警察庁警備局警備企画課の長い1ヶ月



「よし、では今週の調査報告を聴こう。まずは土曜日担当山本から。」
「はいっ!」
 
 警察庁警備局警備企画課。通称ゼロと呼ばれるこの組織の一室で、毎週金曜日恒例となった定期報告会がこれから始まろうとしていた。
 全国からより抜きの強者が集まったこの部署に所属する人間は、体術においても情報戦においてもまさしくスペシャリスト。今回のターゲットは、そんな我々が総力戦を仕掛けているというにも関わらずなかなか尻尾をださない強敵だ。過去3回のこの会議では誰一人これといった情報を集められず、第4回目の今回こそは何か1つでも発展させたいところだ。
 
 ビシッとスーツの襟を正した降谷さんも今回はどこか意気込みが違うように見える。部屋の前、ホワイトボードの横に立ち皆からの報告を受けるその姿に、いつも以上の気合いを感じる。 
 土曜日担当の山本がペラリと手元の資料に目を落としながら、成果を読み上げる。
 
「土曜日の赤井秀一の行動ですがーー…」
 
 そう、この警察庁警備局警備企画課が全身全霊をかけて暴くべき相手、赤井秀一についての報告会だ。
 
 
 ことの始まりは丁度1月前、休むことを知らない降谷さんが珍しく2連休なんてものを取った翌日から始まる。
 連休に入る前、降谷さんは、本当に連休なんてもらってもいいのか、何かあればすぐに連絡してきていいんだぞ、なんてかなり不安そうにされていた。
 そして、あれやこれや言って帰ろうとしない降谷さんに業を煮やした新人の田中が、「何があっても連絡しません、俺達を信じてゆっくり休んできてください!!」と声高に宣言をするまでに至り、それからも田中が、さあさあ!早く帰って休んでください!と降谷さんの背中をグイグイ押して部屋から追い出そうとするもんだから、「随分と頼もしい部下ができたもんだ。そうだな、それならお言葉に甘えて小旅行でもしてくるか…土産、旨いもん買ってきてやるからな。」と困ったように、それでいて嬉しそうに退社されたのだ。
 だから皆、降谷さんの連休明けはどんな顔をして会えるのかと楽しみにしていた。決して土産が楽しみだったわけではない。皆が楽しみにしていたのは、ゆっくり休養を取った降谷さんが、「お前らのおかげでのんびりできたよ」なんて言いながら明るく出勤してきてくださる姿だ。
 
 …しかし、現実はそうもいかなかった。
 
 バン!と大きな音を立てて開かれた扉の向こうには、眉間にシワを寄せ、なんなら連休前より危機迫った顔をした降谷さんが立たれていたのだ。
 ドスドスと音がつきそうな程乱暴に部屋の奥にある自分の椅子に腰かけた降谷さんは、ドンッ!と『皆大好きタコ煎餅!おいしいよ!』とデフォルメされた間抜けなタコが墨を吐きながら喋っている、なんともおかしな袋をデスクに叩きつけてから、決して大きな声ではないながらも、しん、とした部屋全体に響き渡るドスの効いた声で、こう言った。
 
「赤井秀一の身辺調査をするぞ。」
 
 そこから、赤井と我々の戦いは幕を上げた。赤井秀一の住居は降谷さんからの情報で分かっていたので、そこを24時間交代で張り込み、外出するとなれば奴の動きを徹底的に追いかける日々の始まりだ。
 と言っても、我々は赤井秀一の一体何を暴けばいいのか。犯罪者との接触か、はたまたFBIの違法調査か。勿論その辺りは、捜査が始まる前に降谷さんに確認を取った。だが、「ちょっとでも怪しいと思うことがあれば何でもいい、報告しろ。」と言われるだけ。
 課内の奴には「赤井を追うという名目の訓練なのではないか」と言い出すやつがいたり、「いや、赤井秀一の交流は広いと聴く。どこで誰と繋がっているか分からない。」と言うやつがいたり様々。だが、我々にとっては赤井を追いかける理由なんてものより、降谷さんが赤井を追うと言った事実の方が余程大切なのだ。
 だからこうして赤井秀一を追っているのだが…。
 
「月曜日の赤井ですが、荷物に紛れさせて盗聴機を送りつけましたが、奴の家に入って5分後には破壊。しかし、9時丁度に荷物を運んだ時には、もうしっかりと身なりを整えていたということです。そしてこの日は10:30に外出。近くのコンビニで煙草とコーンパンを買ったのち帰宅し、車で千葉方面へ向かいました。追いはしたのですが、高速に入ってすぐ巻かれてしまい詳細は不明。結局18:00に赤井は帰宅し、その後家で一人で夕飯をとった模様でした。ちなみに、家の電気が消えたのは深夜2:03です。」
「補足情報ですが、その破壊された盗聴機は、翌日にここに着払いで郵送されてきました。鑑識にかけましたが、指紋等の痕跡は残されていませんでした。」
「ご苦労。しかし奴に破壊された盗聴機もいよいよ2桁突破か…これ以上の損害は避けたい。今後、この手段は使わないこととする。では火曜日斉藤、報告を。」
「はいっ、この日赤井は6:48より朝のジョギングをし10km程走りました。途中、私の姿を見つけると『寒い中お疲れ様』と言ってホットの缶コーヒーを差し入れしに来ました。それも一応鑑識にかけましたが、これといった情報はありませんでした。」
「クソッ…赤井のやつ完全におちょくってやがる…。続きは?」
「はいっ、ジョギングから帰宅して13:00までは自宅におり、そこから徒歩で工藤邸へ行き、夕飯まで食べてきたのかその日は22:00になってようやく工藤邸から出てきました。」
「工藤邸にいたメンバーは?」
「工藤家族3人に隣の阿笠さん、それと志保さんと妹の真純さんです。」
「ほう…変わったメンバーだな。一体何を企んでいるのか…。」
「それは工藤新一君より真純さんの引っ越し先を考える話はしたけれど後はただの雑談だったと情報を得て、」
「甘い。新一君はどちらかというと赤井寄りだと考えるべきだ。彼の発言を鵜呑みにするのは危険すぎる。」
「は、はいっ!申し訳ありません!!」
 
 土曜から火曜までの報告が終わったところで、前のホワイトボードにはほとんど何の情報も書かれていなかった。正確に分かっているのは、精々赤井の外出時間と帰宅時間くらいのものという体たらく。降谷さんの文字も段々と荒いものに変わっていく。
 
「もういい…木曜、金曜の者は何か発展性のあることだけ報告をしろ。」
「木曜日木村、…報告はありません。」
「金曜日永尾、赤井を追って得た情報ではないのですが、銀座のジュエリーショップに赤井秀一によく似た男が出入りしているとの情報を、」
「なに!?それは何処だ!」
「日本ではあまりメジャーなブランドではないのですが、海外ではオーダーメイドのジュエリーを作れると人気のようで…」
「クッソ、あの野郎こっちが必死に追いかけているのに女へのプレゼント選びとは優雅なもんだ…よし。永尾よくやった。明日明後日は俺が出よう。」
「そんな!わざわざ降谷さんが出るほどのことでは…!」
「いや、俺が出て決着をつけてくる。」
「俺たちが不甲斐ないばっかりに…すみません…!!」
「…お前たちはよくやってくれたよ。」
「降谷さん…!」
 
 その日、俺たちは泣いた。降谷さんの役に立てなかった己の不甲斐なさに、そして、赤井に戦いを挑みに行った降谷さんの男らしい背中にーー…。
 




 そして月曜日、ニコニコと上機嫌に出勤してきた降谷さんから、赤井の身辺調査打ちきりの報告と、その左薬指に輝くリング、そして千葉土産のピーナッツ饅頭を見て俺たちは全ての事情を悟った。
 左薬指を定期的に眺めては、ほうっと息をつく降谷さんを、良かったですねおめでとうございますと全力で祝いたい気持ちと、俺たちの1ヶ月の時間を返してくれと思う気持ちのせめぎあいで昼食はあまり箸が進まず残してしまったが、降谷さんにもらったピーナッツ饅頭は非常に美味しかったので俺も千葉に遊びにいくときには買ってこようと決めた。  
  
 その後、赤井秀一からご丁寧に一人一人の尾行における注意点がまとめられた資料が送られてくることで、警備企画課の実力が底上げされることになるのだが、それはまた別の話。

2018-01-30
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