僕と私の2日間戦争♀



「ぬぬい〜!!!!」
 
 身体をブルブルと震わせて、食卓テーブルの上で仁王立ちする安室くんに「こら、そんな所に立って行儀が悪いぞ」と言うことはできなかった。
 余計なことを言うと今以上に彼が鬱陶しくなるであろうことは火を見るよりも明らかなだけでなく、今回ばかりは私だってそれなりに腹が立っていたのだ。
 私たちのにらみ合いを、巻き込まれては堪らないと言ったように遠巻きにコーヒー片手に傍観している秀をチラリと見てから、キッ!と安室くんに目を合わせる。
 第2ラウンド開始のゴングが聞こえた。気がした。
 
「そもそも!私と降谷君は交際しているんだ!どうして一緒に旅行くらい行っちゃ駄目なんだ!!」
「ぬいぬいぬー、ぬぬぬいぬいぬぬっ!!」
「ハァ!?婚前交渉??今どき時代錯誤にも程がある考えだ!そもそも私と降谷君はもう身体の関係だってある!」
「ぬぬいぬいぬ!!ぬっぬぬぬっ!」
「そういう問題じゃないってじゃあどういう問題なんだ!」
「ぬぬぬいぬーぬい!!」
「嫁入り前の娘って年でもないだろう!それを旅行に誘うのがどうしてモラルがないってことになるんだ!」
「ぬぬー!ぬっぬぬぬう!」
「はぁ?真純??そりゃあ真純が彼氏と一緒に旅行なんて言ったら反対だ。だってアイツはまだ高校生だぞ。…もしかして三十路もとうに越えた私と真純を同じレベルで考えているのか…話にならないな。」
「ぬぬぅーぬいぬ!ぬ!」
「私は君から生まれた覚えはない!!!」
「ぬぬいーぬいぬ!」
「ああ、わかった…要は君が降谷君を気にくわないだけだろう。以前からやけに彼に突っかかるとは思っていたが、こんな言いがかりをつけるまでとは思っていなかった。」
「ぬ!?ぬぬんぬ、ぬーぬぬぬぬっぬぬぬ!!!」
「ああ分かった!!そこまで言うなら彼を連れてこようじゃないか!彼が君に挨拶の1つでもして筋を通せば納得するんだな!」
「ぬーぬぬいぬ!ぬんぬ」
「ふん!」
 
 そうして、バタバタと乱暴に足音をたてて寝室に入っていく私と、ぬいぬいと文句を言いながらキッチンに入っていく私の後ろ姿を、煙草をふかした秀が呆れたように見ていた。
 
 
 
「というわけで、安室くんに挨拶にきてくれ。」
「…………は?」
 
 赤井を温泉旅行に誘うことに成功し、宿の手配から周辺の観光スポットのリサーチまでを抜かりなく終え、あとは当日を待つだけ。そんな時に珍しく赤井から会いたいと誘われたと思ったら、そんなことを言われてしまった。
 なんでわざわざ赤井の親でもない安室に旅行の許可をもらわないといけないのか、と思わなくもない。が、目の前の赤井を見ても安室に対して怒り心頭の様子で、`俺が挨拶に行く´と言う訳の分からない結論に落ち着いた経緯が少し見えた気がする。普段は俺が気に入らないくらい「安室くんが、秀が、」と嬉しそうに話すコイツがここまで怒るということは、相当な大喧嘩をしたのだろう。
 安室の意向を無視して俺と旅行をするのは簡単なのに、わざわざ俺を安室に会わせようとするあたりで大抵コイツも安室に弱いと思うのだが、本人にはそんな自覚はないのだろう。
 はぁ、と大きなため息をつくと、ここで初めて赤井が不安そうな顔を覗かせた。おおかた、しょうもない喧嘩に巻き込んで俺が呆れたとでも思ったのだろう。 そんな赤井に優しく微笑んで、ポンッと頭に手を置いてやる。
 
「いいでしょう。俺が安室を説得するので今晩にでも会いに行きましょうか。」
 
 今回は俺が大人になって、安室に会いに行ってやろうではないか。そして、2人の喧嘩を丸く納めて、赤井には何の憂いもなく旅行を楽しんでもらおう。
 そんな下心を隠しつつ、一応手土産とか持っていった方がいいのかな、なんて呑気に考えながら、嬉しそうに笑う赤井の形の良い頭をなで続けたのだった。
 
 
 
「ぬい。」 
「…どうぞ、これつまらないものですが。」
「ぬっ、ぬぬい」
「『つまらないものならいらないです』だと。」
 
 ぬっと鼻で笑いながら俺の持ってきたお土産を端に寄せる安室に、さっそく頬がひきつりそうになるがこらえる。「安室君の言葉を君は理解できないから通訳するよ」と傍についてくれている赤井には悪いが、俺は知っている。安室が普通に喋れると言うことを。
 短くて丸い腕と足を組んで(いるつもりだろう、組めてないが)、高圧的な態度で出てきた安室に対して、あくまでにこやかに余裕のある表情を崩さずにいると、視界の端で赤井さんが安室の捨てた俺のお土産をガサガサ開ける様子が見えた。袋を開けると赤井さんが気に入っているクッキーを見つけたようで、ホクホクしながら1枚取りだす姿を見て和む。かわいい…。
 しかし、そんな俺の様子に気がついた様子の安室がバンバン!と机を叩いて俺の意識を自分に向けさせる。
 
「ぬいぬぬいぬーぬぬー。」
「『赤井の次は秀のゴキゲン取りですか、随分と忙しいんですね』」
「人聞きが悪い…プレゼントに相手が喜ぶものを選ぶのは基本でしょう。」
「ぬっ、ぬぬぬいぬっ。」
「『まぁいいでしょう。無駄話してる時間も勿体ないので早速ですが本題に入りましょう。』」
「…僕達が旅行をするのを反対していると聞きました。僕としては、赤井とは真剣に交際しているつもりなので、それに何の問題があるのか分かりかねます。」
「ぬぅ〜、ぬぬぬぬぬぬ?ぬんぬぬぬんぬ。」
「『へぇ。真剣に交際している`つもり´ですか。そんな生半可な気持ちで付き合っているとは、僕は貴方を買い被っていたようだ。』」
「真剣に交際しています!貴方こそ、他人の言葉尻を捕らえて言いがかりをつけてますが、まずなぜ反対かを説明していただきたい。」
「ぬぬいぬーぬいぬぬぬ、ぬんぬ、ぬいぬいぬぬぬんぬーぬいーぬぬぬいぬ。」
「『赤井から聞きましたよ、温泉旅行らしいですね。どうせ貴方のことだから、格好つけて部屋に露天風呂でもついてる宿を予約しているんでしょう。僕達の赤井に厭らしいことをするつもりで。浅ましい。』」
「っ確かに部屋に風呂のついてる所を予約しましたが、それは赤井が日本特有の文化である大衆浴場に馴染みがないと言っていたから配慮したまでです。そんな、まるで人がヤるしか能がない猿みたいな言い方をされるのは心外ですね。」
「ぬっ、ぬぬんぬんぬぬぬんぬいぬいぬぬぬいぬ。」
「なっ、降谷君そんなことを考えていたのか!?そんな!君っ…!」
「ちょっ、赤井!話し合いに参加するならちゃんとコイツの言うことを通訳してください!!」
「…『どうせ、風呂でなし崩しにコトに及べば避妊もできないし、あわよくば子供ができればいいなとか思っているんでしょう。』」
「そっ…んなこと思ってませんよ!!僕だって順番はちゃんとしたいと考えてます!子供を作るなら結婚してからって…!ね!赤井!俺そんなこと考えてないですからね!?」
「ぬぬんぬ、ぬぅーぬぬ。」
「『どうだか、僕も自分が考えそうなことくらい分かります。』」
「んなこと考えてる奴が赤井と住んでる方がよっぽど油断なりませんよ!!!駄目だ赤井。やっぱり僕と同居しましょう。こんな危険な所に貴女を置いておけません!!」
「ぬぅー!!!ぬいぬいぬー!ぬいぬいー!!!!」
「まっ、待ってくれ!2人とも落ち着いてくれ!」
「こんの野郎!前々から気にくわなかったんだ!俺だって赤井と住みたいけど何て切り出そうかって悩みに悩んでたのに当然のように赤井と同居しやがって!!お前だって風呂上がりの赤井とか寝起きの赤井見て毎日ニヨニヨしてるんだろう!羨ましいんだよ!!」
「なっ…!」
「ぬぅ〜!!!ぬいぬいー!ぬいっぬいぬー!!!ぬぬぬ!ぬいぬ」
「はっ!俺と張り合いたいならまずは普通に喋るんだな!!!この猫かぶりが!」
「ぬい〜〜〜〜〜〜〜!!!!!!」
 
 遂に飛びかかってきた安室を軽く受け止めた俺は、そのまま安室の両腕を大きく左右に引っ張る。ぬいぐるみ如きがトリプルフェイスを使いこなしたこの俺に勝とうとは100年早いわ!このまま引きちぎってやろうか!!
 ぬいーーーぬいー!!と言いながら奴が抵抗し、器用に身体を翻しながら足で俺の手をガンガン蹴ってくる。はっ、布の塊に蹴られたくらいでダメージなんぞ、
 
「痛ってえ!!」
「ぬぬい!」
 
 ぴょんと俺の手から飛び出た安室が、ふふんと自慢げな顔をしながらコロリと回りながら床に着地した。
 痛みを感じた左手を見ると針のようなもので刺された跡があり、バッと安室の方を見てみると、左の爪先(?)でトントンと床を叩いていた。…野郎、何か仕込んでやがったな…。
 スッと俺がファイティングポーズをとると、奴もサイドステップを踏みながらシュシュッとシャドーボクシングをした。ほお、俺と同等にやりあおうとは、その意気込みだけは買ってやる…!!

「ぬぬい、ぬいぬ…」
「上等だ。ここでを決着つけてやろう。」
「ぬいーーー!!!!」
「うぉおおお!!!これで終わりだー!!」
 
 そうして、俺と安室の拳が交わされようとした、まさにその時。
 
「もうやめてくれ!!!!」
 
 赤井が叫びながら、俺と安室の間に入ってきた。そして、俺に飛びかかってきていた安室を左手ではたき落としてフローリングに叩きつけたあと、流れるように俺の右腕をとり華麗に一本背負いをきめた。
 ドンドン!という音と共に、気づいたときには俺は床に叩きつけられており、俺の顔の横には同じように安室が大の字になって倒れ込んでいたのだった。
 
「どうして君達は顔を合わすとすぐに喧嘩をするんだ!私はただ降谷君と旅行に行きたかっただけなのに!」
「あ、あかい…」
「もうそんなに喧嘩するなら私は旅行には行かない!安室くんとも一緒に住まない!一人で暮らす!」
「ぬっ!?ぬいっ…」
「もう知らん!2人とも私の気持ちなんて考えずに好き勝手して…!もう私だって勝手にしてやる!!」
「赤井落ち着いて。話し合いましょう。」
「ぬいっぬいっ。」
「もう知らん!!勝手にしろ!!!」
 
 興奮する赤井をなだめようと、すぐに立ち上がって俺と安室でなんとかなだめようとするが、全く聞き耳をってくれない。
 今にも荷造りして出ていってしまいそうな赤井を見て、焦る。これでは旅行の計画もおじゃんだし、赤井がコイツと離れて一人で暮らすという最悪の結末を迎えてしまう。
 
「赤井、ちょっと赤井、」
「ぬ、ぬっ」
「知らん!もう放っておいてくれ!」
 
 暴れる赤井を二人で押さえつけながら、なんとか説得しようと声をかけ続けて数分。一向に落ち着く気配のない赤井にどうしたものかと困り果てていた時、トントンと赤井の目の前の棚に赤井さんが登ってきた。そして、ピョンと赤井の肩に飛び移り、
 
「ぬ。」
 
 赤井さんが指し示した先には、ぬい専用のゲージと共に温泉まんじゅうの広告が置かれていた。
 

 
 
 後日。満足そうに温泉まんじゅうを食べる赤井さんと安室を連れて、俺と赤井は部屋に露天風呂のついた贅沢旅館で、健全にのんびりとすごすこととなる。

「ぬいぬ。」

2018-02-06
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