ちぐはぐデート♀



「今度デートに行きましょう。ドライブして、美味しいものを食べて、って。たまにはいいでしょう?」
 
 降谷君が私にこんなことを言ったのは、1つのベッドの中でお互いに何も身にまとっていない時だった。先ほどまで散々鳴かされた為、私はその問いに返答するのに、少々間を置いたのだが…そう、つまり、情事の後だった。
 
「デー…、んんっ!」
「水飲みます?声が全然出てないですよ。」
「…頂こう。」
 
 誰のせいだとジロリと睨んでみせるも、ホワッと気の抜けた顔で笑うだけで、ちっとも申し訳なさそうにもしない彼はミネラルウォーターを差し出してきた。
 いつからベッドサイドに置かれていたのか分からないそれは決して冷たくはなかったが、ゴクゴクと勢いよく喉の奥に流し込むとさっきまであった違和感をすっきり消し去ってくれた。
 そこで、改めて彼の言葉を考える。
 
 デート。
 
 私の記憶が正しければ、それは付き合っている男女が一緒に出かける行為を指す言葉だが、彼と私の場合その言葉は適応されるものなのだろうか。つまり、彼と私はそんなに甘い関係ではなく、いわゆる大人のお付き合いというやつだ。
 しかし、ついこの間妹と話をした時だって「今度蘭君とデートに行くんだ!」なんて楽しそうに言っていたような気がする。そうか、もしかしたら私が知らないだけでデートという日本語の意味自体が多様化しているのかもしれない。
 まぁ、それを差し引いてもどうして私とで2人で出かけるのだろうとか、そもそも君は私のこと嫌っていたではないかとか色々と言いたいことはあったのだが、私の口はそんな疑問はすっ飛ばして勝手に動いていた。
 
「そうだな、それなら美味しい肉が食べたい。」
 
 昼間にテレビで見た焼き肉がとんでもなく旨そうだったのだから、仕方がない。
 
 
 
 それから、あっと言う間にデート当日になった。待ち合わせ場所にいつも通りの服で行こうと思ったが、その日に限って季節外れの小春日和で少し暑かった為に朝からバタバタとクローゼットの奥を漁ることになってしまった。
 そして、少しだけ薄手の上着をクリーニングの袋から取り出して羽織り、いつものニット帽で玄関に向かうと、昨日の雨で靴がぐっしょりと湿ったままになっていた。だからまた、靴箱の奥から以前ジョディに「お洒落は足元から!」なんて言って連れていかれた店でピカピカに磨いてもらった方の靴を取り出し、爪先をトントンと叩き足を押し込んだ。
 今朝は、これ以外にも先日の訓練で仲間の拳をうっかり喰らってしまった為できた顔の痣を隠すために少し厚目にファンデーションをはたいたり、帽子では隠しきれない襟足の寝癖が直らなくていつもは使わないワックスを髪につけることになったりで想定外が沢山あった。その為、時間に余裕を持って朝起きたはずだったが、待ち合わせに結構ギリギリの時間になってしまった。
 部屋まで車で迎えにきてくれないのか、と思いもしたが、降谷君は`待ち合わせ´にこだわっていた。まぁ、わざわざ私の部屋なんかに来たくないのだろう。とにかく今日の待ち合わせは最寄りの駅前だ。歩くと確実に遅刻してしまうので、少し小走りで急いでマンションを飛び出した。
 
 それでも結局、今日に限ってやたらと信号にひっかかってしまい待ち合わせに数分遅れてしまった。
 待ち合わせ場所に走って向かうと、いつものように洒落た服を着た降谷君が険しい顔をして腕時計を見ている姿が目に入ってきた。ああ、しまった、怒っている。彼の周りには遠巻きで彼を眺める女性が数人いて、もしかしたら私を待つ間に声をかけたりしたのかもしれない。彼のことだから愛想よく丁寧に対応したのだろうが、そう言うことも彼の機嫌を損ねさせた原因の1つかもしれない。
 旨いもんを食べに連れていってやるんだから貴女の方が先に待っているのが常識でしょう、なんていうイヤミの1つも覚悟して彼に駆け寄っていくと、彼の目線が腕時計から私に移った。
 
「降谷君、待たせてすまない…。」
 
 走ってきたことで弾む息を整えながら謝罪すると、彼は眉間にシワを寄せたまま、むっと唇を尖らせて不機嫌な表情で私をみた後、ふっと不思議そうな顔をして私の全身を上から下までじっと見つめた。
 しまった、もしかするとデートと言うくらいだからもう少しマトモな格好をしてこなければいけなかっただろうか。もし肉の店がドレスコードなんてあったら私は入店すら許可してもらえないのではないか。
 今更すぎることを思い至ってどうしたもんかと考えていたら、彼は急にニヘッとだらしなく顔を弛めて、
 
「女性を待つのは男のつとめですから気にしないでください。それでは、行きましょうか。」
 
 と機嫌良く歩き出して行ってしまった。
 あまりの態度の激変ぶりに呆気にとられた私はしばらくぼおっと離れていく彼の背中を見送っていたのだが、すぐに正気に戻って慌てて彼を追いかけた。
 
 それから、彼と私のデートはまさしく`デート´だった。車に乗り込む時だってスマートにドアを開けてもらい、「どうぞ」なんて言ってエスコートされた。元々車好きな私は降谷君の車内をキョロキョロと不躾にも見回してしまったが、自分の愛車に興味を持ってもらったのが嬉しかったのが、彼も上機嫌であれやこれやとカスタマイズした点を教えてくれた。車内で聴くエンジン音はまた素晴らしく、この車で追いかけ回されていた時に感じたものとはまったく違う音に感じた。
 ドライブ中は音楽などはかかっていなかったが、降谷君の巧みな話術で静かになることはなかった。それも、うるさいな、なんてことは決して思わなくて、降谷君が話すのをただ聞いているだけにはならず、いつの間にか時分も楽しくお喋りさせられているようなものだったから感心してしまった。さすが探り屋と呼ばれていただけある。彼の話術には見習うべきものが多い。
 ブゥン、と前方の赤信号をみて車が減速を始める。スムーズに動きを止めた車と同時に、車に乗って以降初めて車の中がシンと静かになる。不思議に思って横を向くと、降谷君が大層嬉しそうにコチラを見ていた。私もつられて窓の外を眺めるが、よく見るチェーン店のファミリーレストランがあるだけで、特段目立ったものはない。

「?」
「ふふっ、何見てるんですか?」
「いや、君が…誰かいたのか??」

 キョロキョロと辺りを見渡すも普通の親子連れが歩いているだけで、不審者の姿も見当たらない。彼が一体何を見ていたか検討もつかない。コテッと首をかしげて、んんーと考えるも、やはり何も思い浮かばない。降谷君は悩む私の姿をみてクスクス笑うだけで、とても答えを教えてくれる様子もない。
 そんなことをしているうちに信号は青に変わり、車は発車した。

「もしかしてお腹が減ったのか?」
「うーん、近からず遠からず。」
「君が手配してくれた店まではもう少しだと言っていたが…確かにさっきの店の看板のハンバーグもなかなか美味しそうだったな。」
「ええ、確かに美味しそうですね。はやく食べたくなっちゃいました。」
「そうだな、楽しみだ。」
 
 機嫌良く、鼻歌でも歌いそうな様子でハンドルを握る横顔を見て、彼がこんなにも楽しみにするくらいだからさぞかし美味しい肉が食べられるんだろうとコチラまで心が弾んでくる。
 そして、もう少しで着くという彼の言葉通りに、それから数分で趣のある焼肉屋に車が到着した。
 
 
  
 店に着くと降谷君に全ての注文を任せたのだが、どの肉も最高に柔らかくて美味しかったし、彼がおすすめだと言った〆の冷麺もあっさりしていて好みの味だった。しかも彼は、私が好きだと思った肉をさりげなく追加注文してくれたりもして、全体的に大満足の食事だった。
 馬鹿の1つ覚えみたいに美味しい美味しいと言って食べる私を微笑ましげに見ていた彼には、子供みたいだと呆れられたかもしれないが、それくらいに美味しかったのだ。
 
 食事を終え、また2人して車に乗り込んだが、お腹一杯になった私は眠気に襲われていた。他人が運転する車で眠くなるなど…それどころか、他人の前でウトウトするなんて少し前までは考えられなかったことだ。平和ボケでもしてしまったのだろうか。
 寝ないように、と必死で彼の話に相槌を打っていたが、そんな私の様子はお見通しだったのだろう。
 
「着いたら起こしてあげますから、寝てていいですよ。」
「しかし…」
「心配しなくても事故なんて起こしませんよ。」
「そういうことでは、ないのだが…」
「次は少し景色のいい海沿いを走らそうと思っているんで、そこで寝られるよりは今少し寝ていてください。いい景色を一人で走ることになるよりは、よっぽどそっちの方がいいですから。」
「すまない…じゃあ、少しだけ…」
 
 でも、折角の君との楽しい時間に寝てしまうなんて勿体ない気がするな…そんなことを考えながら、瞼の重さに耐えきれなくなった私の意識はそこで途切れてしまった。
 まさか、最後の言葉が口から漏れ出ていて、降谷君が顔を真っ赤にしているなんてことは当然ながら知る由もなかった。
 
「クッソ、後でおぼえとけよ…。」
 
 
 
「赤井、あかい。起きてください。」
 
 降谷君の声に目を開くと、目の前には真っ青な海がどこまでも広がっていた。白い砂浜にはポツポツと他人の姿も見え、皆、今日の暖かい日和に誘われて出てきたようだった。
 
「少しだけ歩きましょう。本当は眺めるだけの予定でしたが、こんなに暖かいなら外に出ないと勿体ない。」
「そうだな。」
 
 そしてまた降谷君にドアを開けてもらって車から降りると、潮の香りがする風がビュンと吹き付けた。流石に海風はまだまだ冷たいが、風さえなければポカポカと本当にいい天気だ。
 うーーん、と背を伸ばす降谷君を見て、やはり運転を任せきりだったのは申し訳なかったなとシュンとする。時間を確認したところ、ここまで来るのに1時間弱かかったようだったが、その間彼の隣でスヤスヤ寝てしまっていたなんて、情けない。
 少しでも彼の運転疲れがとれるようにと思って、海に向かって歩き出そうとする彼の両肩に手を乗せて、グッと肩を揉むように力を入れる。すると、大袈裟にビクッと肩を跳ねさせて、バッと音が鳴りそうな勢いで振り返った。
 
「なっ、いきなりどうしたんですか!?」
「あっ、いや。運転疲れで肩でも凝ったかなあと思って…まさかそんなに驚くとは…すまなかった。」
「そういう…すみません。確かに驚きましたが、別に嫌ってわけではないです。……それに、どうせなら肩より、コッチをお願いします。」
 
 そういうと、彼は私の右手をとって指を絡めてきた。
 予想外の行動に出られてギョッとしたが、絡められた褐色の指はなかなかに冷えていた。自分も体温は高い方ではないのでこんな手で彼を温められるか不安ではあったが、少しでも体温が伝わればいいと思いギュッと握り返した。
 そうすると彼は少し動きを止めてコチラを振り返ったのだが、その顔があまりにも蕩けそうに幸せだったものだから、少しは温まったのかな?と安心して私もヘラっと笑い返す。
 
「…行きましょうか。」
「ああ。」
 
 車の中でのお喋りが嘘かのように砂浜を歩く時は2人とも一言も声を出さなかったが、不思議と居心地は良かった。
 
 砂浜の散歩が終わって車に帰るとき、お互いに車に手をついて靴をひっくり返して中に入った砂をサラサラと落とした。
 思ったよりも沢山落ちてきた砂に苦笑いをして、こんなことなら裸足で歩けば良かった、それなら海にも入れたのに、なんて言うと、彼は「それなら、また夏にもう一回来ればいいでしょう」なんて言ってくれるものだなら、ああ、また次があるのか、なんてぼんやりと思った。
 
 
 
 それから、近くの道の駅で海鮮やお土産を買うと、夜はこれをさばいて丼にでもしましょうと言う彼の言葉に頷いて帰路につくことになった。
 帰りの車では眠気も襲ってこず、彼とずっと話をすることができた。出かける前は彼と2人で出かけるなんてどうなることやらと思っていたが、本当に楽しい時間だった。
 
「今日は本当に楽しかったよ。連れてきてくれてありがとう。」
「いえ、むしろ今までこういう時間をとれなくて申し訳ないって思ってるんです。これからは、2人で沢山色んなところに行きましょうね。」
「ああ。………?」
「今度はどこか泊まりで、温泉なんかもいいですよね。そうだ、部下が伊豆の温泉宿でいい場所があるって言ってたから、今度はそこにでも…」
 
 ここに来て私は、今日感じていた違和感の正体が見えてきた。
 待ち合わせに遅れても怒らず、車の乗り降りは常にエスコート付き。停車したふとした瞬間に愛しそうに見つめられ、手を繋いで砂浜を歩く。そして、次の夏にまた海に来る約束をし、これから2人での時間をもっと増やして温泉に行く計画をたてる。
 
 こんなのはまるで本物の恋人のようではないか。
 
 これは、もしかすると降谷君は私と付き合っているつもりでいてくれているのだろうか。もしそうなら、とんでもなく悪いことをしてしまっている。デートだと言うのにいつもとほとんど変わらない服装で来て、車では好き勝手にグーグー寝て、挙げ句の果てに付き合っているつもりがなかった…なんて最低なんだ。
 
「赤井?どうしました、急に黙って…もしかして疲れました?」
「いや、そうではないのだが、」
 
 しかし…降谷君が私のことをどう認識しているのか決定打がほしい。もし、付き合っていると思っているなら…、
 
「今更ながら、実は今日は寝癖がなかなか直らなくてワックスで抑えていたのだが、海を歩いたりしてまた飛び出してないか心配になって…」
 
 と襟足を何度も引っ張りながらそう話を振ってみる。すると、なんだそんなこと、と言って笑った彼は、
 
「今日は少しいつもと違う服だしメイクだってちょっと変えてますよね。寝癖も、全然気付かなかったくらい綺麗に髪も整えて来てくれてるし…心配しなくても、髪も乱れてないし、可愛いですよ。」
 
 と言ってくるではないか。
 これはもう、間違いなく私と彼は付き合っていると認識していいのだろう。そうか、今日は本当のデートと言うものだったのか。なんだ。
 
 そう考えると、ついさっきまではただの友人の1人であった隣の彼が違った人に見えてくるから不思議だ。
 ただ、これから先もこうして彼の運転する助手席に乗って手を繋いで一緒に歩けると思うと、それはなかなか幸せなことだった。それに、今のこの場所に私以外の女が座ることがないと思うと少し安心だった。
 というか、ここに私以外の女が座ると考えただけで、面白くない。
 
 ああ、そうか。私は彼が好きだったのか。
 
 鈍感な自分に呆れながらも、色々と順番が違った気がするが、今こうして好きな男の隣にいれることになっているから結果オーライというやつだろう。
 
「赤井??」
 
 急に黙りこんだ私に、心配そうに声をかける恋人をまずは安心させてやらないと。そう思うと、私の口から次に出る言葉は、これ以外には何もなかった。
 
「好きだよ、降谷君」
 
 そして、この日初めての急ブレーキをかけた彼の真っ赤になった顔を見て大笑いすることになるのだが、そんな時間ですら幸せでしかなかった。

2018-01-31
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