警備企画課Kの災難♀



 ガシャン!!!
 
 どこかの部屋で何か倒れたのか、フロアに大きな音が響いた。この警察庁の中でそのような音が立つのは珍しい。同じデスクで作業していた仲間数人とコテリと首を傾けながらも、風見は目の前にある膨大すぎる書類の処理に戻った。
 降谷が長年に渡って潜入していた組織がようやく壊滅したのはいいが、あまりにも大きな組織だったので捜査の為とは言えコチラが少々法外なことで介入したことも数知れず。ここ最近の警備企画課のメインの仕事は、それの後始末…つまりは揉み消しとなっていた。
 ぺらりとめくった書類には、数ヵ月前の東都水族館でのゴタゴタが羅列されており、未だにダメージから回復しきらず改修工事が行われているそこを思って遠い目になる。あれは、自分自身の未熟さを知るいい機会だった…と言うには代償が大きすぎるほどの大惨事だった。あの事件直後の警察庁のゴタゴタは今でも思い返したくはない。
 そうして、軽く現実逃避をしてみても目の前の仕事がなくなるわけでもなく、少し頭を振って集中力を引き出す。そう、俺は今日こそは家に帰りたいのだ。仮眠室の硬いベッドではなく、家のベッドで5時間…いや、3時間でいいから眠りたい。ゆっくり風呂に浸かって、温かい布団に包まれて眠りたい。その為にも、これらの仕事を少しでも終わらせる必要があるのだ。
 もう何杯目になるか分からないブラックコーヒーを流し込み、眼鏡を一旦外して目頭を揉む。さて、あと数時間だけ集中して、22時までには帰ろう。頑張ろう。
 
 そう決意して眼鏡をかけ直したその時、今度はバタバタと慌ただしい足音が聞こえてきた。
 
「風見さん!!大変です!!!」
 
 息を切らして部屋に駆け込んできたのは、今年入ったばかりの新人だった。若いながらも冷静な判断力があり、仕事も早く礼儀もいい。そんなやつが、ノックもなしにドアを開けて叫んだのだ。そこにいた誰しもがただ事ではないと、姿勢を正した。
 
「どうした!」
「降谷さんが…FBIの赤っ」
 
 そこまで聞いて俺はすぐに駆け出した。新人の横をすり抜け、降谷さんの部屋まで一直線だ。
 
 ━━━ しまった!赤井が来るのは今日だったのか!!
 
 忙しくてつい曜日感覚が狂っていたが、確かに今日は木曜日。赤井捜査官が定期報告をしにここに来る日だった。
 降谷さんと赤井は、言わずも知れた因縁の仲。組織壊滅にあたり公安とFBIが協力体制をとったからと言って、あの2人が和解したという訳ではない。
 いつもなら直接会わないように気をまわしているのに、しくじった。これも全て仮眠室の冷たい布団と薄い壁のせいだ。睡眠不足が正常な思考を奪っている証拠だ…!
 仮眠室の環境改善を申し出る算段をつけながら走っていると、降谷さんの部屋の少し手前で、部下達が遠目で様子を伺っている様子が見えてきた。
 公安所属のエキスパート達が、ゴツい身体を縮ませながら恐る恐る奥を覗きこむのを片手で制して、下がるように指示する。不安そうな顔をしながら引いていく者を見送りながら、息をふぅーと吐き、覚悟を決める。
 
 この中で何が起こっていようと、降谷さんを守り通す覚悟だ。
 
「…失礼します。」
 
 ノックもそこそこにそっと扉を開けると、中では恐らく降谷さんがばらまいたのであろう書類が床に散乱していた。そして、その真ん中でフーフーと息も荒く机に両手をつき赤井を睨み付けている降谷さんと、その前で両手をポケットに突っ込みふてぶてしく立っている赤井の姿があった。
 良かった…!まだ流血沙汰にはなっていないようだ…!!
 
「降谷さん、どうされまし」
「そもそも!お前一体何を考えているんだ!」
「何を考えているも何も、毎週木曜日の定期連絡をしに来ただけじゃないか。何か問題でも?」
「問題?…ああ、よくもまぁ平然とその面を俺の前に出せるなって言ってるんだよ…!」
 
 キッ!と、今にも飛びかかりそうな目で赤井を見る降谷さんに、思わずこちらの身がすくむ。赤井は相変わらず平然としており、その肝のデカさには恐れ入る。
 
「私はプライベートは仕事に持ち込まない主義なんだ。さっさと確認してくれないか?私だってこんなところには長居したくはない。」
「こんなところ?ハッ!貴女のやに臭くて殺風景な部屋よりはよっぽど過ごしやすい空間だとは思いますけどね!」
 
 ん?と、降谷さんの発言に違和感を覚える。
 さっきのは、まるで、降谷さんが赤井の部屋を知っているかのようにも聞こえるではないか。
 
「私はあの部屋を気に入っているんだよ。物が少なければ掃除も楽だしな。君みたいに細かく物を片付ける必要だってない。」
「あったものを元の場所に片付けるだけでしょう?そんな簡単なこともできないなんて子供以下ですね。」
「君は神経質過ぎると言われたことはないか?いちいちあーだこーだと…細かくて仕方がない。」
「お前はズボラ過ぎるんだよ。」
 
 そして、チッと降谷さんの舌打ちが響き、そのあとに「それでも女かよ。」とボソリと呟かれる。
 その一言を聞いてか、ヒュッと赤井の空気が変わる……っていうかちょっと待ってくれ。さっきから話がちょっと、ちょっとこれって。
 
「君こそネチネチと女々しいったらないな。それに、そんなズボラで女には見えない私に馬鹿みたいに腰を振る君こそなんなんだ。よくもまぁそんな相手に興奮できるものだ。この節操なしが。」
「…は?今なんっつた。」
 
 ヒヤリと降谷さんの空気も変わる。空気に飲まれて俺は一歩も動けず、声を発することすらできない。
 タラリと冷や汗が流れ、一触即発の2人を見つめることしかできなくなった俺は、そんな中でも崎ほどまでの会話を整理して考える━━━もしかしてこの2人、付き合ってンのか、と。
 
「風呂上がりは全裸で部屋中歩き回るような恥じらいの欠片もないような女は君のタイプではないだろう。服くらい着ろってずっと言ってくるもんな?」
「ああ、そうですね。前から見ても後ろから見ても変わらないような凹凸の無い身体を見せられても、一応目のやり場に困るくらいには貴女に対して紳士的に振る舞ってたつもりなんですが……、全部無駄だったみたいですね。」
「は?」
「もう勘弁ならない。節操なし?よくもまぁ、そんな舐めた口が利けるもんだな。」
「ハッ!紳士とは聞いて呆れる。本気でもない女に突っ込んで中で出せる男のどこが紳士だ。」
「んなこと言うなら、節操なしの最低男に突っ込まれてあんなにヨガれる貴女もとんだ売女だ。男だったら誰でもいいのか?」
「そうだな…ま、少なくとも君みたいに自分勝手なセックスしか出来ないような男よりは、もう少しまともな相手の方が好みではあるがな。」
「自分勝手??俺の上で腰振ってたのはどこのどいつだよ!」
 
 ……いや、ちょっとやめてくれない?
 もう俺はこの部屋に入ってきたことを100万回は後悔していた。唯一自分を褒めてやりたい点は、部屋の周りにいた部下達を下がらせ、皆が尊敬してやまない降谷さんが叫ぶこの汚い言葉の数々を聞かせていないことだけだ。
 
「…わかった。今日の今日こそお前の身体にしっっっかり刻みつけてやるよ。もうやめてくれっつって泣いても優しくなんてしてやらねえからな!」
「上等だ。誰がビッチだって??君こそ先にへばってくれるなよ?最低男の称号の上に早漏って肩書きまでつけられたくなかったらな!」
「風見ィ!今日は帰る!後は任せたからな!!」
「風見くん、すまないが君の上司を借りていくよ。まぁ、明日の彼が使い物にならないかもしれないが、彼にも男のプライドというものがあるだろうからそっとしておいてやってくれ。」
「上等だ…!」
 
 そうして、足音荒く出ていく2人を見送った俺は、よく分からない疲労感に襲われながら元来た道を戻っていった。
 足取りは重く、恐らく心配しているであろう部下達にどうやってこの現状を説明したらいいのか検討もつかなかった。

 
 
 余談だが、その日まったく集中力が戻らなかった俺は当然自宅に帰られることもなく、また仮眠室の冷たくて硬いベッドで眠ることとなる。
 そして、翌日妙にスッキリした顔の上司から、昨日の喧嘩の原因が、降谷さんの作ったチャーハンを一口も食べることなく赤井が醤油を足したことが原因だったと恥ずかしげに聞かされて、本気で異動届けを書こうかと考えるのだった。

2018-03-10
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