宣戦布告はさりげなく♀



「命を懸けて、君を守る」
 
 警察庁に資料を届けに来ると、大きな文字でそう書かれたポスターが赤井の目に入ってきた。堅苦しい掲示の中で一際目立つそのポスターには、警察官の格好をした男と、白いワンピースを着た女の後ろ姿が印刷されており、「4/13公開」と書かれているので映画の宣伝のようだった。
 後ろ姿の白いワンピースの女は儚げな様子で、警察を題材にしたミステリーというよりはラブストーリーなのだろう。俗に言う、お涙頂戴な映画と言った印象だ。
 生まれてこのかたラブストーリーと言うものには縁がなく、読んだことも見たこともない。他人の色恋に興味もない、という枯れ果てた人生を歩んできたが、やはりあのポスターを見ても特別な興味が沸くこともなさそうだった。
 自分はワクワクドキドキするようなミステリーが好きだ。先の展開が見えないストーリー構成に、最後にすべての伏線を回収し1つの物語としてまとめあげる爽快感は何とも言えない。
 
「遅くなってすみません。わざわざ来てもらったのに。」
「いや、こちらこそ手間をかけてすまなかった。これが連絡しておいた資料だ。」
「助かります。」
 
 ポスターを見ながらぼうっとしていると、エレベーターから降りてきたのは見慣れた金の髪だった。また徹夜続きなのか、すっかり艶を失ってぼさついた頭をした彼は、それでも私から資料を受け取るとその場で封を開き真剣な顔つきで内容を確認しだした。いくら激務とはいえ彼の能力が落ちるとは思わないが、どうにも日本人は働きすぎだ。さすが、過労死発祥の国。
 
「…………はい、間違いなく受けとりました。今後の流れはこちらが主導でも?」
「勿論。その代わり、例の件での捜査許可は」
「それについては、あとは上の判1つで通ります。3日以内には許可が降りるとジェイムズ氏に伝」
「遅い。明日の内には頼む。」
「……僕の現状を見てそう言いますか…」
「君が忙しかろうと此方には関係のないことだからな。約束は約束、資料と交換で」
「あーー!はいはい!分かりましたよ!!」
 
 今日も徹夜決定だコノヤロウ!と叫びながらボリボリと頭をかく彼を見て、そう言いながらも断らないところが甘いなぁと心の中で苦笑いする。寝かせてやりたいのは山々だが、捜査許可を出してもらえなければ此方のターゲットを逃すかもしれないとなると悠長なことは言っていられない。
 彼もそれを分かっているからこそ私の無理な要求を聞いてくれるのだろう。
 
 ボソボソと何かを呟いて…おそらくは片付ける仕事の整理を頭の中でしているのであろう彼の後ろに、またあのポスターを見つける。
 改めてじっと見ていると「チケット希望者は管理部まで」と付箋が貼り付けられている。警察とタイアップしていることもあり、もしかしたら割引料金でチケットが買えるのだろうか。
 すると、私の視線を辿った降谷君が不思議そうにチラリと振り返り、苦虫でも噛み潰したかのような険しい顔をして私に向き直った。
 
「チケットの手配まではできませんよ…正規料金でどうぞ。」
「いやいや、そんなことまでお願いしようとは思ってないよ。」
「お願いするつもりだったと言われたらもう正気を疑うレベルですよ…。」
 
 そう言ってギロリと睨み付けてきた降谷君に、苦笑いを返しておく。とんだ誤解で彼の機嫌を損ねてしまったようだ。まぁ、彼も疲労で若干イライラしているところもあるのだろうが。
 
「…それにしても、貴女があんなものに興味を持つとは意外でしたね。あんなこってこてのラブストーリー、観たいんですか?」
「ああ、やはりラブストーリーか。いや、別に興味があるというわけではないんだが。」
「それにしては真剣に見てたようですが?」
「まぁな。」
「なんでですか?あの俳優が好みの顔とか?」
 
 確かに綺麗な顔してますよね、と言う彼は、風呂に入って小綺麗な格好さえすればあんな男が目じゃないくらいに整った容姿をしていることを自覚しているのだろうか。以前は容姿を生かしてターゲットに近付き情報を掠め取っていたのだから自分の見た目の良さというのはそれなりに自覚しているとは思うが、どうにも彼は自己評価が低い点がある。
 プライドは高いのに自分の価値を低く見積もるとは、なかなかに器用なことをする。
 
「俳優の顔はどうでもいいのだが、」
「?」
「あのキャッチフレーズがどうにも気になってな。」
「命を懸けて君を守る、ってやつですか?」
「ああ。」
 
 なんと傲慢な言葉だろう、と思ったのだ。命を懸けて守られた方の気持ちなんて全く考えていない、自分勝手な最低のフレーズだ。
 自己満足に付き合わされる相手が可哀想だとすら思えるあの言葉を掲げている映画を観たところで、私が共感するわけも感動するわけもないのだが、あんなにデカデカと書かれているということは、あの言葉を見て映画に興味を持つ人もいるということだろう。世界は広い。
 
「赤井なら、あの台詞言われたらどうします?ときめきます?」
「百年の恋も冷めるな。」
「ひっど…まぁ、そもぞも、貴女が百年の恋をする相手ってのも想像できませんが。」
「…君こそ酷いな…。」
 
 まぁ、確かにそうかもしれない。自分でも、自分の命を犠牲にしてまで助けたい男というものが想像できないが、百年の恋の相手となればそう思えるのかもしれない。
 自己満足でもいい、相手が幸せで、元気で過ごせるのなら自分の命など惜しくない。そう思える相手が、いつか現れるのだろうか。
 そう考えて、フルフルと小さく首を振る。どうにも想像がつかない。━━でも、死ぬまでにそう思える相手に巡り会うということは、とてつもなく幸せな━━。
 
「赤井。」
 
 思考の海に沈んでいると、ふと降谷君に名前を呼ばれた。そこで例のポスターから彼の方へ視線を合わせようとすると、それよりも先に彼の右手が私の左腕を引き、ぐっと身体を引っ張られる。
 予想もしていなかったことに思わずふらついて1歩踏み出ししてまうが、それと同時に彼もぐいっと近づいて来て私の耳元に口を寄せる。
 そして━━━。
 
「俺はお前の為に命を懸けて生き延びてやる。お前が嫌がろうとなにをしようと守ってやるし、そばにいてやる。だからお前も俺の為に生きろ。」
 
 
 
 
「なーんて。」
 
 耳元で告げられた言葉の意味を考える間もなくスッと距離をとられてヘラリと笑う彼に、未だに状況を理解できずにぼうっとした顔を晒してしまう。
 
私のために生き延びて
私を守り、そばにいて
だから私も彼のために生きる…なーんて??
 
 少しだけ時間をおいてから、からかわれたのか、と思い至りむっと口を突き出してみせると彼はボサボサの頭をしてまたヘラリと笑った。
 
「ときめきました?」
「しない。ちょっと驚いただけだ。」
「なんだ、残念。」
「…趣味が悪いぞ。」
「なんとでもどうぞ。」
 
 そういって、先程渡した書類を顔の横まで持ち上げた彼は、そろそろ仕事に戻るようだ。ヒラヒラと顔の横で封筒を見せつけるように振りながらそのまま1歩下がった彼に、私もオフザケはここまでだと1歩下がる。
 
「まぁとりあえず、これ、ありがとうございました。」
「ああ、無理はするなよ。」
「明日までの仕事増やしたやつの台詞じゃありませんね。」
「ふふっ、まぁそう言うな。」
「はいはい、もう一頑張りさせていただきますよ。あと、」
「ん?」
 
 
 
「さっきの言葉も嘘じゃないので。…ま、反応をみたら脈なしって訳でもなさそうなのでソッチの方もあと一頑張りさせてもらいますね。」
 
 
 
 それでは、と何でもないような顔をして最後に大きな爆弾を投下して去っていった彼の背中が見えなくなったと同時に、顔を真っ赤に染めた赤井はポスターに写るイケメン俳優と目が合ったのだった。 

2018.4.7
第3回BLove小説・漫画コンテスト結果発表!
テーマ「人外ファンタジー」
- ナノ -