あまいあまい♀
「なんっ…ですか、それ。」
赤井が持っているのは、赤にオレンジ、ブルー、ピンクなどの色とりどりの飴玉が入った袋だった。おそらく、アメリカの物だろう。自然素材からはおおよそ出ないであろう発色の飴玉は、流行りのインスタ映えとやらはするだろうが、いかにも不健康そうで食欲はそそられない。
特に目を引くピンク…蛍光色のショッキングピンクとでも言えばいいのか、その色の飴玉が袋の中でごそごそと揺られているのを見ると、幼い頃に縁日でやった水風船のヨーヨー釣りを思い出した。自分が本当に欲しかったのは、紫色のものだったのだが、それは場所が悪くて取れそうになかった為仕方なくその横のピンクのヨーヨーを釣り上げた、なんてこともあった。
「これか?ホワイトデーのお返しに配り歩いていたんだ。君もいるか?」
「バレンタイン?誰かから貰ってたんですか?」
「ビュロウの仲間の娘さんがいつもくれるんだ。だから、お返しに彼女の好きな飴玉を贈っている。」
ま、今年は日本にいたせいでわざわざ取り寄せなければいけないかったが…、なんて言いながら飴をガラガラと振る姿は、すっかり気のいいおじさんに見えた。
そして赤井は、袋の口を開けると適当に飴をポイっと口の中に放りこんだ。かなり大きなそれは、赤井の口の中でゴロゴロと転がされて、頬の左右がポコポコと膨らんでいる。
「…美味しいですか?」
「旨いともまずいともないな。飴玉とはそういうものだろう。」
「と言うか、さっきのは何味なんですか?紫だったからグレープ?」
「こういうのは、色が違うだけで同じ味なんじゃないか?ほら、かき氷のシロップも味は同じだというじゃないか。」
「……何でそれ食べてるんですか?」
手に持ってたから、と無感情に言い切った顔を見て、こいつに食べられた飴玉を不憫に思った。おそらく、ホワイトデーにこの飴玉をもらった娘さんは、1つ1つ大切に、ゆっくり味わって楽しみながらこれを食べているだろうに、それに比べてこいつときたら…。
大きな飴玉をコロコロ転がしながら器用に喋る赤井は、そういわれれば昔から食へのこだわりが薄かったことを思い出した。
まだこいつがライだった頃、ほぼ腐っているような酷い匂いの発酵食品(どこぞの国の名産らしい)を、普通に食べていたことがあった。組織の他のメンバーは、それが部屋にあるだけで強烈な臭いに顔を歪めていたというのに、フォークを思いっきりブッ刺して大きな口で食べていたのだ。
「よく貴方…そんなもん食べられますね。」
「食品として販売されているのだから食べられないことはないだろう。」
「そういうことを言ってるんじゃなくて、匂いとかそのブヨブヨした見た目とか、よく口に入れる気になれるなって言ってるんですよ。」
「腹に入れば何だって一緒だ。」
「信じられない…。」
赤井にとっては、今食べている身体に悪そうなキャンディも、あの時に食べてた得体の知れない物体Xも同じなのだろう。
赤井は、そうしたよく分からないものから摂取した栄養で動かされていて、身体は嗜好品の酒と煙草で充満されている。そう考えると、こいつの身体は全部毒のようにすら思えた。
じっと顔を見つめるとキョトンと不思議そうな顔で見返されたが、どこをどう見ても善良な人相ではない。極悪人だ。
性格も穏やかでもなければどちらかと言えば好戦的。単独行動を好み、協調性の欠片もない。思いやりの心がないとまでは言わないが、優しいかと言われれば頷きにくい。
「なんだ?やっぱり飴玉がほしいか?」
そう言って飴玉の袋をガサガサと探る指はゴツゴツしていて、決して触り心地も良さそうではない。
鋼のように固い鍛えられた身体だって、女の子のように柔らかくてホワホワしたものでもないだろう。
だがしかし、俺は目の前のこの男に惚れているというのだから仕方がない。
毒の身体に優しくない性格、付き合っても損することはあっても得することなんて何1つなさそうなこの男がどうしようもなく欲しいのだ。自分のものにしたい。自分だけのものにしたい。
ほら、と差し出された飴は袋の中で一際目を引いていたピンク色のものだった。幼い頃の縁日、仕方なく取ったあの水風船と同じ色だった。
「…ありがとうございます。」
「はい、どうぞ。」
「…」
「降谷君?」
「あー、ありがたいんですけど、僕の欲しいのは紫色のやつなんですよね。」
「あ?ああ、じゃあ」
袋の中に再び手を突っ込み飴を探る赤井の襟足をグイッと掴みそのまま引き寄せる。
驚いて抵抗されかけたが、それを抑えてキスをして赤井の口を舌で探ると、想像通り甘ったるい身体に悪そうな味がした。肩をぐぐっと押し返されたが、体重をかけて赤井にのしかかるようにして身体を密着させた。
口の中で溶けずに大きなままある飴玉はすぐに見つけることができ、それを舌で手繰り寄せて自分の口まで運ぶ。赤井が俺を押し出そうと舌を突き出していたこともあり飴玉は簡単に奪うことができ、それを口の中に移すと、素直に身体を離した。
「な、にを、」
「あっま…確かに美味しいというものではないですね。」
「いや、君、」
「まぁ、毒を食らわば皿までとも言いますし。」
「……は?」
「飴玉、ありがとうございました。」
水風船は諦めて妥協したが、こいつに関しては諦めるつもりもなければ妥協するつもりもないのだ。
2018-03-21