですか?」
「まずは風呂だ。」
「冷たいですねぇ...。」
 
 そうして、彼もまたどっこいせ、という掛け声と共に立ち上がり、食器をシンクに運んでから寝室に戻り、寝巻きを持って出てきた。
 これ以上ちょっかいをかけられては堪らない、と敢えて彼の方は見ず、特に内容のないテレビをじっと見ていると、風呂に行くのに彼が俺の後ろを通り過ぎた。そして、
 
「僕は犬なんかいなくたって、貴方がこの家にいてくれるだけで充分幸せですよ。」
 
 お風呂あがったら一緒にみかんを食べましょうね。
 そう言い捨てて彼が洗面所の扉をバタリと閉めると同時に、コタツの優しい温もりとは違う激しい熱が身体中を駆け巡って思わずゴン!と音を立ててテーブルに額をぶつけてしまったのだが、彼のところまで聞こえてはいないと信じておこう。

2018-01-21
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