黒の組織ポエム試験対策講義



「ねえ、本当にいい加減にしてほしいんだけど。なんなのあのふざけた試験は!」
 
 ドンッとテーブルに叩きつけたビールがジョッキから飛び出し、水無怜奈の袖を濡らした。
 それに対して、スコッチは苦笑いをこぼし、ライは分かりやすく顔をしかめ、俺ことバーボンはさっと布巾で濡れたテーブルを拭いた。
 
「まあまあ、水無さん。あの試験以外はもうクリアしてるんでしょう?そう焦らなくても幹部入りも時間の問題でしょう。」
「私は!一刻も早く!コードネームが欲しいの!!その為に寝る間も惜しんで実績を出した!組織に貢献した!なのに、なんなのポエム試験って!ふざけてるの!?」
 
 水無さんのこの気持ちは痛いくらい分かる。俺だって最初はベルモットが悪い冗談でも言ってからかっていると思ったのだ。
 しかし実際は、ジンやベルモット、ウオッカ等の名のある幹部達と、やたらとロマンチックな言葉を使って会話を交わすというよく分からない試験(?)を受けさせられたものだから、潜入する組織を間違えたかと本気で心配になったものだ。
 俺やスコッチはなんとかクリアできたが、水無さんは幹部入り一歩手前なのにそこでつまずいているらしい。そりゃあ、酒も進む。
 
「スコッチ!あんたはそういうの苦手そうな顔してるくせに何て言って合格したのよ!え?お姉さんに言ってみなさい!」
「いやぁ〜、俺ももう駄目だと思ってたんだけどよ、どっかの一言がえらくジンに気に入られたらしくって、ベルモット達の反対を押しきってジンに合格にしてもらったんだよ。」
「なにそれ!私なんて何回もチャレンジしてるのにひっかかる気配すら見えたことないわよ…!ライ、アンタは…」
「申し訳ないが俺には、さっきから君がなんの話をしているのか分からないのだが…」
「は?」
「水無さん、無駄です。ライはこの試験免除になってます。」
「は!?」
「よく考えてください…ライですよ?」
「…」
「??」
 
 日常的にポエムを吐くこの男にはするまでもない試験だと言うことで満場一致で免除になったとは後にベルモットから聞いた話ではあるが、まあそれも致し方ないだろう。悔しくもないがこの点に於いてだけは一生この男にかなう気はしない。
 
「いいですか、水無さん。羞恥心をすべて捨ててください。恥ずかしがってたらここではやっていけません。」
「…もう結構捨ててるつもりなんだけど。」
「足りません。いいですか、ポエムの基本は擬人法、倒置法、体言止めです。」
「うんうん。」
「女性を見たら華に例えてください。男を見たら武器に例えてください。この手法はベルモットにうけます。あと、ジンあたりには色を強調するのがうけます。」
「色?と言うと?」
「雪、じゃなくて真っ白な雪。もっと言えば、しんしんと降る雪に吸い込まれる音だとか、この世の汚い喧騒をすべて吸い込んだ雪は、それでもなお美しいほどに純白を保っている、とか言えたら最高です。」
「…あんた、よくもまぁ恥ずかし気もなく…」
「恥は捨ててください。続けます。血を1つとっても赤い血。赤を朱または緋、紅と表すのも良いでしょう。正しい日本語や文法なんてものはティッシュにくるんで捨ててください。それっぽく聞こえたらそれでいいんです。」
「お、おいバーボン…それはいくらなんでも言い過ぎじゃあ、」
「スコッチは黙っててください。いいですか、目に見えたものをそのまま表現してはいけません。ふと空を見上げて星が目についたら、その星はもれなくまたたいています。死んだ誰かです。空の上から僕たちを照らし導いてくれています。それくらいの気持ちで挑んでください。」
「バーボン、君はなかなか愉快な人間だったんだな。俺はいささか君のことを誤解していたようだ。」
「黙れポエム野郎。いいですか、水無さん。僕だって貴女のような優秀な人材がこんなよく分からない試験でくすぶっているのは耐えられないんです。だから、心を鬼にして言うんです。」
「ば、ばーぼん…そこまで私のことを…」
「はい、さっの受け答えはアウトです。こういう時は、『さすがバーボンのコードネームを与えられた男は違うわね。そんなに甘い言葉で私を誘惑しても、名もない私にはカウボーイの1つも作れないわよ。』くらい言わないと駄目です。ちなみにカウボーイとはご存じかもしれませんがバーボンと生クリームを掛け合わせたカクテルです。そうですね、ジンを使ったカクテルくらいは調べておくことをオススメします。」
「バーボン…お前すげえよ。俺、お前のこと改めて尊敬したわ。」
「スコッチ…貴方、さっき自分の何がジンに引っ掛かったか分からないとか言ってとぼけてましたが、それなら僕が思い出させてあげましょうか?いいですか水無さん。『未来』と書いたら『つばさ』と読んでください。」
「…スコッチ…」
「やめて水無さん、俺をそんな目で見ないで。」
「? なんで未来と書いてつばさと読むんだ?そういう読み方があるとは知らなかっ」
「やめてライ!マジレスしないで!!」
「…ライはもう放っておいてください。つまりですね、『愛』と書いたら『こどく』と読んで、『空』と書いたら『きぼう』と読む。『宿敵』と書いたら『こいびと』と読むんです。もうなんでもいいんですよこんなものは。」
「…ますます合格できる気がしなくなってきたわ。」
「自信を持ってください。あの試験の間だけは、貴方はアナウンサー水無怜奈でも、殺し屋水無怜奈でもありません。ポエマー水無怜奈です。」
 
 そう言って熱弁する俺も、その日は大抵酒が進んでいた。それもこれも、ジンがやたらとポエミーに指令を出してきたせいで解読に時間がかかって危うく取引の場所を間違えるところだったからだ。
 むしゃくしゃする気持ちを酒でぼやかせ水無さんに意味の分からないことを長々と語ってしまったが、どうやら水無さんも僕の話に何か思うところでもあったのか真剣に聞いてくれている。
 
「…ありがとうバーボン。私、ポエマー水無怜奈として頑張るわ。と言うか今日はもうこのまま朝まで飲んで飲んで飲みまくって、その勢いで明日試験に挑むわ。」
「その意気です。僕も付き合いましょう。」
「今夜はお姉さんがなんでも奢ってあげる…。ねえスコッチ!アンタも二次会来るわよね!?」
「えっ、あー…じゃあお付き合いさせていただこうかな…?」
「よし!じゃあライは、ライはどうする?来る?来ない?」
 
 どうも変なテンションになった水無さんが手持ちのビールを一気に飲み干してライに絡む。すると、ライはマイペースにスコッチをゆっくりと傾けて味わい、カラリと氷を鳴らしながらそれをテーブルに置いた。そして、
 
「行きたいのは山々だが、これ以上一緒にいたら君達のその熱量に溶かされてしまいそうだから遠慮しておくよ。俺のことは気にせず楽しんできてくれ。」
 
 と言い、ポケットから明らかに多い札を取り出してスコッチのグラスの下に挟んだ。そして立ち上がってコートを肩に引っ掛けながら、
 
「でもまぁ、水無さんはあまり無理しないように。今日のような闇夜では、君程の眩しい光でも暗闇に飲み込まれてしまうかもしれないからな。それでは。」
 
 と言って颯爽と店を出るその背中を3人で呆然と見送った。
 
「ばーぼん…」
「頭痛がしてきた…スコッチ、つまりライはなんて?」
「あー…だから、俺たちが騒がしくて一緒にいるのがしんどい、と。んで、水無さんは女性なんだから、はめを外しすぎると隣の男2人に食われるぞ。ってとこか?」
「………試験に受かる気がしなくなってきたわ。」
「…飲みましょう。浴びるように。溺れるほど。」
 
 そうして、宣言通り朝まで飲み尽くしてそのまま試験に向かった水無さんは無事にキールとなって帰ってくるのだが、何を言って合格をもらったかだけは頑なに口を閉ざして教えてくれないのだった。

2018-01-28
第3回BLove小説・漫画コンテスト結果発表!
テーマ「人外ファンタジー」
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